第121話 脳筋キャラと天然キャラは厳密には違う

 こうして俺は、先方と連絡を取り、日程を調整した。返事はすぐにきて、トントン拍子に話は進む。




 そして、小雨がそぼ降るとある六月の日曜日。




 映画の撮影名目で人払いを済ませて規制線を敷いた空き地で、俺とアイちゃんは彼女を待つ。




「――来るわぁ」




 ふと、アイちゃんが曇天を見上げる。




 直後、ピカッっと雷光がきらめいた。




 ズドーン!




 と、空気を切り裂く大音声。




 直後、空き地の土が四方に跳ね散る。




 俺のレインコートに、わずかながら泥水の飛沫がかかった。




 雷撃の熱でプスプスと立ち上る煙が消えた頃、彼女は姿を現す。




「ふぅー! 到着っす!」




 少女は、そう言って、手の甲で額の汗を拭った。




 オレンジ髪のショートヘア。体格は小柄で、その容姿は、例えるなら、快活なリスのようにかわいらしい。服装は、ホットパンツにTシャツという、ラフスタイルである。




「成瀬祐樹です。こんな田舎まで、ご足労頂きありがとうございます」




 俺は彼女に歩み寄り、頭を下げた。




「村雲虎鉄っす! よろしくお願いするっす!」




 少女も、眩しい笑顔と共にそう挨拶を返してくる。笑った拍子に、彼女のトレードマークの八重歯が露わになった。




(後輩キャラのお手本のようだなあ……)




 村雲虎鉄むらくもこてつちゃんは、続編『ヨドうみ』のヒロインの一人である。コードネームはキャッツアイ。なんか喫茶店とか泥棒とかやってそうなコードネームだが、そのどちらでもなければ、姉妹もいない。硬派ヤクザこと、虎血組の組長の一人娘である。




 本来なら本名を隠すためにコードネームがあるのだが、虎鉄ちゃんは基本的に脳筋なのでそういうことは気にしない。




「こちらこそ、よろしくお願いします」




「ういっす! あー、それと、祐樹くんって、同年代っすよね? タメ口で大丈夫っすよ。小生、敬語とか苦手なんでフランクに接してもらえると嬉しいっす」




 虎鉄ちゃんが親指をサムズアップして言う。




「それじゃあ、お言葉に甘えようかな」




「っす! 今回は小生のお願いを聞いてくれてありがとうっす」




「うん。まあ、君の親父さんにはいつもお世話になってるからね」




「小生も、祐樹君のおふくろさんにはいつも世話になってるんでお互い様っす!」




 ヒドラには、ママン直轄の生え抜きと、客将待遇の外様がいるが、彼女は後者である。ママンは、虎血組と人身売買のコネを作るために、虎鉄ちゃんの戦闘訓練を受け入れたのだ。鬼畜ママンも当然お客さんには配慮をするので、彼女を無茶な任務にはつけたりはしてない。従って、虎鉄ちゃんはママンを特に恨んでもないし、実験体としても比較的安全な施術しか施されていないので、性格もねじ曲がっていない。




 なお、正義のヤクザなのに、人身売買とかしていいの? と思うかもしれないが、人材斡旋手配師は江戸時代から続く、ヤクザの伝統的な商いなのでセーフである。




「うん。そうだね。これを機に、子どもの俺たち同士も仲良くやろうよ」




「もちろんっす! それにしてもあれっすね。おふくろさんは正直、いつもツンケンしたオーラがプンプンで近寄りづらいんっすけど、祐樹君はフレンドリーでいいっすね」




「まあね。反面教師ってやつかな?」




「なるほどっす。あ、でも、顔は結構似てると思うっす。美人なおふくろさんに似て、祐樹くんもイケメンっすね!」




「またまた。ミケくんを見慣れてたら、俺なんてただの不細工でしょ」




「いやあ、それりゃあミケ氏はむちゃくちゃイケメンっすけど、彼はなんか綺麗すぎて落ち着かないんすよ。観賞用のイケメンって感じで! その点、ユウキくんは親しみやすいイケメン顔っす」




「ありがとう。お世辞でも嬉しいよ」




 ギャルゲーの主人公には、プレイヤーの感情移入のしやすさを重視して容姿と性格の個性をなるべく控えめにする『平凡な男子高校生』タイプと、濃厚なストーリーを展開するために、敢えてそのリスクを冒す『厨二』タイプがいる。




