第173話 リアルおままごと

「――ということで、サファさん。いきなりだけど、『おままごと』をしてもらってもいい?」




「なぁに? まだお仕事があるのー?」




 サファちゃんが、眠たげに目を瞬かせて言う。




 いい子のサファちゃんはもうおねむの時間らしい。




「うん。新しく仲間になった軍人さんの【お友達】の中から、身体的損傷が少ない子を選出して欲しい。それで、味方のフリをして、籠城しているターゲットを引っ張り出す。理由は、『退路が確保できた』とか、『このままだと殺されてしまう』とか、何でもいいんだけど」




「『瓜子姫』ごっこ? 楽しそう! サファ、得意なの! 任せて!」




 急に目を輝かせたサファちゃんは胸を張ってそう言った。




 『瓜子姫』とは、日本の昔話である。女の子が、『鬼がくるから、お留守番の間は絶対に家の扉を開けるなよ』って親から言われてたのに、結局鬼に騙されて開けちゃう、ダチョウ倶楽部みたいな話だ。




「なら、お願いできるかな。ミッションに成功したら、これ全部あげるから」




 俺はリュックを逆さまにひっくり返して、対サファちゃん用ご機嫌取りグッズをそこら中にぶちまける。ここが勝負どころだ。出し惜しみはしないぜ。




「わぁい! ステキステキステキ! サファ、頑張るよ! ――えーっと、五体満足なのは、この子と、この子と、この子。ちょっと、頭に穴が空いちゃってる子とかもいるけど、『お化粧』してあげれば――ほーら! キレイキレイ!」




 送らない人のサファちゃんは、死に化粧とかも大得意である。




(シチュエーションだけだと、本当にディズ〇―みたいなんだけどな)




 俺は暗視ゴーグルを拡大し、現場を観察する。




 ゾンビ小動物たちがサファちゃんの手足の代わりとなり、一瞬で敵の防衛隊に『生きている風』のメイクをほどこした。ゾンビ要素を抜けば、中々にファンタジーな絵面である。




「じゃあ、始めるね? 設定は、『仲間がたくさん殺されて激おこぷんぷん丸だけど、それでもお仕事を全うしようとする健気な軍人さん』!」




 こうして開幕したサファちゃん劇場。




『こちら、アポロ14、退路を確保した! 時間がない! 出て来い!』




 全力ダッシュでオリハルコンのドームへと駆け寄る、死線を潜り抜けた十数名の軍人たち。




 のったりした動作で迫りくるゾンビ(損傷大)!




 砲声と銃声。




 暗闇に光るマズルフラッシュ!




 ゾンビがゾンビを撃つという新しいスタイル!




『これ以上、俺たちに撃たせるなああああああああ!』




 かつての仲間に弾丸を撃ち込まなければいけない現実。そんな苦悩に満ちた絶叫が、砂漠に響く。


 しかし、先方から応答はない。




「迫真の演技だね」




「当たり前だよー。だって、本人の身体も記憶も魂もそのまんまなんだもん」




 目を丸くする俺に、サファちゃんは余裕の笑み。




 サファちゃんの手慣れてる感がすごいなー。




 きっと同じような手口で要人を拉致ったり殺したりしてるんだろうなー。




『早くしろ! オリハルコンごとお前たちを引っ張っていくほどの輸送手段は、もう俺たちには残されていない! 連れてけるのはお前らだけだ! 急げ! 急げええええええええええええええ!』




 まだ反応はない。




「むー、ひどい人たちだね! 大切な仲間がこんなに一生懸命頑張ってるのに! 無視するなんて薄情!」




 サファちゃんが頬を膨らませる。




 果たしてひどいのはどっちかなー?




「どうする? このままでいけそう?」




「んー。もうちょっと、追い詰められてる感を出した方がいいかも。お兄ちゃん。サードニクスを借りてもいい? あの子、見た目とか喋り方とか、悪役にぴったりだから」




「わかった! ――アイ。壁が完成するまでは暇だろ。一芝居頼む」




「はぁ。最近こういうの多くなぁい? アタシは役者じゃないんだけどぉー」




 不満げに唇を尖らせながらも、シュバっと前線にすっ飛んでいくアイちゃん。




 日常ではふざけていても、仕事には真面目なアイちゃん。だから好き!




