第174話 光のマッドサイエンティスト(1)

 虜囚を護送中のヘリの内部。




 俺は、相当な愁嘆場を演じることを覚悟していた。




 だってそうだろう?




 俺たちにはハンナさんたちの仲間を殺し、騙し打ちで捕らえたという状況。さらに、ハンナ氏からしたら、つい一時間も前にはピンピンしてた仲間たちが、今はゾンビになって、目の前にいるのだから。




 客観的に見て、マジで地獄のような空間である。




 罵倒されるか、泣きわめかれるか、暴れられるか、もしくは、その全部か――。




(そう思ってた時期が俺にもありました)




「ヘイヘーイ! マイケル! どう? ゾンビになった気分は! 記憶は? 五感はどうなの? 苦しくない? レポートよろしく!」




 捕らわれの身のハンナさんは手足を拘束された状態のまま、ノリノリで言う。




 服は科学者然とした白衣。美人ではないが愛嬌のある顔だちだ。




 顔には天真爛漫な笑みが浮かび、根っからの陽キャであることをうかがわせる。




 チャームポイントのそばかすがどことなく素朴さを感じさせる。




「ああ、ハンナ。記憶はある。五感は、今の所触覚だけだな。苦しくはない。それどころ、とても幸せな気分なんだ。まるで、マイアミのビーチで日光浴しているようだ」




 マイケル、こと元軍人のゾンビの一人が、恍惚とした表情で言う。




 ちなみに、サファちゃんは、今、完全にお休みモード。




 俺の肩に、頭を預け、天使のようなかわいらしい寝顔を晒しながら、すやすやと寝息を立てている。




 サファちゃんが意識のない状態であるから、つまり、これは彼らの本心だということだろう。




 彼等の魂は、もうすっかり調教済みのようだ。




 いうなれば、サイレ〇の屍人みたいな感じなのだろうか。




「So great! 苦しい思いをしてなくてよかったわ。ジョージはどう?」




 肘でゾンビとハイタッチしながら、別の軍人ゾンビに話しかけるハンナさん。




「ああ。俺もマイケルと同じだ。ようやく、収まり所を見つけた。そんな感じがする。金でも、愛国心でも満たされなかったものが、こっちにはある。なあ、スコット」




「おう。ヤクをキメて女とファッ〇する以上の幸福があるとは思わなかった」




 知性あるゾンビたちが、異口同音に頷く。




「ワオ! そんなにいいの? なら、これが巷に知れたら、きっとみんなモテモテね! 女性も男性も第三の性もみんながハグを求めてくるわよ!」




「おいおい。俺たちはハンナみたいに、両刀使いじゃないんだから勘弁してくれよ」




「なに言ってるの? ゾンビなんだから身体はいじくり放題でしょ? 両刀どころか、デリンジャーをマグナムにアップグレードしなさいよ!」






 hahahahahahhahaha!






 ハンナさんのよくわからないアメリカンジョークに、ゾンビも研究員たちも大爆笑だ。




 人種よりも遠い、笑いの文化の隔たりを感じる。




「マスターぁ、こいつら敗者のくせに、全然ヘコんでなくてムカつくぅ」




 アイちゃんが捕虜たちにヤンキー並のガン付けまくりながら言う。




「ま、まあ、暗くなるよりはいいんじゃないかな」




 俺は引きつった笑顔を浮かべて答えた。




 ハンナさんって若い時は、こんなはっちゃけたキャラだったんだな。




 本編では、量子コンピューター完成後=晩年の姿しか描かれてなかったので、もうちょっとまともで落ち着いた感じだったんだけど。それか、美化されてたんだろうか。本編のハンナさんの登場シーンは、彼女に創られたアンドロイドのヒロインの主観視点による描写だし。創造主に対して何らかの補正がかかっていてもおかしくない。




「ヘイ! そこのボーイ」




「どうも。成瀬祐樹と申します」




「そうそう。ナルセサン。あなた、見たことあるわ。フォーブ〇の『世界を変える100人』に選出されていたわよね。私より下の年齢で載っていた人はあなただけだったから、よく覚えている」




