第114話 お化け屋敷に入らずんばラブコメを得ず

「本当に?」




「ええ。といっても、確証はないのであくまで私の推測に過ぎませんが――彼女はうつろ巫女ではないでしょうかー」




「虚ろ巫女?」




「はい。仕えるべき神のない巫女ですー」




「ごめん。もう少し詳しく聞かせてもらっていい?」




「そうですね。どう説明したら良いものか――本来、神との契約は双方向なものなのですー。神は人に対して、無条件で従順なる信仰を求めますー。しかし、信仰者が求めるのは現世もしくはあちらの世界での利益ですー。ここに矛盾が生じます。その矛盾の調停者が巫女なのですー。私のような巫女は、神の求める魂の無垢さを保ちながら、人の代弁者であることも忘れてはいけない。その二つを両立するために、確固たる意思を持って、神と人を繋ぐために様々な修行を行いますー」




「――つまり、彼女にはその意思がない? 言い方は悪いけど、神様にとって彼女はこれ以上ない無防備でおいしそうなごちそうってこと?」




「はいー。神の求めて止まないものがそこにあります。彼女に全ての神々は力を貸さずにはいられません。完全に無垢なる魂の無条件の信仰。それは、神にとっては禁断の麻薬のように魅力的なものですからー」




「『神は無垢なる幼子を愛す』。いや、子どもでも、物心ついた頃には相応の欲があるから、それ以上ってことだ」




 欲のない人間は人間ではない。祈るのは、精神的にか、物質的にかはともかく、何かしらの利益を得たいからだ。




「はいー。しかし、神がどれだけ求めても、彼女は意思能力を有しないので、神の願いに応えることはできませんー。意思なき服従は信仰とは呼べませんからー。――それでも、神は彼女を欲する。結果、彼女は近くにいる神の権能に、ただ影響されるだけの虚ろな器となってしまいますー」




「そうか……。じゃあ、そもそも、香のお父さんを襲ったのは、神社を守るためかな? ほら、ダムを作るってなったら、あの廃病院を撤去することになるから。調査員の香のお父さんは、当然、それを考えるよね?」




 要はプロぷひちゃんは、RPGでいうところのガーゴイルみたいな感じだろ? 侵入者に反応する防衛botみたいなやつ。




「その可能性は高いかと思いますー。神社への害意に、無意識に反応したのかもしれませんー。もちろん、香さんのお父様に悪気はなかったでしょうが、神様は人の細やかな事情まで汲んでくださるとは限りませんので……」




 たまちゃんが頷く。




「それで納得したよ。――彼女は元々、土着のぬばたまの姫の力に魅入られていた。でも、今、環さんが浄化してくれて、ぬばたまの姫の支配が揺らぎ、魂にちょっとスペースが空いた。そして、その隙間に、アイちゃんの力の源となるアステカの神様が忍び込んだ。だから、今の彼女は不完全ながら、ぬばたまの姫とアステカの神様の力の両方を使える。そんな感じ?」




「ええ。そのようです。彼女の魂の支配権を、二つの神々が争っている状況でしょうかー」




 たまちゃんが心配そうに言う。




(よし。段々わかってきたぞ。プロぷひちゃんはミラー系の能力者か? 無意識コピー忍者って訳ね)




 ゾンビとなったか〇し先生。もしくは、RPGだと中盤~終盤辺りに出てくる『自分自身に向き合え』的なバトルイベントで戦うことになる敵。ドッペルゲンガー。そういうことだろ?




「なに、この子! いいじゃない! ギアを上げても上げてもついてくるぅ! 使えるわぁ! マスタぁー! この子、アタシにちょうだい! おもちゃにするぅ!」




 アイちゃんがウキウキで叫ぶ。




 アイちゃんが力を使えば使うほど、プロぷひちゃんにアステカの神秘パワーが流れ込んでるのだろう。




「ちょうだいって言われても、彼女は俺のものではないよ。それに、彼女を道具のように扱うのはダメだよ。彼女は傷つけたくて傷つけてる訳じゃない。ひどいことはしちゃダメだ」




「はあー。マスターぁは、わかってないわねぇ。コイツは寂しいのよぉ。誰かと関わりたいのぉ! それが、交尾だろうがぁ、ご飯だろうがぁ、殺し合いだろうが大差ないのよぉ!」




 アイちゃんが呆れたように言った。




(うーん、セオリー的にはアイちゃんが正解っぽいな。狂人は狂人を知るってことか?)




「……環さん。どう思う? 彼女を連れて帰っても問題ないかな?」




「――そうですねー。私たちの住んでいる土地はここと同様にぬばたまの姫の御心が強く反映される地ですー。ですので、潜在的な危険性では大差ないかとー。ですが、ここと違って、きちんと管理された私たちの神社で定期的に浄化するならば、その危険性はかなり抑えられるかと思いますー」




「でも、それだと、環さんの負担が重くならない?」




「増えるといえば増えますが、お気遣い頂くほどのものでもないかとー。それに、上手くいけば、私では治せない西洋の穢れを、彼女が軽減してくれるかもしれませんー」




「……魔女っ娘たちをさいなむ、西洋系の呪いを彼女に吸わせる。そして、彼女の内部で、ぬばたまの姫の呪いと争わせて、相殺する。そういうことかな?」




 俺はたまちゃんの言わんとすることを察して呟く。




「はいー。大変に畏れ多い考えではありますが、数多の神々が彼女に夢中になることで、他の子どもたちへの干渉が少なくなるかとー」




 たまちゃんが頷いた。




(これは、欲しい。かなり、欲しいぞ。コピー能力持ちで、なおかつ、現状、魔女っ娘たちを癒す唯一の手段――リスクを受け入れる価値は、あるな)




 ヘルメスがミケくんを攻略するまで。そして、ミケくんが成長し、万能ヒールが使えるようになるまでにはしばらく時間がかかる。その間にも、魔女っ娘たちにかけられた呪いは徐々に進行していくことは間違いない。今は、彼女たちに極力異能を使わせず、精神的にケアをすることで呪いの進行を最小限に抑えている。だが、それでも確実とはいえない。手札は多い方がいい。




「わかった。もし、彼女が望むなら、俺たちの所へ迎えよう。その前に、本来の彼女に戻ってもらわないと。――アイ」




「はーい。気絶させるわぁ。そろそろ、本気できつくなってきた所だしぃ」




 刹那、ブワッっと、山火事になりそうなほどの熱気がほとばしる。




 次の瞬間、プロぷひちゃんは地面に昏倒していた。




 アステカパワーの供給が止まり、プロぷひちゃんの魂の支配権が再びぬばたまの姫に移っていく。


 俺はその間に、衣服を整えた。




 やがて、プロぷひちゃんの身体能力が回復しきった所で再びたまちゃんが浄化の儀式をし、彼女をフラットな状態に戻した。

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