第156話 一鬼夜行(2)

「釣るわよぉ! 虎子ぉ! ロボ子ぉ! とにかく、熱くてピカピカしたやつをぶちかましなさぃ!」




 アイちゃんが命令を下す。今回の作戦において、指揮権を握るのはアイちゃんだ。俺がそう決めた。




「了解っす! 派手にいくっすよ!」




「……クラスBの力を使う」




 アイちゃんの炎、虎鉄ちゃんの雷、ダイヤちゃんの光球。




 夜空に大輪の花火が咲く。




 全ての光明を、温もりを、生命を憎むぬばたまの姫はそれを許さない。




(やべっ。鳥肌立った)




 何かが近づいてくる気配が、俺レベルの雑魚にも分かる。




 逃げ出したくなる本能を抑え、俺は空き地の入り口を睨んだ。




 やがて、ゆらりと姿を現すパジャマ姿で裸足のぷひ子。




 腕をだらんと垂らし、おぼつかない足取りでこちらへとやってくる。




「かけまくもかしこきぬばたまのおおみずちのひめにかしこみかしこみ申す――」




 たまちゃんが祝詞の詠唱を開始する。




「まずは様子見よぉ! ロボ子ぉ! あんたは盾ぇ。虎子は牽制ぃ! アタシは納豆娘と力比べと洒落こもうかしらぁ!」




「……これより前衛戦闘に移行する」




 ダイヤちゃんが前へと進み出た出た。




 異能で身体に金属の鎧のような物を纏い、徒手空拳を繰り出す。




「小賢しき盗み火のともがらのなれ果ての虚ろなる空蝉の禍つかな哀れかな」




 ぷひ子が早口でうわ言を呟きながら、ダイヤちゃんへと襲い掛かる。




 淡々とその攻撃を受け流すダイヤちゃん。




 目の前で繰り広げられる、空手の組手にも似た光景。




 俺がぷひ子を傷つけるなと言ったせいなのだが、常に守勢に回らざるを得ないので戦いにくそうだ。




「援護するっすよ! ダイヤ! とりあえず、寸止めって感じでいいっすかね」




 虎鉄ちゃんはダイヤちゃんの反対側に回る。そして、そのまま雷を帯びた正拳を繰り出した。




「がうぁ!」




 瞬間、ぷひ子は首だけを180度回転させ、虎鉄ちゃんの拳に噛みつこうとする。




「ひうっ! 激ヤバっす! これと何時間も戦うっすか!?」




 慌てて手を引っ込めた虎鉄ちゃんが、ホラー映画を観ているような口調で言う。




「とにかく、力を使わせればいいのよぉ! むかつくから、ちょっと髪を焼いてチリチリ天パにしてやるぅ!」




 アイちゃんは召喚した炎の渦を、上空からぷひ子へと落とす。




「贄には贄の孤独の蟲毒」




 ぷひ子がバレエでも踊るかのようにクルクル回る。




 ブブブブブブブブブブブブブーンっと、耳障りな無数の羽音が近づいてきた――と思ったら、飛んで火に入る夏の虫った。ぷひ子の盾になるように、炎の渦を虫の大群が相殺する。




 そのまま、余勢を駆ってアイちゃんへと襲い掛かった。




 っていうか、これ、翼ちゃんをザムザっちゃう毒虫じゃん!




「ふぅん、そういうのも使えるのねぇ。中々やるじゃなぁい。――ポン子行きなさぁい! 納豆娘の呪いを吸いとるのぉ!」




 アイちゃんは毒虫をまとめて焼き払いながら叫んだ。




「……」




 タブラちゃんが、アイちゃんの言葉に従うかのように、ぷひ子の方へと両腕を向けた。




 やがて、ガクガクと痙攣し始めタブラちゃん。




「入ったわねぇ? それじゃあ、雑魚共は、ポン子とジャレてなさぁい!」




「はっ!」




 兵士娘ちゃんがフォーメーションを組んで、タブラちゃんを取り囲む。




(タブラちゃんにぬばたまの姫の力をドレインさせて、劣化ぷひ子を作って、敵の戦力を分散させたのか……。それにしても、アイちゃんはタブラちゃんを使いこなせるんだな。いつの間に仲良くなったのやら)




