第130話 日本の誇りのイタリア人
俺がリビングに戻ると、テレビの前で、アイちゃんとみかちゃんと虎鉄ちゃんがレースゲームをやっていた。
アイちゃんは今日が護衛担当、みかちゃんは家事当番だったか。
「虎子ぉ、中々速いじゃなぃ。そのままいけば優勝できるんじゃなぃ?」
アイちゃんが他人事のように言った。
なお、アイちゃん本人は、レースの順位を無視して、逆走上等でアイテムを取りまくり、執拗にみかちゃんの車を攻撃している。
「どもっす。そもそもこれ、なんできのこ食ったら早くなるんっすかね? きのこが燃料なんっすか? それともラリって速くなったと勘違いしてるだけっすか?」
虎鉄ちゃんが見事なドリフトを決めながら言う。
「虎子はお馬鹿さんねぇ。テレビゲームっていうのはぁ、省略の美学なのよぉ。実際は、マジックマッシュルームを売って稼いだお金でマシンを強化しているのよぉ。RPGでモンスターを倒したらゴールドを落とすのと同じ理屈ぅ」
「さすが姐さん! なるほどっすね! マジックマッシュルームはまだ法律で規制されてないから厄介だって、親父も言ってたっす!」
虎鉄ちゃんが感心した様に頷いた。
「そういうことぉー。あらぁ、また、攻撃アイテムが来たわぁ。死ね! 死ね! 死ね!」
「あのー、アイちゃん。最下位の私を攻撃しても、意味がないんじゃないかしら?」
みかちゃんが苦笑して言った。
アイちゃんに目の敵にされてるのもあるが、そもそもみかちゃんはアイテム運がなさすぎる。
「だってぇ、そいつの全てがむかつくのよぉ。鳴き声も間抜け面もなにもかもー。そもそも、なんでそいつ自身が乗り物のくせにカートを転がしてるのぉー。自分の足で走りなさいよぉ。この駄竜ぅー」
「ええー、ユーモラスで愛らしいじゃない。それよりも、私はそのお猿さんの名前の方が、どうかと思うわ。元は髭のおじさんのペットだったんでしょう? もうちょっとかわいい名前をつけてあげてもいいと思うの。悪口を名前にするなんて、愛を感じないわ」
おいお前ら。今すぐその不穏な会話をやめろ。最強法務部が動き出したらどうする。
「……虎鉄さん。親父さんと話がついたよ。彼は、虎鉄さんの気が済むまで好きにしていいって」
「マジっすか!? ありがとうございますっす!」
一位でゴールを決めた虎鉄ちゃんは、コントローラーを放り投げるように置いて、勢いよくこちらを振り返る。
「下宿先はここの家の近くでいいかな。相部屋で他の娘たちと一緒に日常生活を送ってもらうことになるけど」
用意しようと思えば個室も用意できるが、彼女を特別扱いをすることは他のヒロインの手前できないし、東雲組長の望んでいる方向性もこちらだろう。
「ういっす! 小生、若衆との集団生活には慣れっこっす! むしろ、研究所は一人部屋だったんで、寂しかったっす!」
「そう。よかった。色々と入用だろうから、生活費はとりあえず貸すけど、働いて返してもらうっていう形でいいんだよね?」
「もちろんっす! 働かざる者食うべからずっす! 小生は何をやればいいっすか!? 雑巾がけとかトイレ掃除やるっすか!?」
虎鉄ちゃんは小さなガッツポーズをして言う。
「そうだなあ。意気込みは買うけど、そういう家事をやってくれる娘は別にいるからなあ……」
「ええ。これ以上お手伝いさんが増えたら、私がゆうくんのお家に来る機会がなくなっちゃうわ」
みかちゃんがこちらを振り向いて、にこりと笑う。あっ。またアイちゃんにマグマに落とされた。
まあ、みかちゃんはともかく、他の家事娘ちゃんたちのお仕事を奪ってしまったらかわいそうだからね。
こうしてみると、虎鉄ちゃんにあげる仕事がない。
明らかに事務向きではないし、戦闘には機密保持の都合上、ガチの現場には放り込めない。