 俺は、どちらかといえば前者の『平凡な男子前髪長い族』の一員だ。一方、ミケくんは後者である。




 ミケ氏は『ヨドうみ』の特殊機関という濃い目の作品舞台に負けないように、設定も見た目の味付けも濃くなっているのだ。だって、アルビノで絶世のイケメンでヒーラーよ? ただのぶっきらぼうな男の子の俺氏に勝ち目ないよね。




「フワぁ……。いつまでそうやって中身のない会話を続けるつもりぃ? そろそろ眠くなってきたんだけどぉ?」




 アイちゃんが欠伸一つ小首を傾げる。




「サードニクス……。久しぶりっすね。まさか、研究所では一度も小生に勝てなかったサードニクスが、竜蛾組を倒せるほど強くなるなんて、思わなかったっす。本当なら小生の手で竜蛾組に引導を渡したかったのに、残念っす」




 虎鉄ちゃんはそう言って、ふと寂しげな瞳をした。




 虎鉄ちゃんの母親は、竜蛾組と虎血組のいざこざに巻き込まれて殺されている。本来、『ヨドうみ』の虎鉄ちゃんルートだと、その弔い合戦込みで、虎血組と竜蛾組の血で血を洗う抗争がメインテーマになるのだ。しかし、この世界線では、すでに俺が竜蛾組に壊滅的な打撃を与えてしまったので、大規模な抗争は発生しなさそうである。




「そぉ? ならその残念さをアタシにぶつけたらぁ?」




 アイちゃんが挑発的な意味を浮かべて言う。




「……言葉より拳で語れってことっすね? 上等っす! 小生好みっす! どれだけ強くなったのか、お手並み拝見っすよ!」




 虎鉄ちゃんも闘志を剥き出しにした笑みを浮かべた。




「ふふっ、虎子に今のアタシの動きを『拝見』できるかしらぁ」




 早くもバチバチ状態の二人に対し――




「待って待って! 俺が避難するまで勝負は始めないでね!」




 俺は慌てて、二人から距離を取る。




 そのまま、自宅の二階へと避難し、双眼鏡で空き地を観察することにした。




「マスター。隊長は、大丈夫でしょうか」




 俺の隣、護衛についている兵士娘ちゃんの一人が心配そうに言う。




「もちろん。なんなら、ここにいる全員、誰でも、虎鉄ちゃんには勝てるよ」




「――そう、ですよね。理屈では分かってるんです。それでも、やっぱり、私たちにとっては、ヒドラの時点で別格という感じがあるので」




「そんなに苦手意識がある? 確かにキャッツアイはヒドラだけど、ダイヤとかに比べれば格下だよね?」




 俺は首を傾げた。




 キャッツアイのモース硬度は8.5なので、アイちゃんよりは格上だ。でも、ヒドラの中では強い方ではない。いわゆる、『四天王の中では最弱』ポジである。




「ダイヤはいつも任務に忙しく、私たちのような下っ端の相手をすることはありませんでした。その点、キャッツアイは、蛭子への昇格試験などで試験官を務めることも多かったので」




「そうか……。体感したことのある現実的な恐怖なんだね。キャッツアイは」




 俺は納得して頷く。




「はい。もちろん、隊長が本気を出せば、万に一つも負けることはないでしょうが、今回も、隊長は力を制限するんですよね? 情報を秘匿するために」




「うん。『訓練でパワーアップした』という理由で、相手が納得するくらいの程度に留めるように言ってある」




「だとしたら、ひょっとしたら隊長が後れを取ることも……」




 兵士娘ちゃんが不安げに言う。




 部下からこれだけ気にかけてもらえるなんて、アイちゃんも中々慕われてるね。




「大丈夫。アイは勝つよ。初めからの強者と、強者になろうと努力し続けた強者の地力の違いでね」




 俺はみんなを安心させるように言った。




 アイちゃんはクレイジーだけど、クレバーでもあるのだ。




 本編では、頭がおかしくなっていたせいで彼女のいい所がスポイルされ、冷静さを欠いた作戦をとることも多かった。でも、今の彼女が本気で頭を使えば、脳筋の虎鉄ちゃんには負けるはずがない。




 俺はそう確信していた。


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