第115話 家族になろうよ

「……」




 意識が戻ったプロぷひちゃんは、女の子座りをしたまま、ただ微笑んで俺をじっと見ている。




「俺の友達が悪いことをしたね。ごめん」




「……」




「君を傷つけるつもりはなかった。今更だけど」 




「……」




「今日の所は、俺は自分たちの家に帰るよ。――もしよかったら、君も一緒に来る?」




「……」




 反応はない。




 プロぷひちゃんはただ俺をじっと見つめている。




「……帰ろう」




 しばらく待ってから、俺は二人にそう告げた。




「よろしいのですか?」




「うん」




「アタシがもう一回ぶん殴って気絶させてあげましょうかぁ?」




「ダメ」




 俺は即答した。




 プロぷひちゃんの自我がどの程度のものか、俺にはわからない。




 でも、少なくともマフィンを食いに出現する程度の意思はあるのだ。




 いかにそれが薄弱だとしても、人には全て自己決定権がある。




 ヒロインを口説きたければ、三顧の礼の態度で臨むのが主人公のあるべき姿というものだ。




「今度はもっと色んなお菓子を持ってくるよ」




「……」




「じゃあ、またね」




 俺はプロぷひちゃんに背を向けて歩き出す。




「なんだぁ、つまんなぃー」




「そんなことありませんー。何を信じ、何を選ぶか。その自由こそ、人が神様から許された、無条件の幸福ですからー。それを尊ぶ祐樹様の姿勢は素晴らしいと思いますー」




 たまちゃんが真剣な表情で言う。




「そんな大げさなものでもないけどね。――ほら、クロウサも帰るぞ。金を取り損ねたな」




「ぴょい……」




 クロウサが若干申し訳なさそうな顔をして、背中のリュックの隙間に潜り込む。




 中天を越えた太陽の光と、そのぬくもりを髪に感じながら、下り道へと脚を踏み入れた。




 ……。




 ……。




 ……。




 トンッ。




 ふと、その太陽の熱が遮られる。




 代わりに訪れたのは、肩へのわずかな重み。




 そして、太陽の鋭い熱よりはいくぶんひんやりとした、柔らかい感触。




「あらぁ、よかったわねぇ。マスターぁ。本当に捨て犬に懐かれやすいタイプだことぉ」




「いや、アイが欲しいって言ったんだから、ちゃんとかわいがって面倒見てあげてよ」




 肩車の格好で、プロぷひちゃんは無邪気に俺の頭を撫でてくる。




 その顔には、きっと変わらない微笑が浮かんでいることだろう。




 プロぷひちゃんの体格は俺より大きいはずだが、不思議とそれに見合った重さは感じない。




「どうしようかしらぁ。先住わんこは、後から来たのに嫉妬していじめるって言うわよぉー。マスターぁが新しいのにばっかり構うからぁ」




「――はいはい。これでいい?」




 俺は雑にアイちゃんの頭を撫でる。




「愛を感じないのだけれどぉー?」




「だって、アイ、俺が弄ばれてるのを見て楽しんでたし」




「やだぁ、マスターぁ、根に持ってるのぉ? あれは、好きな子にいじわるしたくなっちゃうやつよぉ。かわいい子どもの悪戯じゃなぁい」




「へえ。それって男の子の特権じゃなかったんだ」




 俺は軽口に軽口で返す。




「――これが、彼女の選択ですかー。なんとか、幸せにしてあげたいものですねー」




「そうだね……」




 たまちゃんの言葉に、俺は深く頷く。


「それでぇ? コイツのことは何て呼べばいいのぉ? なんなら、アタシがいい名前をつけてあげましょうかぁ。例えばぁー――そうだぁ! ポンコツのポン子! ポン子なんてぴったりぃ!」




 アイちゃんは名案を思い付いたとでもいうように手を叩いた。




 ソフィアのチュウ子といい、基本、彼女にネーミングセンスはないようだ。




 つーか、ぽんこつはすでにいくつかの他のギャルゲーのヒロインさんの代名詞みたいになってるからダメ。




「もうちょっと、かわいい名前がいいかな」




「ええー、かわいいじゃなぃ。ポン子ぉ」




「ネガティブな語源はかわいそうだよ。そもそもそれ、名前っていうよりあだ名だし」




「わがままねぇ。じゃあ、マスターはどんな名前がいいって言うのぉ?」




 アイちゃんが唇を尖らせて言う。




 うーん。いうて、俺も別にネーミングセンスがある訳ではないんだよな。こういう時、くもソラのライターならどんな名前をつけるだろうか。基本、厨二な感じだから、適当に哲学用語から引用しそうだな。




「そうだな。今、ぱっと思いついただけだけど、タブラなんてどうだろう」




「祐樹様、その語源はタブラ・ラサ白紙ですか?」




「うん。彼女はこれから一つ一つ経験し、何者かになっていく。少しでも白紙に素敵な絵を描けるように、俺たちはその手伝いをする」




 プロぷひちゃんが善であると決めつける根拠は、今の所ない。もちろん、その逆も然り。ならばやはり、そのどちらでもない選択肢を選ぶしかない。




「いいお名前だと思います。原罪を否定し、そして、神の恩寵に依存せず、自らの意思で人生を切り開いていくような芯の強さを感じさせる名前です。さすがは祐樹様ですね」




 たまちゃんが感心したように言った。




 なんかたまちゃんは深読みしてるけど、ぶっちゃけ俺はそこまで考えてないよ。




 ただのギャルゲー主人公っぽい台詞を吐くbotだから。




「……そうかな。でも、決めるのは彼女だから。気に入ってくれるといいけど」




 俺は顔を上げて、プロぷひちゃんの様子を窺う。




「そうよぉ。ねぇ、アンタぁ、ポン子の方がいいでしょぉ。ポン子ぉ」




 アイちゃんが両手で器用に『ポンっ』という空気音を発生させながら言った。




「……」




 プロぷひちゃんは、キョトンとした顔で首を右に傾げる。




「タブラ」




 俺は呟く。




「……」




 プロぷひちゃんは微笑を浮かべ頷いた――ような気がした。かなり微妙な角度だったが、少なくともアイちゃんの時のように首を傾げることはなかった。




「なによぉ。友情より男を取るって訳ぇ。アンタぁ、ろくな女にならないわよぉ」




 アイちゃんが不満げに言った。




「どうやら、タブラさんで決まりのようですね」




 たまちゃんが柔和な表情で言う。




「じゃあ、改めてよろしく。タブラ」




「……」




 プロぷひちゃん――改めタブラちゃんは、ポワポワ笑ったまま、反対側に首を傾ける。




(ジョーカーを手に入れた。しかし、上手く扱えるだろうか)




 不安がないと言えば嘘になる。




 初めての攻略方法を知らない未知のヒロイン。他の全てのヒロインを凝縮したような業の深さ。読めない行動原理。




(ええい! 弱気になるな主人公! 毒を喰らわば皿までよ! 今更、ぷひ子が一匹から二匹に増えた所でなんぼのもんじゃい!)




 俺は自身にそう喝を入れる。




 とにかく――




(家族が増えるよ! やったねタブラちゃん!)


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