第185話 ぬるぬる情報番組
『――さて、次は今日のNewトピックのコーナーです。突然ですが、大城さん。【ヴァーチャルディーバ】。この言葉、ご存じですか?』
女性アナウンサーが、もったいぶった口調で壮年の男性司会者に問いかける。
『いやあ、知ってるようで知らないね。ぼくのような年になると、この手のことにはてんで疎くてね。でも、若い子はみんな言ってるよね。この前、孫も騒いでいたよ。蘭がどうの、紅がどうのって』
ロマンスグレーの司会者が、とぼけた口調で言った。
『蘭ではなく、ランカですよ! 大城さん。ランカと名付けられたこの少女は、アイドルの小日向小百合さんをモデルに作成されたインターネットアイドル。ホログラム投影装置さえあれば、世界中のどこにでも行けますし、複数の場所に同時に存在することができる、最先端テクノロジーで生まれた女の子です。姿形だって自由自在なんですよ』
女性アナウンサーが台本を読み上げるような口調で言った。
『ああ、それは小百合ちゃん本人から聞いたんだよ。私のやってる音楽番組の後に、私の妹のようなものだから、よろしくお願いしますって言われたんだけどね。でも、ヴァーチャルの子を育てるのは難しそうだなあ。ほら、ぼくはたま〇っちも育てきれないようなズボラだから』
『たまごっ〇って……! ペット扱いは失礼でしょ! 確かに最近ちょっと再ブームになってるらしいけども!』
関西なまりの丁寧語で、芸人コメンテーターが突っ込む。
「――それでは、そんな中々時代の波に乗れない大城さんのために、今日は、なんと、ランカさん本人がスタジオに来てくださいました!』
アナウンサーの紹介と共に、歓迎の拍手が湧きおこる。
『今日はお招き頂き、ありがとうございます。バーチャルディーバの、ランカです。初めまして、【新鮮報道 ヘキレキ】と、視聴者の皆様』
ランカちゃんが丁寧なお辞儀と共にスタジオに姿を現す。
『おお! テレビでは何回か見たけど、生で見るとすごいね。本当に人みたいだ。まさか、裏で小百合ちゃんが声を当ててるんじゃないよね?』
『サユリなら、もっと上手く大城さんを手玉にとるのではないですか?』
司会者の軽口に、ランカちゃんが軽口で返す。
ランカちゃんは誕生から少し時間が経って学習が深まったのか、より自然な振る舞いになっていた。
『すごいね。冗談も言えるのか。正直、ア〇ボのすごいやつくらいに思ってたけれど、これはもう完全に認識を改めないといけないな。時代はここまできたんだね。――ところで、ランカちゃんは、目からビームを出せたりする? ほら、マジンガーZみたいにさ』
『いやいやいや、大城さんのテクノロジー感、昭和か!』
芸人のツッコミに、小さな笑いが起きる。
『期待して頂いた所申し訳ありませんが、私には目からビームは出せません。そもそも戦闘能力はないんです。危険地域に出向く際には、ホログラム装置を運んでくださるスタッフの方々を守るために、他のボランティアの方々がするのと同様に、護衛を雇います』
ランカちゃんが真剣な表情で言った。
「ざっこぉ。目からビームも出せないのぉ? アタシは余裕ぅー」
アイちゃんが勝ち誇ったように言う。
「わー。すごい! アイちゃん、かっこいー! いいなー。私も目からビーム出したいー」
「出してどうすんだ」
「ぷひゅー? お風呂をあたためるとか?」
ぷひ子が首を傾げて言う。
ちなみに憑依時ぷひ子は目からビームは出せないけど、見るだけで人を石化させたり、呪い殺したりできるよ。本人は気付いてないけど。
「ふふ、お料理する時とかに目からビームが出せたら便利かもしれないわね」
みかちゃんが手癖のようにテーブルを布巾で拭きながら言う。
『そうなんだね。妙に現実的な所と、夢のような所がごっちゃになってておもしろいねえ。ぼくも子どもの頃は空を飛ぶ車とかを夢みてたなあ。いつか実現する日がくるのかねえ。後は探偵小説に出てくる嘘発見器とかにも憧れたものだけれど』
『未来の可能性は無限大だと思います。――あっ、それと、私に嘘発見機の機能はありませんが、それに近いことはできますよ。例えば、南さん』
『え? オレですか?』
『はい。いつもの平均値に比べて、声が13%高くなってます。心臓の鼓動も若干早いですね。これは気分が高揚したり、緊張したりしている証拠です。この番組のレギュラーの南さんが緊張するというのは不自然なので、そうですねえ。今、南さんは、『いつもより張り切ってる』といったところでしょうか』
『なんでわかったん!? すごっ! っていうか、はずっ!』
芸人が大げさに顔を覆って叫ぶ。
