第172話 十二時を過ぎたシンデレラ

『こちらフジヤマ。目標地点までの進軍完了。敵航空戦力を無力化。ガントラック68台撃破』




 サファちゃんのおかげで、滞りなく定められた職分を全うした俺は、そう報告する。




『こちらポテトヘッド。OK。フジヤマ。完璧な仕事っぷりだな。こっちのヘリはもう出てるぜ。制空権は確保した。……にしても、死体のスーサイドアタックなんて洒落にならねえぜ。さすがはカミカゼの国だな。――でも、いくらここがアメリカだからって、俺たちにパールハーバーするのはやめてくれよ』




 イギリス英語で皮肉まじりのジョークをかましてくるポテトヘッド。




『気をつけます。ポテトヘッドさんも、実は敵方とも通じてるとかいう展開はやめてくださいね』




『おいおい。なんだよ。いきなり』




『いやだって、二枚舌で砂漠の国を引っかき回すのはそちらのお国の得意技じゃないですか』




『へっ、言うじゃねえか。敗戦国のジャップのガキがよ』




『こちら。エーデルワイス。目標地点に到達。包囲警戒を続ける』




『こちらポテトヘッド。了解、エーデルワイス。――なあ、お前はどう思う? フジヤマと俺たち、どっちが信用できるよ』




『私の故郷は永世中立なので、どちらにも肩入れはしません。侵略者は、誰であろうと殺します』




 などと、和やかに会話していると――




『こちら、ルンペル! 緊急事態だ!』




『こちらポテトヘッド。どうした。ルンペル。包囲は完璧だ。さっさと突入しやがれ。もしお前らがターゲットを取り逃がしても、しっかりケツは拭いてやるからよ』




『それが、できないんだ! 敵の拠点が、いつの間にか要塞化されてる。バーガーショップくらいのデカさだが、門も扉も継ぎ目もねえ! まるで、ゼリービーンズみたいだ』




『そりゃ敵さんの最重要拠点なんだから、それくらいできてもおかしくねえだろうよ。さっさとそのお菓子の壁を、吹っ飛ばすなり、穴開けるなりして、ターゲットを連れてこい』




『もうやってる! 壁に魔法が効かない! 銃火器もダメだ! いくら銃をぶっ放しても水を撃ったみたいに手ごたえがねえ! ゼリービーンズみたいで、とにかく変な壁なんだ!』




 ルンペルが、悲鳴に近い声でそう報告する。




(おっ。【オリハルコン】もうできてたんだ。さすがに量産化はできてないみたいだけど)




 オリハルコンは、呪術的耐性と物理的強靭さを兼ね備えた、流体金属である。




 わかりやすく言うと、ターミネー〇ーとかに出てくるアレね。




 未来のはて星においては、一般兵肉壁の標準兵装全般に使われている雑魚装備であるが、今の時代においては、オーバーテクノロジーと言ってもいいだろう。




 おそらく、お兄様の活発な侵略活動を見たアメリカは、危機感を覚えて、オリハルコンの開発を急いだのかもしれない。




 戦争は科学技術を発展させるというやつだろうか。




 もしかしたら、曖昧模糊として成果が不明瞭な量子コンピューターより、即物的に効果が見込める流体金属の開発を優先している可能性すら考えられる。




『ちっ。ったく。ここまでお膳立てしてやってるのに、しゃんとしてくれよな。任務が失敗したら、結局、どやされるのはこっちなんだからよ』




 ポテトヘッドが舌打ちする声が聞こえた。




 お兄様にとって、【ポテトヘッド】は信頼できる古参である。しかし、【ルンペル】は、この前のヘルメスちゃん襲撃以降にお兄様の軍隊に編入された、新参者の異能部隊だ。俺が助けられた魔女っ娘ちゃんたちは、全体から見れば氷山の一角であり、残りはお兄様の手中にあるのだ。




 といっても、今日の仕事っぷりを見ると、お兄さま側は、まだあんまり魔女っ娘たちの運用に慣れてないのかもしれない。




『おい。フジヤマ。どうだ。なんとかできるか?』




『呪術耐性もある未知の金属の防壁ということですよね? 普通に考えて、そちらの精鋭の異能部隊で無理ならば、こちらも無理でしょう。一応、試してみますので、目標から一旦離れてください』




 俺はそう言って、アイちゃんに目配せした。




「はぁい。マスターぁの御意のままにぃ」




 アイちゃんはわざとらしくそう言うと、風の魔法で空中に飛び上がり、指鉄砲のポーズで、火砲を発射した。




『……だめだ。一瞬、傷がついたように見えたが、すぐに消えちまった』




 ルンペルが残念そうに言う。




 オリハルコンには自己修復機能がございます。




「残念。力及ばずぅ」




 アイちゃんが肩をすくめて地上に降りてくる。




 もちろん、アイちゃんの本来の実力なら、余裕で貫通できることは言うまでもない。




 手下の俺が、お兄様直属の異能部隊より強かったらおかしいからね。




「クソッ。たるいな。壊せないなら、【シンデレラ】の家ごと、そのまま運んで拉致るか。バーガーショップくらいの大きさなら、大型ヘリ二台もありゃいけるだろ。おい、ルンペル、ヘリと網は用意してやるから、セッティングはお前らのとこで――」




