第158話 乙女ゲーに悪役令嬢は意外といない

 ぷひ子が目覚めた日。




 その日、体調不良と言い訳し、学校をサボって仮眠を取った俺は、午後からシエルちゃんの家へと出向いた。




「……ということで、色々あったけど、ぷひ子もどうにか俺たちの婚約を認めてくれたよ。もちろん、みか姉にも報告は終わってる」




 俺は、ぷひ子との婚約のことだけは秘した上で、シエルちゃんにいきさつを伝える。




「そうですの。それを聞いて安心致しましたわ。ミカはともかく、ミシオは尋常じゃない取り乱し様でしたから、ワタクシ心配しておりましたの――随分と苦労なさったようね?」




 シエルは俺の顔色を窺い、からかうように問うた。




「まあ、色々ドタバタしたからな。――ともかく、これで正式に俺とシエルは婚約者という訳だ。改めて、よろしく頼む」




 俺はまだ眠気の残る目の周りを左手でマッサージしながら、右手をシエルちゃんへと差し出した。




「こちらこそ、よろしくお願い致しますわ。――ユウキに選んでもらえるように頑張らないといけませんわね。もう一人の美しい婚約者さんに負けないように」




 シエルちゃんは俺の手を強めに握り返してくる。さらに、彼女は俺の腕をグイっと引いて、顔を近づけ、耳元でそんなことを囁いてきた。




「逆だろ。結婚適齢期になった時に、シエルのお兄様が求める基準に達してなければ、扱いが格下げされるのは俺の方だ」




 『第一婚約者がシエルちゃん、第二婚約者をダイヤちゃんとする』




 それが、先ほどお兄様とママンと俺の間で開かれた、三者協議の結論だ。




 俺が、お兄様が満足するほどの力を持った人物になれた場合、予定通りシエルちゃんとの結婚が成立し、一門の仲間入り。それほどでもない場合は、シエルちゃんとの婚約はキャンセル。代わりにダイヤちゃんとの結婚が成立し、業務上のパートナーとなる。この場合は、財閥の一門とまではいかず、東洋における重要なビジネスパートナーの一人――ちょうど、今のママンの立ち位置くらいだろうか――に落ち着く。




 これが、俺たちの辿り着いた落としどころだった。




 お兄様としては、あらかじめ俺に財閥の息のかかった予備の婚約候補者を設定しておけば、将来、シエルちゃんを別の男に嫁がせたいと思った時に、俺との婚約をキャンセルしやすくなるというメリットがある。




 一方、俺は当初の目的通り、お兄様から様々な支援を得られるし、将来的にどう転んでも、お兄様に敵対する意思はないということも示せた。




 ママンの顔も最低限は立ててやったつもりだ。




 もちろん、ママンは多分、二番手扱いされて内心は不満だろう。でも、ママンも客観的なお兄様財閥とママンの研究所の力の差は理解しているから、現状では俺の選択を肯定するしかない。まあ、一応、ママンには、『親を越えていくのは子どもの義務であり、権利だよ』と、野心ありそうな感じで話したら、勝手に納得していたから大丈夫だろう。




 あ、つまり、『このままお兄様のポチで終わるつもりはねーぞ!』ってことね。




「是非、お兄様の期待に応えて欲しいものですわね。ワタクシ、ユウキとなら素敵な家庭を築けるような気がしていますの。――大きくなっても、ワタクシの側にはソフィアがいて、あなたの側にはアイがいて、毎日、トムとジェリーのようなくだらない喧嘩をしていて、それがワタクシとユウキの定番の話題ですの。ユウキは、多分、ワタクシを大切にしてくれるでしょうけど、恋はしないでしょう。そう、きっと、ミシオかミカを好きになるのでしょう。食事も週の半分くらいはミシオの家で食べて、ワタクシはそのことをイノリに愚痴りながら、退屈だけど幸せな日々を過ごすんですわ」




 シエルちゃんは窓の外に視線を遣りながら、割と現実感のある将来像を語り出す。




(めっちゃ語るやん。っていうか、これはちょっとシエルちゃんルートのビターエンドっぽいかな)




 シエルルートで主人公が政略結婚の阻止を諦めた場合、半バッドエンド扱いのビターエンドとなる。主人公はソフィアちゃんと一緒に、執事としてシエルちゃんにまめまめしくお仕えする訳だ。シエルちゃんは政略結婚なので夫婦仲は冷めきっており、お兄様も信頼できなくなって、ソフィアちゃんと主人公以外には心を許せないというちょっぴり切ない感じの終わりである。




 まあ、もし俺とシエルちゃんが結婚した場合は、そこまで険悪な雰囲気にはならないだろう。俗にいう友達夫婦みたいな感じとなり、周りにお友達もいて、シエルちゃんにとってはベストとはいわないまでも、ベターエンドな生活となるはずだ。アマガ〇でいうところの、ナカヨシくらいな感じ?