『ああ、南くんは女性関係でおイタして、かなり仕事が減ったからね。この番組に力が入っても当然だよねえ』
『もう堪忍してぇ。むっちゃ反省してるんですぅー。忘れてぇー』
芸人が耳を塞いで、震える。
『ぼくは忘れてあげてもいいんだけどねえ。最近は、そういうやらかしは、インターネットネットにずっと残っちゃうんでしょ? 大変な時代だよねえ』
『そうですね……。インターネット上に一度流出した情報を完全に抹消するのは困難です。デジタルタトゥーという言葉も生まれています』
『怖っ! ネット怖』
『はい。その辺の問題は、後で専門家の方も交えてじっくり討論するとして――皆さん。お忘れじゃありませんか。ランカさんは、【ディーバ】なんですよ。お喋りも結構ですけれど、他に聞くべきことがあるんじゃありませんか』
アナウンサーが話の流れを戻すようにタメを作って言う。
『ほんまや! ランカちゃんがあまりにも喋りが上手いから忘れてた。歌や! 歌聞かせて!』
『これだと、歌唱力の方も期待できそうだねえ』
『――ということで、ランカさん。お待たせしました。歌の方、お願いできますでしょうか』
『はい! それでは、サユリの曲をメドレー形式にしたものと、チャリティー用の新曲をお届けします。拙い歌ですが、よろしければ聞いてください』
ランカちゃんが、テレビの尺に合わせた短いメドレーを完璧に歌い上げる。
『……これは驚いた。想像以上に上手いね。プロでもランカくんに勝てる人は、少ないんじゃないか。でも、生意気なことを言わせてもらうと、まだまだ本物の小百合くんには及ばないね。これはぼくの偏見かもしれないけど』
『いえ。私の歌が、まだサユリに遠く及ばないのは私が一番痛感しているところです。ただ、サユリの真似をするだけでは、辿り着けない何かが、彼女にはあります。0と1のプログラムの先にある何かが』
ランカちゃんが悔しそうな表情をして言う。
『それをインターネットの君が言うのかね。――そんな人間臭い表情をされると、弱っちゃうなあ。ぼくも応援したくなってきたよ。CD、もう発売してるの?』
『はい! 昨日、発売されました。もしよろしければお求めください! サユリの名曲に加えて、先ほどのオリジナル曲も含めた新曲が三つ追加されたアルバムです。サユリの事務所さんを含め、著作権者の方々のご厚意で版権料もかからないため、売上は全て、私の所属しているNGOを通じて、チャリティーに当てられます』
ランカちゃんが、ホログラムで新発売のCDの映像を出現させて、そうアピールする。
『いいジャケットだね。買うよ。――南くんは?』
『買います! 買います! 千枚買って、後輩に配り倒します!』
司会者に水を向けられ、大げさに言う芸人。
『本当ですか! ありがとうございます! 南さん! こちらからお求め頂けるので、ご住所とお名前を入力ください!』
ランカちゃんが、NGOのサイトの購入ページをホログラムで出現させ、芸人の眼前につきつける。
『おお、そうか。インターネットアイドルだから、こういうこともできるんだね。さあ、南くん、遠慮なくどうぞ』
『えっ、ちょっと待って。ほんまに今、ここで買うの?』
『なんだい。南くん。まさか社交辞令だったのかい。ぼく、そういうのあんまり好きじゃないなあ』
『いや、そうちゃいますけど! テレビで個人情報を入力するのはさすがにまずいでしょ!』
『世界で一番安全なセキュリティーシステムを採用してますので、個人情報は決して外に流出することはありません。ご安心ください』
『だって、よかったね、南くん』
『いやいやいやいや! ――ね? ランカさん、わかるでしょ? オレ、さん〇さんの番組でみましたよ。ランカさんの中には、過去の日本のお笑いのDVDのデータが全部入ってるんでしょ? ほんなら、絶対わかるはずやん!』
『ワタシロボット、ムズカシイコトワカラナイ』
ランカちゃんは急に無表情の棒立ちになると、カタコトの電子音で応答する。
『いやいや、そんなん反則ですやん! さっきまでめちゃめちゃ空気読めてましたやん!』
『はい。では、大きな商談がまとまった所で、CMです! ――チャンネルはそのままで!』
『ええー!』
アナウンサーが朗らかの笑顔と芸人の絶叫と共に、映像が切り替わる。
(浅いキャラクター性を求められる日本のバラエティ文化に完全に適応している。――アメリカ版では、サバサバ生きる『自立した女性』寄りのキャラクターだったのに、まるで別物だな)
ランカちゃんの柔軟さと多様性に感心しながら、俺はお茶をすすった。
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