『――情報部より実行部隊に伝達。敵通信機能の回復を確認』




 ポテトヘッドがキビキビと命令を下そうとした所に、別の通信が割り込んできた。




『あん? ジャミングは完璧なんじゃなかったのかよ? 基地局も押さえたし、通信ケーブルもぶった切っただろうが』




 ポテトヘッドが不満げに言う。




 そりゃハンナ氏は量子コンピューターを作っちゃうくらいの天才だからな。




 ハッキングから夜の通信回復までお手の物でしょうよ。




『詳細は不明。――敵、通信機能回復により、増援の到着が予測される。残り任務遂行可能時間は、およそ23分と試算』




 情報部のオペレーターが淡々と告げる。




 このままカーラさんが撤退を決断してくれないかなー。




『ああん? さすがにそれだとヘリのセッティングが間に合わないだろ。――チーフ、どうするよ?』




 ポテトヘッドが、上司――カーラさんに判断を仰ぐ。




『……残念ながら、生きたまま確保することは難しそうです。プラン【マーメイド】に移行してください』




 一瞬の間の後、カーラさんの声が、俺たちの耳に届く。




(やっぱそうなるか。鳴かぬなら殺してしまえホトトギスということね)




 手に入らない技術なら、ない方がいい。人魚姫は泡となって消えてしまえという話らしい。




『こちら、ポテトヘッド。了解。だが、どうやって殺す?』




『……ルンペルさん。目標の構造物に、発煙手榴弾を投げてみてくださいー』




『えっ、あ、はい。――投げました』




『どうですかー? 煙の流れは?』




『は、はい! あっ、吸い込まれて行きます』




『やはり、普通の金属のような密閉性はないようですねー。魔法を無効化している原理はわかりませんが、物理的衝撃を殺しているのは大気を吸収・圧縮・循環し、緩衝材として利用してるためでしょうー』




 カーラさんが、得心がいったような口調で言った。




 想像通りといった感じか。




 多分、お兄様のところも同じようなの研究してますねこれ。




『なるほど! では、ありったけの毒ガス入りの手榴弾をぶつけますか?』




 ルンペルが勇んだ口調で言う。




『それも悪くないかもしれませんが、全ての外気が吸収される訳ではない以上、非効率的ですねー。ガスマスク程度なら常備してあるかもしれませんし。それよりも、もっと他にあるじゃないですかー。生命維持に必要なものが』




『酸素か……』




 カーラさんの示唆に、ポテトヘッドが呟く。




『そうです。周囲を密閉して燃やしましょう。酸素を奪うだけでなく、一酸化炭素も出ますしー、一石二鳥ですねー。ダメ押しで、毒ガスを入れもかまいません』




『さすがはチーフ。考えることがえげつねえな』




 ポテトヘッドは、畏怖するように言う。




『いえいえ。考えたのは私ではありません。フジヤマさんの部下のやり方を参考にさせて頂きましたー』




『お耳に入ってましたか。――間接的にでも、お役に立てたようで何よりです』




 俺は適当にそう答える。




 カーラさんが言っているのは、アイちゃんvs虎鉄ちゃんの試合のことだろう。




 今、絶賛ビジネスヤクザ男を品定め中の虎鉄ちゃん。きっと、彼女がペラペラ喋ったのが回り回って、カーラさんの耳まで届いたのかな。虎鉄ちゃんには機密って概念がないし、師匠アイちゃんの武勇伝を後世に伝えるつもりで喋りまくってそう。




『ジャパニーズニンジャってやつか? ――よしっ。ルンペル。ゼリービーンズの周りを、壁で囲め。【シンデレラ】の燻製だ。きっと継母に高く売れるぜ』




『こちらルンペル。了解。土魔法を使える奴を総動員する。壁の構築まで、5分くれ。――フジヤマのとこの魔法使いも手を貸してくれるか? 土と、火の属性が得意なやつだ』




(――さて。どうようかな。ハンナ氏が死ねば、ITビジネスとしては、商売敵がいなくなる分、俺にとっては有利なんだけど……。未来の世界がなあ)




 水を向けられた俺は、思考を練る。




 ハンナ氏に死なれると、量子コンピューターが完成しない。




 そうすると、人類はシンギュラリティを達成できない。つまり、クソ雑魚科学文明で激やばモンスターたちと戦うことになる。




 それがどれくらいやばいかっていうと、『B29を竹やりで落とせ』って言われた第二次大戦中の日本人と同じくらいの無理ゲーなんだよなあ。




(まあ、そういう事情抜きにしても、個人的に、ハンナ氏は助けてあげたいんだよね)




 はて星のアンドロイドちゃんの主観的描写を信用するならば、ハンナ氏は根っからの善人であるので。




 無論、ライターが突然正義に目覚めた訳ではなく、『底抜けの善人の方がひどい目に遭った方が悲劇が際立つ』っていう、鬼畜な理由からそういう設定にしたんだと思うけど。




 これがいわゆる、みかちゃんの法則です。テストにはでません。




『もちろん、プラン【マーメイド】には協力します。ですが、壁を準備する間、俺にチャンスを貰っても構いませんか? チーフ』




 俺は腹をくくって、そう提案を切り出す。




『どういうことでしょうー』




『第一目的は、【シンデレラ】の捕獲であって、抹消ではありません。どうせなら、ダメ元でも、最後まで、あがきたいんです』




『もちろん、その意図は分かりますー。――具体的な作戦はー?』




『いえ、作戦というほど立派なものではないのですが、普通に【シンデレラ】の情に訴えてみようかと』




『なんだかおもしろそうですねー。壁を作るまでの間なら特に否定する理由もありませんし、許可しますー』




 カーラさんが落ち着き払った声で言う。




 こうして俺は、数百年後の未来をかけた、命の5分間を手に入れた。

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