 ハンナさんはそのスカイブルーの瞳で、じっと俺を見つめてくる。




 ハンナさんは飛び級で大学を卒業しているが、日本ならば、高校生くらいの年頃である。




 彼女は白人なので黄色人種に比べるとかなり大人っぽく見えるが、それでも法律的にはまだ子供と定義していいくらいの年頃だ。




「恐縮です」




「あなたのインタビュー良かったわ。『ユビキタス社会が世界を一つにする』。情報格差の縮小こそが、世界が抱える様々な問題を解決する近道。この考えは、私の開発思想とも非常に近いから、いつか話をしてみたいと思ってた」




 ハンナさんがちょっと真剣な表情になって言った。




 なお、俺のインタビュー記事は実在しているが、もちろん、適当にそれっぽいことをリップサービスで言っただけで本気でないことは内緒だ。




 彼女はガチで科学万能説を信じているタイプなので。




「ありがとうございます。光栄です。……できれば、こういう形で会いたくはなかったですが」




「ドンマイ、ボーイ! 全ての実験はトライアル&エラーの繰り返しよ! 思い通りにならないこともあるわ」 




「お気遣い頂き、ありがとうございます。……でも、えっと、俺の方から言うのもなんなんですが、怒ってないんですか?」




「怒る? どうして?」




「いや、命令とはいえ、あなたの仲間を殺害したのは、俺たちなので」




「もちろん、嬉しくはないけれど、私たちの手だって、汚れてない訳じゃないもの。私たちは人類を救うために研究をしている。でも、結果として、私たちの研究成果は、きっと殺しに使われる。全ての科学技術はその宿命から逃れられないのよ」




 ハンナさんは悲しそうに言った。




「……そうですね。それが、人類の歴史です」




「イエス! それに、そもそもマイケルたちは死んでないでしょう?」




「え?」




「死というのは、もはや相手とコミュニケーションが取れない状態のことよ。でも、マイケルには記憶もあるし、こうやって会話もできる。私はこれを死とは定義しない」




(科学と呪術は交錯する……ね)




 方向性は違うが、サファちゃんの死生観と、ハンナさんのそれは重なる部分がある。




「彼らはともかく、他の損壊の激しいご遺体に関しては、どうお考えですか?」




「もちろん、問題ないわノープロブレム! 関係者の脳内データは、毎日バックアップをとってるもの。心は全てそこにある。後は、それにふさわしい身体を用意するだけよ。スリープ状態にある仲間は、私が必ず復活させる。一生をかけても。『人間が想像できる事は、人間が必ず実現できる』。でしょう?」




 ハンナさんが熱のこもった声でそう力説する。




 その言葉に、捕虜の研究員たちも、軍人ゾンビたちも、迷いなく頷いて見せた。




 ハンナさんにもマッド感はあるけど、ママンとの違いは、研究に参加するメンバー構成員のコンセンサスが取れているということだ。誰一人強制されている訳でなく、皆がハンナさんの倫理観を受け入れている。そこが善の科学者ハンナさんと、悪の科学者ママンの相違点なのである。










――あとがき 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 受賞のご報告とお礼――



 皆様、いつもお世話になっております。

 穂積潜です。


 近況ノートにも以下と同様の内容を記載させて頂きましたが、こちらでもご報告させてください。


 この度、拙作、『泣きゲーの世界に転生した俺は、ヒロインを攻略したくないのにモテまくるから困る――鬱展開を金と権力でねじ伏せろ――』が、第6回カクヨムWeb小説コンテスト・現代ファンタジー部門で、ありがたくも大賞を頂く運びとなりました。自分で応募しておいてなんですが、正直、受賞できるとは思っていなかったため、素直に嬉しいです。


 これも、ひとえに日頃の読者の皆様のご支援の賜物です。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。


 などと、書くと通り一辺倒の謝辞に読める表現になってしまいますが、実際、読者選考というシステムがある形のコンテストですので、もし読者様のご支援がなければ途中選考を突破できたか分かりません。というか、突破できてない可能性の方が高いでしょう。ということで、ガチで読者様のおかげだと思っております。マジでありがとうございます。


 作品に関しては、泣きゲー(以下略)や他の作品も含め、これからもマイペースで執筆を続けていこうと思っておりますので、気長にお付き合い頂ければ幸いです。


以上、ご報告とお礼でした。


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