第113話 逆鱗と琴線のラインは人それぞれ

「ああ、なんてことを……。彼女に害意は存在しなかったのに、どうして――」




 たまちゃんが突然の悲劇に手で口を押える。




 吹っ飛ばされたプロぷひちゃんの身体は、不自然な逆くの字に折れ曲がっていた。確実に背骨がいっちゃてるであろう角度だ。




「だってぇ! ナデナデはダメでしょぉ! ナデナデはぁ! ポンポンでもギリギリよぉ! ギリギリぃ!」」




(えぇー……。アイちゃんのキレ所が全くわかんない)




 まさか、俺とプロぷひちゃんがいちゃいちゃしている所に嫉妬? いやいや、ないよな。だって、それならもっと早く、プロぷひちゃんが俺を押し倒してきた時点で止めるはずだしな。




 それともなんだ。夜のお姉さんがキスだけは嫌がるみたいな感じで、よくわからないアイちゃん基準の境目さかいめがあるのか?




 ああー、クレイジーキャラの内面を推し量るのむず過ぎだろ。現実世界ではゲームみたいにテキストからヒントを拾うことができないからな。




「……」




 グギギギ、と、糸で動かされる操り人形のように、プロぷひちゃんが身体を起こす。




 致命傷などなかったかのように、前傾姿勢で構える。




(不老不死の力――ロリババアと同じ系統の奴か)




「ああ、穢れが――。今、浄化の儀式を行いますー! 時間を稼いでくださいー!」




 たまちゃんが大幣を手に、祝詞の詠唱を始める。




「アイ。自分で蒔いた種だ。自分で片付けろよ」




「はぁい。やっぱりハイキングにはこれくらいのお楽しみがないとねぇ」




 アイちゃんがウキウキでプロぷひちゃんを迎え撃つ。




 俺は巻き込まれないように二人から距離を取った。




(……余裕か。さすがはアイだな)




 プロぷひちゃんはまあまあ強そうだが、攻撃力と素早さはアイちゃんには遠く及ばないようだ。


 ただ、不老不死の異能でHPが無限に近いので、たまちゃんがいなかったら結構きつかったかもな。




「――祓い給え! 清め給え!」




 やがて、たまちゃんが詠唱を終える。




 どさり、と。プロぷひちゃんは地面に倒れ込んだ。




「よし! 早く麓に帰ろう!」




 俺は脱がされた洋服と財布を回収しに動き出す。




「マスターぁ! まだよぉ!」




 アイちゃんの制止。




 俺は動きを止める。




 ガガガガガガガガガガガガガ! と、何かが激しく擦れ合う音。




 視線を地面に遣れば、倒れていたはずのプロぷひちゃんの姿がない。




「さっきとは、比べ物に、ならないわねぇ。おもしろく、なってきたわぁ――あっ、マスターぁ、たちは、下手に動かないでねぇ? 守りにくい、からぁ」




 アイちゃんの残像が浮かんで消える。その途切れ途切れの声がステレオのように聞えてきた。繰り広げられる火花と烈風の饗宴。




 速すぎて目で追えないが、どうやらアイちゃんはプロぷひちゃんと交戦しているらしい。




 俺はその場で硬直した。アイちゃんにこう言われては、俺はどうしようもない。




 せめて服くらい取りに行っちゃだめかな。




 いつまでもパンイチだと格好つかないんですけど。




(つーか、あれはぬばたまの姫の力じゃないな)




 見えなくても、感覚的に分かる。ぬばたまの姫の力は、HPと攻撃力と防御力は爆上がりするが、素早さ系ではない。もっと、ヒタヒタと迫ってくる系の恐怖だ。




「――祐樹様。彼女の正体がわかったかもしれません」




 たまちゃんがふと呟いた。


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