 一人に対して、同時に戦えるのは、東西南北の四人。実際は動きながら戦うので、多少の可動面積も必要だから、三人がいい所だろう。つまり、全員で束になってかかっていくというのは難しく、兵士娘ちゃんの戦力を遊ばせないために、アイちゃんが工夫したと言う訳だ。




(っと、傍観している場合じゃない。俺もそろそろ仕事しないとな)




「美汐! なにやってんだ! お前は誰かを傷つけて喜ぶような奴じゃないだろ! 覚えてるか。小1の時だ。一緒に作った花冠があったよな。お前、不器用でさ。何本もシロツメクサをダメにしちゃってさ。日が暮れるまでかかってようやく一個できたんだ。で、そこに、小さな女の子がやってきたさ。花冠を欲しいって言ったんだ。でも、そいつは、お前をいじめてた奴の妹でさ。正直、俺はどっか行けって思ったけどさ。それでも、お前は喜んで花冠をくれてやった。俺は、あの時口にできなかったけど、正直すげえと思ったよ。俺だったら、多分、あげなかったと思う。そういうこと、今、お前の身体の中にいる奴は、知らないだろ! 神様だろうとなんだろうと、関係ねえ! もう死んだ奴なんかにお前の身体を好き勝手させるな――」




 自分語りも交えつつ、ぷひ子へと必死に訴えかける俺氏。試される語彙力と幼馴染の絆!




 『精神攻撃は基本』って偉い人も言ってます!




 おっ。ちょっとビクっとした。




 でも、本編みたいに一発でぷひ子を正気に戻す威力はないな。やっぱり。




「へぇ。やっぱり、完全には乗っ取られてないのねぇ」




「これでちょっとは息継ぎタイムが稼げるっすね!」




「……対象のスピードが20%ダウン」




 後はひたすらに持久戦。




 おもしろいことをしていると時間が経つのが速いっていうけど、今回は逆だからめちゃくちゃ体感時間が長い。




 一秒が一分、一時間が一日にも感じる。




 それでも、永遠はない。どんな苦行にもやがて終わりがくるものだ。




 やがて、空が乳白色を取り戻す頃、ぷひ子は地面へとくずおれた。




「ふう、何とか勝てたっすー!」




 虎鉄ちゃんが昇りくる朝陽に眩しそうに目を細める。




「……今回の戦闘は、難易度B+クラスの任務に相当する」




 ダイヤちゃんは冷静に言った。未だ武装を解くことなく、ぷひ子から目をそらさない。




 ぬかりないね。




「みんな、お疲れ様。協力してくれてありがとう」




 俺はガラガラ声で言って、一人一人に労いの意味を込めたミネラルウォターのペットボトルを配って回る。




 アイちゃんたちに比べれば全然マシとはいえ、何時間も声を出し続けるのも結構きついんですよ。




「それでぇ? マスターぁ。たまのお祭りなら楽しいけどお、さすがに毎日これだと雑魚共の身が持たないわよぉ?」




 アイちゃんはミネラルウォーターを自身の頭にぶっかけながら、兵士娘ちゃんたちを見遣った。




 彼女たちもかなり疲労しているようだ。




「うん……その辺はちゃんと考えてあるよ。今日のようなことは、二度と起こさせないようにする」




 俺は腹を括って言った。




 要はぷひ子の精神が安定しさえすればいいんだ。




 大丈夫。幼馴染には幼馴染の切り札があるからな。




「……既成事実」




 ダイヤちゃんがボソっと呟く。




 本当に無口っ娘は一途でいいですね!




「そっちも、何とか落とし所を見つけておくよ」




 俺はそう答えると、ミネラルウォーターをあおり、乾いた喉を潤すのだった。

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