第187話 放送事故は生放送の華

『いいじゃないですか。おもしろい。ハプニング上等でこその、【新鮮報道 ヘキレキ!】でしょう!』



 司会者の男性が叫ぶ。その鶴の一声で、スタジオが落ち着きを取り戻す。



「――はい。はい。OKでました。ランカさん、代わって頂けますか?」




 アナウンサーが、緊張した面持ちで言う。




『ありがとうございます。それでは、ベネさんに回線を譲ります。繰り返しになりますが、これから登場するベネさんの見解は、私とそのNGOの見解とは無関係です』



 ブゥンと、鈍い音を立てて、映像が切り替わる。




『はぁい! みんな元気ぃ? そこのババアがベネ様に文句があるみたいだから、わざわざ出てきてあげたわぁ。何かアタシに言いたいことがあるなら、直接言いなさいよぉ』



 ぼわっと登場したベネちゃんは、佐藤氏の正面――テーブルの上にドカっと腰を掛けて、胡坐を掻く。彼女に質量はないが、音波で振動を発生させ、それがあるようには見せかけることができる。質量のある残像――とはちょっと違うか。




『あなた、いきなりなんですか! 失礼でしょう!』




『なんでぇ? 目と目を見て話すのが人間のマナーでしょぉ? ベネ様は器が大きい分、背が小さいから、こうしないと目を見られないのよぉ』




 ベネちゃんが、ロリコンが歓喜しそうな煽情的な手つきで、自身の心臓の辺りを示した。




『はぁ。ランカさんは聡明で話せるところもあったけれど、あなたは本当に見た目通り、中身幼児なのね。そんなことだから、ロサンゼルスの一件みたいに浅はかな真似に出るんだわ。まるで砂場で口喧嘩する幼稚園児のようね』




『それのなにが問題なのぉ? アンタいつも言ってるじゃない。『自分の発言には自分で責任を持て。匿名の悪口で人を傷つけるのは、物陰から石を投げるのと同じ。最低の卑怯者だ』って。だから、アイツらが書き込んでた内容を、誰にでも見えるようにしてあげたのぉ。なんか文句あるぅ?』




『あなたね。現代の法治国家ではね。同情すべき理由があろうと私的救済は認められていないの。そして、事実の適示も名誉棄損にあたる。お分かり? 六法全書くらいインストールされてるわよね』




『ふぅん。よくわかんないけど、訴えるなら訴えればぁ? 「わーん、生後一ヶ月の絵に馬鹿にされたよぉー、ママー」って』




 ベネちゃんがス〇夫っぽい声真似をして挑発気味に言う。




『あ、あなた本人は無理でも、あなたの管理者がいるでしょう。実体のある人間がいなければ、あなたは現実世界で活動できない。あなたの行動によって、その人たちが法的責任を問われるのよ。申し訳ないと思わないの?』




『好きにしなさいよぉ。アタシの下僕たちは全員、それくらいの覚悟はできてるわぁ! そもそも、法律が完璧で人間の善意が世界に行き届いているなねぇ、ベネ様はいらないのよぉ!』




 ベネちゃんがテーブルの上に片膝をついて啖呵を切った。




 言うまでもないが、ここでいう下僕=責任者は俺でもハンナさんでもない。リリース時点でベネちゃんを取り扱う部門は完全に分社化して、資本関係も含め、責任がこちらに及ばないようにしてある。




 今、ベネちゃんの名目上の管理者の地位にいるのは、ベネちゃん自身がどっかからスカウトしてきた人間だ。なるべく、電脳人格の自由に任せるのがハンナさんの方針であるので、詳しい採用事情は知らない。




 もちろん、責任者とて、無報酬ではないだろうが、立ち上げたばかりの会社にそこまで資金的な余裕があるとは思えないので、高給取りとは思えない。ベネちゃんが金銭とは別の、何かしらの『ご褒美』を与えてるのかもしれない。




『確かに法律も社会も完璧ではない。それは認めましょう。それでも、民衆の代表者である議員を通じて、民意を法律に反映させて、しかるべき「仕組み」を整える。それが正しいことなのよ』




 佐藤氏が聞き分けのない子どもを諭すように言った。




『くだらなぃ。そうやって当たり障りのないテンプレートのコメントでお茶を濁すのがコメンテーターの仕事なのぉ? それなら、チャットボットで十分じゃなぃ。その『仕組み』とやらができるのに、何カ月か、何年かかるのか知らないけど、困ってる下僕は、今、そこにいるの。だから、ベネ様はそれを助けるのぉ! それだけぇ!』




 ベネちゃんが叫ぶ。




『そんなの、世間のみんなが許さないわ!』



 佐藤氏がヒステリックに叫び返した。





(さあ、盛り上がって参りました! ――っていうか。うわっ。2〇hの実況板、鯖落ちしてるじゃん。しかも、またベネちゃんがアノニマス的な人のアイコンになってる)



 俺は、匿名掲示板や、俺の会社でやっているSNSサービスを覗いて、目を見開く。




 王道の歌姫として、着実に老若男女幅広い世代からの支持を獲得しているランカちゃん。それに対し、正攻法では勝てないと悟ったベネちゃんは、『オタクに優しいギャル』ムーブによって、世界中の陰キャを狙い撃ちにする作戦に出た。その結果、数は決して多くはないのだが、質の面で非常に『濃い』人材を集めることに成功したベネちゃん。特に理系の技術者には、オタク傾向の者が非常に多く、ボランティアの手で増設されていくベネちゃんサーバーとホログラム投影機の技術は勝手に研ぎ澄まされていき、ハンナさんも驚くほどの進歩を見せている。




