第120話 プレゼントにアクセサリーは避けた方が無難

 爽やかな春はあっという間に過ぎ去り、ジメジメとした梅雨になった。




 心配していたタブラちゃんは、アイちゃんが俺の想像以上に甲斐甲斐しく面倒を見てくれているので、平穏無事に日常を送ることができている。




 やっぱり、ヤベー奴同士気が合うということだろうか。




 なお、タブラちゃんの被害者の香パパには、彼女を保護した後すぐに説明に行った。結果、「襲ってきたのがタブラちゃんだとはっきりと確認した訳じゃないから責められないし、身寄りのない子どもをそのままにしておくのも不憫だから」と、寛大なお許しを頂いている。




 さすが、香氏のパパン。心までイケメンだぜ。




 俺は、そのお礼――というか実質はタブラちゃんの罪滅ぼしを兼ねて、他のダム候補地の調査・選定と、用地買収に協力してあげることにした。もしダム建設が上手くいけば、多分、本編世界よりも出世するぜ。香パパ。




 ともかく、梅雨はストレスが溜まりやすい季節である。




 ヒロインたちへの好感度調整にもいつも以上に気を遣うのはもちろんのこと、部下の女の子たちへのフォローにも気を配らなければいけない。




 すなわち、ファッションに興味のある子たちには衣替えにかこつけて洋服を一緒に買いに連れて行ってやり、食い気が多い子たちには、お高めのホテルバイキングに連れて行ってやり、そのどちらにも興味がない子にはまとまった休暇を調整して、温泉旅行やら北海道旅行やらを手配してやり、金と手間をかけまくっている。




 我ながら、なんというホワイト企業。接待&接待&接待。関わる女の子が増えれば、気遣いの手間も増えるのが主人公の宿命。ヒロインの嗜好と思考を把握し、選択肢判定に活かすのはギャルゲーの基本だが、ここまで数が増えてくると、ギャルゲーっていうより、マジ〇カクイズゲーの覚え作業をしている気分だ。いや、もはや、営業のリーマンか? 革の手帳にびっちりメモってるしな。




「マスター。今日はありがとうございました。わざわざ、オートクチュールの普段着なんて作ってもらって」




 銀座から、家に戻ってきた途端、兵士娘ちゃんの一人がそう言って頭を下げた。




「私たち、普通のガーリーな服なんて、似合わないもんね……」




 別の兵士娘ちゃんが遠い目をして言う。




 兵士娘ちゃんたちは日頃ゴリゴリ鍛えてるので、普通の女の子用に作られたかわいらしい服だと、サイズ感が合わないのだ。だからと言って、フリーサイズの服や、機能性重視のスポーツウェアばかりだと、あまりにも味気ない。




 むしろ、彼女たちは日頃、血生臭い仕事に従事しているだけに、より一層、日常では女の子らしいことに憧れるのが強い傾向にある。




「いいのいいの。ちょうどコイツの服を作りたいところだったからさ。ほら、さすがに、ウサギの服だけ発注するのも先方に失礼だろ?」




 俺は腕の中のクロウサを撫でて言った。言うまでもなく、今の発言は彼女たちに気を遣わせない名目であって、兵士娘ちゃんたちの女の子らしさへのコンプレックスを知った上での対策である。




「ぴょふー」




 クロウサが自慢げな溜息を漏らす。




 日頃は和装アリスウサギな格好のクロウサだが、今日はゴスロリっぽい服となっている。




 鼻をひくひく動かしてるところを見ると、どうやら喜んでるっぽい。まあ、一応、こいつもメスだからな。




「クロウサちゃんはちんまりして、かわいらしくていいですね。それに比べて私は、肩幅も大きいし、太ももも太いし、まるでゴーレムみたいで、全然かわいくないです」




 兵士娘ちゃんの中でも、一番ガタイのいい子が言った。




 アイちゃん曰く、『中々使える弾除け』らしいから君はそのままでいいんだよ、と言ってやりたいが、それだと彼女は喜ばないだろう。




「そんな悲しいこと言わないで。『全ての女性には美しく着飾る権利と義務がある』――俺の師匠の言葉だ」




「素敵な言葉ですね。……それにしても、マスターに師匠なんていらっしゃったんですね。どなたですか?」




「シエル。――正直言うと、俺は、ファッションとかには疎くてね。彼女から色々教えてもらっているんだ」




 事実である。




 精神年齢おっさんの俺は、恥ずかしげもなく小学生のシエルちゃんからハイブランドについてご教授を願っている。




 もちろん、自分で本を読むなり、講師を雇うなりして勉強しようと思えばできないこともないが、せっかく、イベントを起こす口実があるんだから、使わなければ損だ。




 泣く子とギャルゲー主人公はただでは転ばぬ。




 一つのタスクを別のフラグに応用するのが、効率的な好感度維持のコツである。




 無論、その対象はシエルだけに限った話ではない。例えば、ホテルバイキングの下見には、部下の子それぞれの味覚の傾向を知っているみかちゃんを連れ出すし、温泉の下見ということで、香一家と一緒に旅館に泊まったりもする。




