第157話 幼馴染は約束してナンボ

 激闘を終えた俺は、意識を失ったぷひ子を彼女の家へと運んだ。




 どうやらぷひ子は二階の窓から飛び出したらしく、早朝のチャイムに起き出してきた何も知らないぷひ子ママは大層驚いていた。




 もちろん、過程を説明することはできないので、俺は『トイレに起きたら偶然窓の外に倒れているぷひ子を見つけた』ということで押し通した。




 俺のただならぬ気迫に感ずる所があったのか、ぷひ子ママは何も追及することはなかった。そして、『ぷひ子の側にいたい』という俺の願いを快く聞き入れ、二階に上げてくれた。




 俺はぷひ子ママが用意してくれた客用の布団に誘惑されつつも、何とか意識を保ち、そのままベッドの側に寄り添い続ける。




「……。……。……ゆーくん?」




 一時間も経った頃だろうか。




 ぷひ子が薄く目を開く。




「美汐! 大丈夫か? どこか痛い所はないか?」




 俺はベッドに身を乗り出して、ぷひ子の頬にソフトタッチする。




 ぱっと見では、大丈夫そうだな。




 フクロウも真っ青な角度で首が「ぐにぃ!」ってなってたけど、さすがはぬばたまの姫パワーの原液を注がれているだけある。




「う、うん。大丈夫。ちょっと、頭がぼーっとするけど。……ゆーくん、ずっと私の側にいてくれたの?」




「ああ」




 目を丸くするぷひ子に、俺はただ頷く。




 ここは主人公のぶっきらぼう属性を活かして、言葉少なにいくのが吉。




「夢を……見てたの。とても怖い夢。とても綺麗な女の人と、お星さまの夢」




「……」




「とってもふわふわしてね。気持ちよくてね。ずっと、ここにいたいなーって思ったんだけど、ゆーくんの声が聞こえたからね。戻らなくちゃって思ったらね。このベッドの上にいたの」




 ぷひ子が遠い目をして呟く。




「ごめんな」




「なんでゆーくんが謝るの?」




「お前が大変な時に、俺はただ叫ぶことしかできなかったから」




「いいんだよ。ゆーくんが、ただ側にいてくれて、一緒に笑ってくれたら、私はそれだけで幸せ」




 ぷひ子は微笑んで言う。




 ラ〇ウみたいなかっこいいことほざきやがって。ちょっとうるっとくるじゃねーか。




「……」




「……」




 沈黙が流れる。




 しかし、それは気まずい類のものではなく、心地よい静寂であった。




「……ゆーくんは、シエルちゃんと結婚するんだよね」




 やがて、ぷひ子が唐突にそう切り出してきた。




「結婚はわからないが、婚約はする。美汐も含めて、俺の大切な人たちを守るのには絶対に必要なことだから。詳しくは話せないけど、さっき美汐を助けるのも、俺一人の力じゃ絶対に無理だった」


「そうなんだ……。――うん。わかった」




 ぷひ子が寂しげに微笑む。




 この『わかった』を鵜呑みにするようでは、主人公は務まらない。




 「大嫌い!」は「大好き!」であり、「いいよ」は「ダメ」であり、「わかった」は「納得してない」のがギャルゲーの選択肢の常。




 ここで俺はジョーカーを切るぜ!




「……美汐、まだ持ってるか? ガチャガチャに入ってた、ハズレの指輪。ばあさんの入れ歯を開いたような気持ち悪いやつ」




「ゆーくん、覚えていてくれたんだ」




 ぷひ子がぱっと顔を輝かせる。




(出ました! 幼馴染専用装備、『結婚の約束』。幼馴染ヒロイン最強の勝ちフラグにして、主人公を縛るかせぇ!)




 主人公といえば幼馴染ヒロイン。そして、幼馴染ヒロインといえば結婚の約束。




 俺氏も多くの主人公のご多分に漏れず、ぷひ子とこの手の約束をしている。




 ただし、これは主人公が研究所から田舎にやって来たばかりの出来事。主人公はまだ恋の意味も、婚約の重大さも知らず、人間の心を半分くらいしか取り戻していない時期のことである。




 主人公は研究所脱出前後の体験が若干トラウマになっており、この時期の記憶に蓋をせざるを得ない心理状態にあった。そのため、このぷひ子との約束もすぐに忘れてしまい、一部のルート以外では思い出すことはない。




 つまり、ぷひ子は、悪意はないとはいえ、意志薄弱な状況の主人公に付け込んで結婚の約束を結びやがった訳だ。




 まるで大学の新歓コンパで新入生の女の子を酔わせてお持ち帰りする先輩のごとき鬼畜の所業。




 しかし、約束は約束であるので、なかったことにはできないのが主人公の宿命である。




(どうせ消せない約束なら使い倒してやる!)




「……忘れる訳ないだろ」




「そっか。そうなんだ。ゆーくん、覚えていてくれたんだ。えへへっ、嬉しいな」




 ぷひ子が瞳に涙を浮かべて、ぷひひと微笑む。




(俺はいい子ちゃん主人公をやめるぞー! 処女ー!)




 これで、勝ちヒロインであることを確信したぷひ子の精神が、ひとまずは安定することは間違いない。よって、しばらくは今回のような徘徊は抑えられるだろう。




 一見、ぷひ子ルート突入確定で詰んだと思われるかもしれないが、実は俺を取り巻く状況は何も変わっていないのが、今回のミソだ。




 俺が約束を思い出そうと思い出すまいと、どっちにしろ、結婚の約束は存在する訳だから、ぷひ子が内心では主人公を自分のものと思っているという事実には変化がない。俺はただそれを追認して、ぷひ子に安心感を与えてやっただけだ。




 今後の戦略も特に変わらない。とにかく、結婚を引き延ばして、時間切れを狙う。その対策も、この前考えたのと同じだ。




(結婚の約束はした。したが、今回まだその時と場所は指定していない! つまり、俺がその気になれば、20年、30年後ということも可能だろう……ということ!)




 俺は心の中でカ〇ジ的な開き直りを見せつつ、これ以上余計な言質をとられないように、ひたすら発する言葉を減らして、ぶっきらぼうに徹する。




 やがて、超絶ご機嫌になったぷひ子が「お腹が減った」などと言い出し、俺は徹夜のまま、いつもよりも納豆マシマシな朝ごはんに付き合うはめになるのだった。

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