『救援を待ってる時間はないぞ! ――見ろ! 奴らが俺たちを壁で取り囲もうとしている。何をするつもりかは分からないが、ろくなことじゃないのは確かだ!』




 軍人ゾンビが身振り手振りで訴えかける。




 事実、壁はもう半分ほど完成していた。






『ご名答ー! このままだと、あんたたち蒸し殺しよぉ? 苦しいわよぉ。その前にアタシが殺してあげる。優しいでしょぉ?』




 ゾンビ部隊を背に、颯爽登場するアイちゃん。




 その姿は、さながらニチアサの悪役女幹部のごとく、ハマり役であった。




『くっ。新手だと!? なめるな! 化け物め! USA魂を見せてやる! 野郎共! 腹をくくれ!』




 コンバットナイフを抜き放ち、軍人たちが近接格闘CQCスタイルを取る。




「あのね。あのリーダーの軍人さんはね。元々、海軍にいたんだけどね。お友達を庇って、身代わりに不名誉除隊になったの! とってもお友達思いのいい子なんだよ!」




「へえー」




 サファちゃんによる豆知識が補足される。




 サファちゃん的にはゾンビのバックグラウンドはおままごとを楽しむためのスパイスなのかもしれないけど、俺的にはかなり良心の呵責を感じるのでやめてください。




『生意気ぃ。アタシのかわいいお人形を随分壊してくれたわねぇ? たっぷりお仕置きしてあげるわぁ!』




『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』




 軍人ゾンビとアイちゃんが、激しいつば迫り合いを繰り返す。




『中々やるじゃなぁい。でも、もう終わりねぇ』




『ぐふっ! る、ルイジアナ! 俺の――故郷よ!』




『メアリイイイイイイイイイイイイイイ』




 一人、二人と、軍人ゾンビが迫真の演技で倒れていく。




 ゾンビは二度死ぬ。なんかミステリのタイトルみたい。




『早くしろ! お前らのために、何人の戦友が命を張ったと思ってる! このままじゃ無駄死にだろうがああああ!』




 罪悪感を全力で煽っていくスタイル。




「――まだ反応ないね」




「大丈夫。もうちょっと、もうちょっとだよ、お兄ちゃん」






『あらあらぁ。どんどん貴重な生き残りがどんどん減っていくわねぇ。 逃げ出してもいいのよぉ? あんたたちを見殺しにする薄情な奴らのために、命をかける義理はないでしょぉ?』




 アイちゃんが、これみよがしにいたぶるように、ゾンビを攻撃する。




『黙れ! 俺は、絶対にあきらめない。祖国の未来のためにいいいいいい。グフッ』




『ステイツは、ステイツは、世界の自由のために、常にナンバーワンでいなければならないんだああああああ!』




 さらに、数名の犠牲者ゾンビの断末魔が響いたその時。




 ポワン、と。




 ついに、閉ざされた天の岩戸が開く。




 ゼリービーンズに開いた、一人分の虫食いの穴。




『よしっ。まずは女性からだ! 急げ!』




 軍人ゾンビが、穴の中になだれ込んでいく。




『ご愁傷様ぁ』




 アイちゃんが、ゾンビ軍人を切り伏せながら、ぽつりと呟いた。




「つーかまえた! サファの勝ちー! わーい! わーい!」




 サファちゃんが勝ち誇ったような声で叫び、バンザイしながら見事なきららジャンプを繰り返す。




「アイ、みんなを率いて、カバーに入ってくれるかな。ターゲットたちに万が一のことがないように」




『了解ぃ』




 兵士娘ちゃんたちが遅れて中に突入し、現場を確保する。




 やがて、研究者たちが、ぞろぞろと外へと引き立てられてくる。




『こちら、フジヤマ。目標人物を確保』




 その中に、初めてながらも見知った二つの顔を確認した瞬間、俺はインカムに報告を入れる。




『こちらポテトヘッド。やるな。さすが、【婿殿】!」




 ポテトヘッドが、そう囃し立ててから、ヒューっと口笛を吹いた。




『恐縮です』




『こちら、ルンペル。おいしい所をもってかれちまったな』




 悔しそうに言うルンペル。




『いえいえ。今回は共同作戦ですから、皆の手柄でしょう』




『こちら、エーデルワイス。最善の結果が出たようでなによりです――報酬はスイス銀行へお願いします』




 エーデルワイスがクールに言った。




『はい。みなさん、お見事でしたー。では、フジヤマさんはエスケープポイントまで撤退後、ターゲットをこちらに引き渡してくださいー』




 カーラさんがのんびりとそうまとめる。




 間もなくやってきた武装ヘリに、捕虜たちを詰め込んだ後、俺たちは迅速にその場から撤収を開始した。

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