第129話 フーテンの虎ちゃん(3)

 やがて、送られてきた電話番号に、俺は早速コールする。




 オールドヤクザは携帯を持ってないし、メアドもないので、他に連絡手段はない。




「東雲だ」




 渋いいぶし銀ボイスが耳朶に響く。




「こんにちは。突然のお電話すみません。俺は成瀬祐樹と申します。実は、おたくの虎鉄さんが今、家にいらっしゃってまして――」




 俺はかいつまんで事情を説明した。




「そうか。――悪ィな。ワシんとこの不肖の娘が迷惑をかけた。全くあの大馬鹿野郎が」




 東雲組長はそう虎鉄ちゃんを罵ったが、その声色にはどこかほっとしたようなニュアンスが含まれていた。




「まだ娘だと思われているんですね。つまり、親子の縁を切るというのは形だけだと思って構いませんか」




「へっ。切っても切れねえのが血の繋がりってもんよ。お前さんなら分かるだろう」




 組長が自嘲を含んだ口調で言う。




 俺とママンのことを言ってるのね。




「そうですね……。それで、虎鉄さんの処遇ですが、どうしますか。それとなく、そちらに帰るように促しましょうか」




「――いや。お前さんには迷惑だろうが、できればあいつの好きにさせてやってくれ。今更こっちに戻してもどうしようもねえや。地元の学校に通わせようにも、いわくつきのヤクザの娘じゃあ、どうしたって腫れ物扱いされちまう。その点、似たような境遇の娘がたくさんいるお前さんの所なら、あいつに普通の学生生活をさせてやれるかもしれねえ」




 東雲組長はしばらく考えてから、申し訳なさのにじむ声で言う。




「ご存じの通り、俺のところも、『普通』ではないですが」




「それでも、櫛枝の嬢ちゃんのとこよりは、人間味がある環境だろうよ」




「そうなるように努力はしてます」




「なら十分だ。――こんなことを頼めた義理じゃねえが、引き受けてくれるか」




「いいですよ。といっても、俺の部下の子と似たような環境を提供するだけで、特別扱いはできませんけど」




「それで上等よ。……悪ィな。恩に着る」




「天下の東雲組長に恩を売れるなんて光栄です。これで、貸し一つ――いや、二つということでいいんですか?」




 俺は少し冗談めかして言う。




「……テメエ、覚えてやがったのか」




 東雲組長が驚いたような声で言う。




「おぼろげながら。でも、あんな出来損ないのおにぎりを提供しただけで貸しにするのはあまりにもセコいですよね。やっぱり、一つですかね」




 みかちゃんルートにおいて、賽蛾組に拘束された彼女助け出すために、主人公は虎血組を頼る。その虎血組がなんで協力してくれるのかといえば、まず、虎血組と賽蛾組の上部団体の竜蛾組が対立関係にあることも一つだが、なにより、東雲組長が俺に対して恩義があるという理由が大きい。といっても、大した恩じゃなく、腹を空かせていた東雲組長におにぎりを食わせてやったという程度の些細なものだ。




 当時、東雲組長はまだ組長ではなく若頭であり、竜蛾組のとある幹部を殺すミッションを請け負っていた。しかし、本人のやらかしから、そのターゲットを取り逃がす。ターゲットは、虎血組のうじゃうじゃいる都会を逃げ出して、賽蛾組へと避難し、それを追いかけて東雲組長もこの田舎にやってくるのだ。最終的に東雲組長は見事ミッションを完遂し、ターゲットをしとめることに成功するが、その過程で負傷し、行動不能になって、空き屋と思しき軒下に身をひそめる。




 しかし、そこは実は主人公の家であった。当時は引っ越してきたばかりで、物もほとんどなかったので、空き屋と見間違えられたのだ。パパンは俺を送り届けて、すぐに海外に飛んだので、家には俺氏一人きりの状況である。




 普通、軒下に血を流したおっさんがいたら、逃げるか、通報するか、ぷひ子ママに相談するかなどが妥当な所である。しかし、色々あって心が半分くらい死んでいた主人公は、まだ、十分なコミュニケーション能力を獲得していなかった。『血を流している人』に対しても、特に異常とは思わなかったのだ。なぜって、俺氏はママンの研究所にぶちこまれてたからね。




 その時、主人公が習得していた対人コミュニケーション手段は、ずばり『一緒に飯を食う』の一択のみ。それも、『なんかぷひ子に納豆飯を食わせたらなんかすごい喜んでたから、とりあえず、困った人にはなんか飯を食わせとけばいいのだろう』という、安易すぎる馬鹿の一つ覚えである。




 ともかく、主人公は野良犬に餌付けする感覚で、おっさんに握り飯をくれてやり、「なんか包帯とかねえか」と話しかけられ、言われるがままに救急箱を貸してやったりした。




 一晩経って、また握り飯を食わせてやろうと軒下を覗いたら、おっさんはすでに姿を消していた。主人公もしばらくは軒下を気にしていたが、すぐに日常のあれこれに流されてそのことを忘れていく。




 しかし、東雲組長はハイパー義理堅いので、その俺氏の行いに感動し、ずっと覚えていたという訳である。




 いわゆる、ヤクザの理想的な行動規範、『一宿一飯の恩義に報いる』というやつであり、実際、みかちゃんルートでは、東雲組長が自らの命を犠牲にして、みかちゃんと主人公を逃がしてくれたりする。




 握り飯と命がイコールなんて、鬼畜宇宙人QBでもびっくりの不等価交換だと思うが、ヤクザルールでは釣りあうらしい。




「いや、二つだ。極道から義理を取ったら、それはもはや畜生と同じよ」




 東雲組長はきっぱりとそう言い切った。




「そうですか。では、その二つの恩、返して頂ける日を楽しみに待ってます」




「へっ。そんなこと言うが、お前さん、ワシの助けなんぞ必要としてねえだろうがよ」




「そんなことありませんよ。今も、治安維持に協力頂いているじゃないですが」




「ずっとこのままってことはねえだろう。お前さんのことだ。ちゃんと自前の兵隊も育ててんだろ? そしたら、ワシらは用済みだ」




 東雲組長は悟ったような口調で言う。




 さすがはわかっていらっしゃる。




「……やめましょう。仕事の話は。今は虎鉄さんの件ですよ」




「おう。そうだな。とにかく、よろしく頼むわ。あいつの居候代が必要なら遠慮なく言えや。利子つけて振り込んでやらあ」




「必要ないですよ。多分、それは虎鉄さん自身が嫌がるでしょう。彼女には、仕事のお手伝いをしてもらいますよ。そして、お給料という形で生活費を支給しようと思います」




 とはいっても、手の内は明かせないから任せられる仕事は限られているけどな。




「そうかい。なら、もう何も言うことはねえや。……いや、一つあったか」




「なんでしょう?」




「あんたのとこの柴漬け、中々美味かったぜ。――あの時の握り飯の味には負けるがな」




 東雲組長はそれだけ言い残し、ガチャンと、音を立てて、電話を切った。




(ひゅー。さすがイケオジだね。BLゲーだったら俺が攻略されていた所だぜ)




 俺は背筋をゾクゾクさせつつ、リビングへと戻った。


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