 ただし、シエルちゃんとでかける時は、ソフィアちゃんを伴う。みかちゃんと出かける時は、必ずぷひ子を伴う。祈ちゃんは興味の対象がアカデミックすぎるので、俺以外が相手をするのは中々難しい。だが、それでも、遠出する時は、出版社の他の人間を混ぜて、あくまで取材旅行の体を取る。




 こうして、ヒロインと二人っきりになることを極力避けて個別ルートに突入するフラグが立たないようにする。なおかつ、疎遠にもならないように気をつける。これが俺のやり方だ。




 つーか、結局、二度目の人生でも勉強することと仕事が山積みで、俺のプライベートの時間なんてほとんどねえわクソが。




「マスターの勉強熱心さには本当に頭が下がります。私たちも頑張らないと」




「ほどほどでいいんだよ。君らが頑張り過ぎると、俺がもっと頑張らなきゃいけなくなるからね」




 俺は冗談めかした口調でそう言って笑う。




「ふぅん。随分楽しそうねぇ。マスター。アタシをこんなつまらない所に残しておいてぇ」




 アイちゃんが、軒下のなめくじに卓上塩を振りながら唇を尖らせる。




「アイ。留守番ご苦労様」




 俺はそう声をかけた。




 俺だってできればアイちゃんも連れていきたいけど、留守番は絶対に必要である。




 だって、全員で銀座に行っちゃうと、本拠地が無防備になっちゃうから。




「お土産はぁ? 誠意は言葉じゃなくて現物ぅ」




 アイちゃんは、俺に背中を向けた格好のまま呟く。




「もちろんあるよ。はいこれ」




 俺は買ってきたリボンを、アイちゃんの髪に結んでやる。




「リボンー? 雑魚たちには服で、アタシにはただの紐ぉー?」




 アイちゃんが不満げに言う。




 確かにただの紐だが、ちゃんとしたブランドものの紐だぞ。




 服よりは全然安いが、ただの紐のくせに家族で焼肉一回分くらいの値段がしやがる。




 偉大な竈の女神ロリ巨乳がつけた紐ならともかく、ただの紐にそんな価値ある? って俺だって思うよ。けど、かといって、100円ショップのリボンとか持ってきたら、アイちゃんは『アタシをなめてんのか?』って思うタイプでしょ。




「だって、アイ、普通の服だとすぐボロボロにするだろ。身体動かす時くらい、それ用の服を着ればいいのに」




 アイちゃんはファンションに興味がない訳ではないのだが、とにかく飽きっぽく、服の扱いが雑なのだ。それどころか、同じ下着は二度つけないという、どこぞの欧米スターのごとき贅沢っぷりなのです。




「だってぇ、着替えるのめんどくさいのよぉ」




「アイがそう言うと思って、気軽に身につけられる物にしたんだよ」




「――ふぅん。まぁいいわぁ。いざとなったら、首を絞めるのに使えそうだしぃ」




 アイちゃんがおざなりに言う。




 なんだか不機嫌だ。




 まあ、基本的に炎属性だし、乾燥地帯の生まれっぽいから、湿度高めの梅雨が苦手なんだろう。




「はあ……。やっぱ、アイは物よりイベントの方が喜ぶタイプだよなぁ。――わかったよ。梅雨の息抜きに戦ってみる?」




「誰とぉ? おもしろくない雑魚の相手なんてごめんよぉ?」




「相手は、コードネーム、キャッツアイ。アイもよく知ってるだろ」




「キャッツアイ……。――あぁ、虎子ねぇ! ヒドラの虎子でしょぉ!」




 アイちゃんはしばらく考えてから、パッと顔を輝かせる。




「うん。実は、ママンとか虎血組経由で、アイとの模擬戦を結構せっつかれててさ。俺としては、アイを安売りしたくないし、あんまりこっちの手の内を明かしたくないから、断ってたんだけど、そろそろいいかなって思って」




 出し渋りは交渉の基本だが、あまりやりすぎると逆効果でもあるのだ。




「ふふふふ。いいじゃなぁい。アイツぅ、アタシの上位互換気取っててむかついてたのよねぇ。さすがはマスターぁ、話がわかるぅ!」




 アイちゃんがシオシオになったなめくじをデコピンで吹き飛ばし、立ち上がる。




 キャッツアイは属性としては雷で、素早さと攻撃力が高い。アイちゃん本人も意識している通り、二人のスペックは似ている。しかし、アイちゃんを攻撃力大 素早さ中とすると、虎鉄ちゃんは攻撃力中 素早さ大といった感じで、どちらかといえば素早さ寄りの基本パラメーターである。




「じゃあ、向こうにOKの返事を出しておくね。アイも分かってると思うけど、相手は雷属性だから、梅雨の時期だと向こうにアドバンテージがあるよ」




「それでいいのよぉ。相手が有利な状況でボコボコにした方が、プライドをズタズタにできるでしょぉ?」




 そう言いながら、アイちゃんはこちらに振り向いた。犬歯を剥き出しにして、愉快そうにリボンを指でいじる。




(うんうん。やっぱり、アイちゃんはこうじゃなくちゃね)




 元気を取り戻したアイちゃんを、俺は満足感と共に見遣った。


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