「確かに、もし俺とシエルが結婚したら、いかにもそうなりそうだな。でも、夫としての俺はどうかな? 意外と嫁姑問題に苦労するかもよ? ほら、俺は母が用意してくれた婚約を保険に使うような、小賢しいマザコン男だし」




 俺は自虐気味に言った。




「ワタクシはそうは思いませんわ。常に逃げ道を用意していてこそ、有能な政治家というものでしょう。それに、利用しようとしているのはお互い様ですわ。ユウキがユウキにとっての最善を目指すのは当然です」




「まあ、そうなんだけどな。ぶっちゃけ、シエルは俺の母のこと嫌いだろ? 俺が母の顔を立てたことも、快く思ってないんじゃないか」




「ワタクシはソフィアの件がありますから、あの女をそう簡単には許す訳にはいきませんわ。でも、かといって、肉親がいくら非道な人間であっても、そう簡単に切って捨てられるような人間も、ワタクシは信用なりません。もし、お兄様が罪を犯したとしても、ワタクシも見捨てられないと思いますから」




 シエルちゃんがはにかみと哀れみの中間のような、複雑な表情を浮かべて言う。




 まじかー。お兄様の本当の姿を知っても、今と同じセリフを吐けるかなー?




 まあ、シエルちゃんなら50:50フィフティ・フィフティで言いそうだなー。




「そうか……。悪いな。気を遣ってもらって。シエルは、優しいな」




 俺はちょっと影のある主人公スマイルを浮かべて言った。




「ええ。そうでしょうとも。そうでしょうとも。ワタクシはきっと、世の男性が羨むような良妻賢母になりますわよ! ――優しさついでにもう一つ申し上げさせて頂きますと、ユウキ。あなた、もう一人の婚約者の方にも、声をかけて差し上げたら?」




 シエルちゃんは胸を張って、そんな忠告をしてくれる。




「やっぱり、行った方がいいかな?」




 ダイヤちゃんは、今、ママンからのヘリ待ちをしている。




 行けば普通に話しかけられないこともない。でも、本編で成瀬祐樹とダイヤちゃんの絡みはないから、あんまり関わりたくないんだけどなー。変なフラグを立てたくない。




「……正直に申し上げると、わかりません。ワタクシは、あのダイヤという娘のことには、詳しくありませんから。でも、あの娘は、一方的に使われる立場なのでしょう? なんだか、他人のような気が致しませんのよ。生まれに逆らえないと言う意味で」




 シエルちゃんはそこで言葉を区切って、紅茶のカップに口をつける。




 大嫌いなママンの部下で、ライバルでもあるダイヤちゃんのことまで考えてあげるなんて、シエルちゃんは本当に人間ができているね。見た目はちょっと悪役令嬢っぽいのに、中身は真逆。アンジェ〇ークのロザリアちゃんと同じくらいいい子だ。




 っていうか、乙女ゲーって、氾濫するネット小説とは違い、意外とドストレートな悪役令嬢が出てくるやつが少なくないか? まあ、俺は男だからそっち方面の恋愛シミュレーションゲームはあんまり詳しくないんだけどさ。




「俺も、ダイヤさんについてはあまり詳しくなくてさ。気休めを言おうにも、俺は、あの研究所から抜け出してきた身だ。安全圏にいる俺が、彼女に言ってあげられることなんてあるのかなって、どうしても思っちゃうんだ」




「それでも、ワタクシはユウキに行って欲しいと思ってますわ。だって、今まであなたと関わった女の子で、不幸になった娘は一人もおりませんもの。ユウキには女性を幸せにする不思議な力がある。ワタクシは、そう信じてますわ」




 シエルちゃんはそう言って微笑む。




 ああもう、ここまで言われたら完全に行くしかない流れじゃん!




「そうか……。よしっ、わかった。婚約者さんがそこまで言ってくれるなら、気負わずに声をかけてみるよ」




 俺はそう言って、席を立つ。




(ダイヤちゃんいるかなー。もう帰っていてくれないかなー)




 そんなネガティブなことも考えつつ、俺はシエルちゃんの洋館を早足で後にした。

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