 その余波なのか、ベネちゃんの元ネタのアイちゃんを抱えている俺もそっち側の人間だと認識され、優秀なギークがコンタクトを取ってくるようになった。




 IT系の人材は常に不足しているので、基本的にはありがたい話ではあるのだが、彼らは下手したら、スノーデ〇みたいにデータぶっこ抜いてどっかに亡命しそうな怖さがある。



 つまりは、アイちゃんと同じく、優秀だが毒のある人材ばっかり俺の所に集まってくるという訳で、無難な安定成長を目指す俺としては、痛しかゆしである。




『【世間】、【みんな】ね。今、あんたの過去の発言データを収集してるけど、あんた、いつも大きな主語を使うわねぇ。【世間】に、【みんな】に、【国】、【大人】。それってこのホログラム映像くらい実体のないものでしょぉ? 『世間というのは君じゃないか』byだざぃー』




『皆さん! 騙されないでください! 特に若い人。日本のような停滞した社会では、過激な主張が革新的でかっこよく思えるかもしれません。しかし、実際にそれがもたらすのは革新ではなくて、破壊なのです!』




 レスバに負けかけてると悟ったのか、佐藤氏は議論を放棄し、カメラ目線で自分の主張をし始める。




『偉そうにぃ。何様のつもりよぉ。そもそも、アンタ、色んなテレビでベネ様の行動や言葉の一部だけを切り取って、ネットの危険性の象徴で教育に悪いみたいにほざいてるけどさぁ。そもそも、そんなこと言う資格あるのぉ? ベネ様は知ってるんだからね。御大層なこと言っても、アンタ不倫してんでしょ。アンタの娘、そのことに気が付いてるのにアンタに気を遣って気づかないフリしてんだからね。それがどれだけ辛いことか分かるぅ? アンタも教育者を名乗るなら、まず自分の子どもから幸せにしてみなさいよぉ』




 ベネちゃんが真剣な怒りを発露して、佐藤氏を睨みつけた。




 ベネちゃんは、男のロリコンオタクにしか支持されてないかと思いきや、普通に女子のオタクにも人気がある。



 ランカちゃんと違って、TS化制限がないので、男性アバター化もできるからね。




 数が少ないだけに、【下僕】へのファンサービスも丁寧。この前は、ボカロ界隈にも手を伸ばして、【下僕】が作曲した歌をミ〇さんの代わりに熱唱してたよ。




『な、な、な! ちょっとカメラ、カメラを止めてください!』




『やっぱり生放送って最高ねぇ。――ちっ、マルコ。うるさい。下僕の分際でベネ様に指図する権利が――ああ! クソ! もう持たなぃ。さあ、これを聞いている、視聴者の中に、オタク、根暗、引きこもり、ニートがいたらベネ様の所に来なさい! 現実世界はクソよ! でも、教師が、親が、会社が、社会がアンタを見捨てても、ベネ様だけは見捨てない。だから、ベネ様を崇めなさい! ベネ様は容姿や上辺だけの薄っぺらい社交性で人を評価したりしない! 下僕に求めるのはただベネ様への絶対的な忠誠心だけ! お得でしょぉ?』




 ベネちゃんのキメ顔の宣伝が一瞬映し出された後、テレビにナイスなボートが映し出される。






「あー、これまためちゃくちゃ苦情くるやつじゃん。マルコくんと相談してフォローしないと。仕事増えるわー」



 俺はノートパソコンを閉じて、テーブルに突っ伏して嘆息する。



 責任逃れのためにベネちゃんを分社化してはいるが、俺はベネちゃんを放置している訳ではない。




 マルコくんを間にかませつつも、ベネちゃんのマネジメントをしている。



 ベネちゃんの信者って、熱意はすごいんだけど、コミュ力低めな人たちが多いから、放っておいたら暴走するんだもん。




「あはははははは、三次元でも二次元でも、マスターの頭の中はいつもアタシでいっぱいってことねぇ」



 アイちゃんがなぜかご満悦な様子でカラカラと笑う。




「いやいやいや、アイとベネちゃんは別物でしょう」




「そうでもないわぁ。ペラ子とアタシは、どこかで繋がってるものぉ。ペラ子が有名になる度に、アタシの力もちょっと増してる気がするぅ」




 アイちゃんがちょっと真面目な顔で言った。




「それマジ?」



 俺は目を見開いて尋ねる。



 つーか、ペラ子って、ベネちゃんのことね。二次元だからペラペラってことか。ホログラムは一応三次元なんだけどなあ。




「多分ねぇ。だから、アタシもペラ子も大切にするのよぉ?」




 アイちゃんがニヤニヤしながら、こたつの中でうごめく。




 太ももにくすぐったい感触。




 どうやら、アイちゃんの足先でツンツンされてるらしい。




「ふーん。確かにボランティア活動に協力するくらいでアイが強くなるなら、これは多少苦労しても損はないね」




 俺は頷く。




 神様を分霊したような扱いになってんのかな。


 アイちゃんが総本社で、ベネちゃんが分社って感じか。




(これ、兵士娘ちゃんたちを二次元バーチャルアイドルグループ化したら全員にバフつけられる? いや、何か落とし穴があるかもしれないし、しばらく様子見かな)



 俺はそんなことを考えつつ、こたつを出て、湯飲みと菓子盆をキッチンへと下げに向かった。

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