第184話 冬は甘いものが食べたくなる
本格的に寒くなってきたある日、俺は自宅の冬支度を始めた。
とはいっても、さほどやることは多くなく、冬服をタンスに詰め込んで、こたつを引っ張り出してくれば終わりである。後の細々した内向きのことは、万事みかちゃんと家事娘ちゃんたちがやってくれるからね。
そんなこんなで、今、俺は試運転代わりにスイッチを入れたこたつに足を突っ込んでいる。
ノートパソコンでボチボチ仕事を進めながら、時折隣で宿題をするぷひ子の相手をする、まったりとした時間が流れていた。
「見て見てー。ゆーくん。漢字の書き取りできたー」
「おう。前より早くできてよかったじゃん――って、ぷひ子、それ、途中から、『緑』が『縁』になってるぞ」
「ぷひゃ? ……ぷひゃー! 間違えちゃった! なんでだろ? おかしいなー」
「多分、テレビのせいだろ。ほら、開運縁結び神社特集をやってるから、それに引っ張られたんじゃね」
俺はバックグラウンドミュージック代わりにつけていたテレビの方を顎でしゃくる。この時間帯特有の緩い空気が流れる情報番組が、気怠い午後を演出していた。
っていうか、またうちの神社映ってるじゃん。確かに縁結びの効果はあるかもね。それが必ずしも良縁であることは保証できないけど。
「ぷひゅー。絶対それのせいー! なんか気が抜けちゃった」
ぷひ子がぐったりして言う。
「お疲れ様。ぷひちゃん。続きは、おやつを食べてからにしたら?」
キッチンのみかちゃんが、こちらに向かってどらやきを掲げた。
「わーい、甘納豆どらやきだー」
「ゆうくんも少し休んだら? ずっと働き詰めでしょう」
「うん。そんな大したこともないけど、ちょっと休もうかな。――アイ。ちょっとスペース空けて」
俺はノートパソコンを閉じて、なぜかこたつテーブルの上で、猫のように丸くなってるアイちゃんに言う。
「んー? そろそろご飯の時間かしら?」
アイちゃんが欠伸一つ伸びをして言う。
「まだおやつの時間よー。アイちゃんも食べる? 町の新名物、甘納豆どら焼き」
「甘い豆とか嫌よぉ。肉まんとかないのぉ?」
アイちゃんはそう言いながら、こたつテーブルの上をゴロゴロと転がって、そのまま床に着体した。
そして、こたつの深い所まで潜って、顔だけを外に出してこちらを見る。
火属性だから寒いのが苦手なんだろうな。
「残念ながらないわ。肉まんまでいくと、おやつっていうより、ご飯って感じがしない?」
「メシはメシよぉ。おやつもご飯もないわぁ。人をもてなすには肉なのよぉ。妻を殺してでも肉を出すのが東洋人の美徳なんでしょぉ?」
「三国志か水滸伝の話? アイ、よく知ってるね」
「
これアイちゃんは多分、カニバってますね。あくまで饅頭形式の人肉を食べたことがないというだけで。
というか、祈ちゃんは洒落で言ったんだろうけど、彼女のルートでは、マジでみかちゃんまんが出てくるから、俺としては心穏やかじゃないんだよなあ。
「――肉まんの話はともかくとして、お菓子は食べないにしろ、お茶はいる?」
みかちゃんが手際よく緑茶を湯飲みに注ぎながら尋ねる。
「まあ、それくらいなら付き合ってあげるわぁ」
アイちゃんが答えた。
「じゃあ四人分ねー」
みかちゃんがおぼんにのせてお茶とどら焼きを運んでくると、おやつタイムが始まった。
猫舌のぷひ子は湯飲みを必死でふーふーして冷やしている。
アイちゃんはこたつでミノムシ状態のまま、手だけをテーブルに伸ばした。そのまま、お茶を一気飲みすると、またテーブルに戻す。アイちゃんは、見た目は猫舌っぽいけど熱には強いからね。彼女にはダチョ〇倶楽部の芸はできそうにない。
「あっ、次のコーナー、バーチャルディーバを取り上げるみたいよ」
みかちゃんがテレビを指して言う。
いつの間にか神社特集が終わり、スタジオに映像が切り替わっていた。
女性アナウンサーが、ガラガラとホワイトボードに張り付けられた巨大パネルを引っ張ってくる。
『電脳アイドルの光と陰』と題された左右の端に、ランカちゃんとベネちゃんの写真が張りつけられていた。
「ランカちゃんとベネちゃんだー。マルコくんも出るかなー」
「さあ、どうだろうな」
俺は曖昧に笑って言った。
バーチャルディーバが世に出て一ヶ月半ほど。
世界はその技術に驚嘆し、熱狂――とまで言うと大げさだが、大注目している。
ネットもテレビも新聞も、一日中どこかでバーチャルディーバの話題をしているような状況だ。
当然、ランカちゃんとベネちゃんの知名度がうなぎのぼりであることは言うまでもない。
そして、我らがマルコくんの認知度は――まあ、さすがは俺モデルというべきか。可もなく不可もなく微妙な感じである。ベネちゃんに対しては完全な裏方。ランカちゃんが、女性が前に出るのを良しとしない国で活動する時も、その地域の文化に即しつつ、なるべくランカちゃんがおいしくなるようなムーブを心掛けているので、影が薄いのだ。
無論、それでも多分、今、街の人にアンケートをとれば、十人中五人は知ってるんじゃないかな? といったくらいの知名度はあるが、ランカちゃんとベネちゃんには遠く及ばない。
例えるなら、バービ〇人形に対する恋人のケ〇くんくらいの知名度とでも言おうか。あっ、なお、リ〇ちゃん人形は歴代6人くらいの彼氏をお持ちなので例えに使えません。
「毎日飽きもせずによくやるわねぇ」
アイちゃんが興味なさげに言って、瞳を閉じる。
なんとはなしに、残りの三人の視線はテレビへと吸い込まれていった。
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