脳筋だからチームの戦術指導はできないし、個人の戦力としても、今はもはや兵士娘ちゃんにも勝てない。
「えっと、じゃあ、他に小生が役に立てそうなことっていうと、やっぱり戦いになるんすかね」
「うちに虎子ごときにできる仕事なんてないわよぉ。マスターは安い殺しなんてやらないし、繊細なミッションとか、アンタ無理でしょぉ。電気系の異能は通信設備や装備にも影響が出やすいしぃ」
アイちゃんが小さくしたみかちゃんの車を踏みつぶしながら言う。
「まあ、能力的にはともかく、仕事には色々機密も絡むから、お客さんの虎鉄さんには任せられない案件が多いかな」
「そ、そうっすか。……あ、あの、じゃあ、小生、祐樹くんのカバン持ちをやりたいっす!」
「かばん持ち?」
「うっす! 下っ端がやる仕事は電話番かカバン持ちって決まってるっす! 電話番はもういるっすよね? じゃあ、カバン持ちっす! 近くで色々学ばせて欲しいっす」
「カバン持ちかあ。そうなると、月~金の登下校時に、俺のランドセルを運んでくれるってことかな?」
「はいっす!」
「うーん、なんか俺がいじめっこになったみたいであまり気はすすまないけど、それで虎鉄さんが満足するなら、お願いしようかな」
「ありがとうございますっす! あと、虎鉄で大丈夫っす! なんなら、『お前』でお願いするっす! 祐樹の叔父貴!」
「叔父貴って……。同い年だしさ。俺はあんまり、任侠集団のことに詳しくないけど、こういう時は『兄貴』じゃないの? まあ、それでもおかしいけど」
「いやあ、そんな兄貴と呼ぶなんて畏れ多いっす。兄弟盃もかわしてないっすし、そもそも今の小生じゃ、
虎鉄ちゃんが恥ずかしそうに頭を掻いた。
叔父貴>兄貴なのか。なんとなくわかるけど。
つーか、急に俺へのリスペクト度が上がり過ぎだろ。
虎鉄ちゃんパパが何か吹き込んだのか?
「そうなんだ……。でも、兄貴でも叔父貴でもなくて、仕事上では、みんなマスターって呼んでくれてるから、虎鉄さんもそうしてくれるとありがたい」
俺はあくまで合法的でクリーンな企業経営を目指しているので、ヤクザ屋さんだとは思われたくない。
「ういっす! 了解っす!
空から女の子が降ってくるのかな?
「それじゃあ、とりあえずは、カバン持ちをお願いするよ。暮らしていく中で、随時、虎鉄ちゃんにお願いできることが見つかったら言うね。あっ、一応、補足しておくと、うちで働いてくれる娘は誰でも、福利厚生の一環として、家賃や水道光熱費と三食分の食費は無料になってるから、贅沢しなければ出費は少ないと思うよ」
「太っ腹っすね! 親父と一緒っす! やっぱ、食う寝る所に住む所を用意してこその頭っすよね!」
虎鉄ちゃんは破顔して言った。
「漢の中の漢と比べてもらえるなんて光栄だよ。じゃあ、とりあえず、今日の所は、家で夕飯食べてく?」
「ういっす! ゴチになるっす!」
「じゃあ、今から作るわね。今日はハンバーグにするつもりだけど、虎鉄ちゃんは、何か嫌いな物とかアレルギーとかある?」
ようやく二周遅れでゴールしたみかちゃんが問う。
「ないっす! 出された飯に文句なんて言ったら、親父に殺されるっす!」
虎鉄ちゃんが即答する。
まあ! なんて行き届いたヤクザ教育でしょう。
「肉ならアタシも食べてあげてもいいわよぉ。――マスター、ご飯ができるまでアタシとタイマンしましょうよぉ」
「いいよ。ショートカットとかガンガン使うけど」
俺はそう前置きしてから、テレビの前で胡坐を掻いた。
動体視力と反射神経が限界突破してるアイちゃんに勝つには知識とテクニックをフル活用するしかない。
「ああ、なんか、いいっすね。こういうの。普通の小学生みたいで」
虎鉄ちゃんがぽつりと呟いた。
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