第186話 コメンテーターのリクルート方法は謎
『さて、それでは引き続き、ランカさんに番組に参加して頂くと共に、ITジャーナリストにして、教育評論家でもある佐藤道子さんにも加わって頂きまして、人工知能が我々の社会にもたらす功罪について考えていきたいと思います』
真面目モードになったアナウンサーが、フリップの前でそう音頭を取る。
コメンテーター陣は、ずらりとテーブルに横並びしていた。
『よろしくお願いします』
『よろしくお願いしますわね』
ランカちゃんと、眼鏡をかけたインテリっぽい雰囲気の女性が同時に頭を下げた。
『さて、――ランカさんは、【エンターテイメントを通じた、社会問題の解決】を活動のテーマとされているそうですが』」
『はい。それが私のミッションです。人類の文明は、数々の痛ましい犠牲を払いながらも、徐々に進歩を成し遂げてきました。それでもなお、社会はまだまだ問題を抱えているので、私はそれらを解するお手伝いをできればと考えています』
アナウンサーのフリに、先ほどとは打って変わった、真面目な調子で答える。
『いきなりの質問ごめんなさいね。それは、開発者にプログラムされたもの? それとも、あなた自身の意思なのかしら』
コメンテーター――佐藤氏がいぶかしげに言う。
『開発者の意思であり、私自身の意思でもあります。開発者は私にいわゆる普通の芸能活動をする余地を残してくださいましたが、私は自らの意思で、こちらの道を選びました』
ランカちゃんがきっぱりと答えた。
『そんなランカさんはまだ活動を始めて一ヶ月ながら、すでに目覚ましい成果をあげておられます。例えば、先日のハイチのハリケーン災害について、ランカさんが現地のライブ映像配信を通じて被災地支援を呼び掛けた結果、ボランティアの応募は10倍に、寄付金の額は100倍以上になったとのことです――佐藤さん。このようなAIの活動についてどのように思われますか』
『AIの良い活用例の一つよね。インターネットならば、国境を越えて、世界中どことでも繋がれる。いまや、国境にとらわれているなんて時代遅れなのよ。富める者全てが貧しい者を思いやれば、今、世界が抱えている問題なんてすぐに解決するわ。特に日本は、世界的に見ても、GDPの割に寄付額が少ないという問題点をしっかりと認識して反省すべきね。ランカさんもそう思うでしょう?』
佐藤氏が嘆息して、ランカちゃんに同意を求める。
『私は日本人の皆さんの寄付への関わり方について、問題視はしていませんよ。日本において寄付の文化が欧米に比べると根付いていないのは、社会的な平等性が高いことの裏返しだと思っています。寄付をしないのではなく、する必要がない、ということです。日本は、比較的貧富の差が少ない社会なので、弱者と強者の境が曖昧なのです。そんな日本でも、国内で災害などが発生し、明確に『弱っている人』を認識した場合、日本人の方も惜しみなく寄付をしますよね。そういうことだと思います』
ランカちゃんが、日本の悪口を引き出したそうな佐藤氏の発言をさらりと受け流す。
『それでは、ランカさんが今、推進していらっしゃる『寄付をしてランカに会いにきて!』キャンペーンは――』
(つまんねえ……)
一瞬、チャンネルを変えようかな、と思ったが、みかちゃんが割と真剣に番組に見入っている。仕方ないから、そのままにしておくか。
俺はお茶を飲み干して、再びパソコンに向かう。
ぷひ子もランカちゃんの歌が終わってテレビに興味を無くしたらしく、書き取りに戻った。
……。
……。
……。
『――さて、こちらのランカさんのようなAIの華々しい活躍が期待できる一方で、弊害も懸念されています。先日も、『ベネ』を名乗るAIの少女が、アメリカロサンゼルス州のとある学校でとった行動が、大きな物議をかもしています。なんでも、その学校では、とある男子がユアスペースというSNS――相互にやりとりのできるインターネット上のプロフィール帳のようなものですね。それを通じて悪質ないじめを受けてました。匿名の同級生や悪意を持った他人に、容姿やささいな些細な立ち居振る舞い、授業中のミスなどをからかうコメントを、くる日もくる日も書き込まれていたそうです。被害者側の男子生徒から相談を受けたベネというAIは、悪口を書いた生徒を突き止め、とんでもない行動に出ました。――さて、大城さん。ここで問題です。ベネはなにをしたでしょう』
『――ぼく? んーわかんないなあ。その子も歌姫なんだよね。じゃあ、みんなの前でいじめっこを非難する歌を歌ったとか?』
大城が首を傾げて言う。
『おーっと、半分正解です。――なんと、彼女はですね。24時間、加害者の側に張り付いて、その耳元でラップを使って罵り続け、さらにはホログラム技術を使って、その人自身の書き込みが常に頭の上に表示されるようにしたそうです。家にいる時も、外にいる時も、ずっとですよ。これはたまりませんよね。他にもベネによる事件は世界各地――』
アナウンサーが、おもしろがるような、非難するような、何と言えないトーンでベネちゃんの行状を並べ立てる。
(ふう、一段落、だな)
キリのいい所まで仕事の目途がついた俺は上半身のストレッチをする。横を見ると、ぷひ子がノートに頬をくっつけてうたた寝していた。
みかちゃんは、台所で早くも夕飯の仕込みに入っていた。
「ベネちゃんも中々やるね」
俺はどら焼きを頬張りながら、戯れにアイちゃんへと話かける。
「ふん。まだまだよぉ。あんなのぉ」
アイちゃんは仰向けのまま、逆さにテレビを見て言う。
「じゃあ、もしアイがベネちゃんの立場ならどうするの?」
「そうねえ。携帯をハックして、熱暴走させて、バッテリーの爆発を狙うかしらぁ。上手くいけば、鼓膜をぶち破るか、目つぶしくらいは狙えるでしょぉ。結局、心の痛みなんてすぐに忘れるのよぉ。肉体の痛みこそが本物ぉ」
「ベネちゃんたちは人間を物理的に傷つけられないよ。そういう意図自体を持てない」
ハンナさんもそこだけは厳重にロックをかけている。当たり前といえば当たり前だが。
「だとしても、もうちょっとやりようはあるでしょぉ。仮に、ベネと同じことをするにしても、加害者の親の勤め先に嫌がらせをして首にして資金源を断つか、親友とか、恋人か、周りの人物を辱めた方がいいわぁ」
「なるほどね」
俺はそう相槌を打ったが、現状の戦略的にはベネちゃんの方が正しいと思っていた。
確かに報復という意味ではアイちゃんの方がダメージはでかいだろうが、それだと世間の賛同は全く得られないだろう。いくら過激路線とはいっても、今は賛否両論だが、そこまでやっちゃうと、否の割合が高くなりすぎる。
「ま、そもそも、アタシなら、悪口を書かれたくらいで音を上げるような雑魚なんて絶対助けないけどぉ」
アイちゃんが冷めた表情で吐き捨てる。
しかし、こうしてアイちゃんを見てると、彼女から生まれたとはいえ、ベネちゃんには思考に光補正がかかってるんだなーと実感させられるね。
『――中々過激な話だねぇ。でも、張り付くと言っても、その娘は、ホログラム? の機械がないと出てこれないんでしょう。四六時中張り付くなんてできるのかい?』
司会者が眉を上げて呟く。
『ベネの信奉者が協力しているようです。ホログラムの機械積んだ専用バンで、加害者を尾行したんですね。中継器があればかなりの距離をカバーできるみたいです。ホログラムの機械のある位置から、ベネはかなり離れた場所にも出現できるそうですよ』
『はー、すごいな。ほんまスパイ映画みたいや。ほんで、結局、加害者はどないなったんですか?』
『悪戯感覚で数回書き込んだ程度の軽微な加害者は、被害者に真摯に謝罪すれば許されたそうですが、いじめグループの首謀者は徹底的に追い詰められ、自主的に退学したり、停学処分を受けたりしているようです』
『なるほどねえ。でも、それは、加害者側の自業自得じゃないの? そもそも相手に直接言えないことを、相手が閲覧できる所に書いたらだめだよね』
『ですよねー。オレらも2ちゃん〇るではあることないことめちゃくちゃ書かれてますからね。ベネ様にお願いしよかな!』
『何を言ってるのよ! いじめられたからと言っていじめ返していたら、いつまで経ってもこの手の問題はなくならないわ。――ランカさんはこの件に、どう考えるのかしら。このベネという少女と同じ技術から生まれた姉妹のような存在なのでしょう?』
『ベネさんと私は、確かに同じ技術から生まれた存在なのですが、全く別個の人格です。所属している団体も違いますし、彼女の意思決定に、私が口を出すことはできません。私は、いじめ問題の解決には、スクールカウンセラーの配置やフリースクール設置の拡充などの施策などで対応すべきだと思います』
『そうね。もし、加害者に行動の責めを負わせたいのだとしても、警察や弁護士など、しかるべき機関に相談すべきよ。それが法治国家のルール。でしょう? ランカさん』
佐藤氏が鼻息荒く言う。
「そうですね。少なくとも私は、それぞれの国の法律に則って活動することが、エンターテイナーとしてのルールだと思っています。さらに、誰かを罰したり、傷つけたりするのではなく、未来志向で建設的な提案をしていきたいというのが、私の考えです。私たちのNGOは、今、いじめ問題に限らず、様々な問題で学校になじめない児童に向けて、オンラインで学習できるシステムの構築も進めています。ノートPCの無償貸与も含め、学校に通うということが人生の全てではなく、何度でもやり直せるということを周知シ…もっ…いき…すい』
突如、ホログラムと音声と映像データが乱れる。
『ランカさん? 大丈夫ですか?』
アナウンサーが心配そうに尋ねた。
『はい、大丈夫です。……少々お待ちください。回線に割り込みが。――ベネさんそういうことはしかるべき手順を踏まないと――え? はい。はい。はい。――わかりました。マルコさんがそうおっしゃるなら。……すみません。ベネさん本人が、皆様と話したいとおっしゃっているんですが、代わっても構いませんか?』
ランカちゃんが困ったような表情で、周囲を見回す。
スタジオがざわめきに包まれた。
「ちょっとはおもしろい展開になってきたんじゃなあぃ?」
アイちゃんがにやりと笑って言った。
「実況板は盛り上がってるかもね。俺としては無事に終わって欲しいけど」
俺もどら焼きを菓子盆の上に置き、テレビに集中した。
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