第112話 愛は惜しみなく奪うもの

 ギュイン! と急加速するプロぷひちゃん。




 腹に思い衝撃を喰らう。




 仰向けに地面に押し倒される俺。




 プロぷひちゃんが太ももに馬乗りしてくる。




(チッ! しまった! 財布が)




 ぶつかられた衝撃で、俺は財布を取り落とした。子どもらしいバリバリマジックテープの財布が地面に転がる。




「……」




 プロぷひちゃんは、無言のまま、右手で俺の両手首を押さえつけてくる。




 タケノコニョッキスタイルを強制される俺氏。




(大丈夫。落ち着け。落ち着くんだ。もし、俺に身体的な危険があるならアイが反応しているはず……)




 プロぷひちゃんはむちゃくちゃ速かったが、それでもこちらに向かってくるのが視認できる程度のスピードだった。アイよりは弱いことは自明だ。




(金の予備は色んな所に仕込んであるが、これじゃ使えねえな……)




 靴の中敷きの下やらズボンの裏やら、色んな所に札を仕込んであるが、この格好では取り出せない。クロウサチートは基本、俺しか使えない。例外は、俺の命令という形で再委託すること。




 でも、たまちゃんは今、巫女モードなので、穢れの塊のリアルマネーには触れない。




 そうなると残るは――。




「アイ。俺の財布から札束を取り出してクロウサに捧げてくれ。麓までワープだ」




 俺は静かにそう告げる。




「えぇー? どうしようかしらぁ。マスタぁー、最近、アタシに全然構ってくれないしぃー」




 アイちゃんは髪を人差し指でくるくるもてあそびならが、からかうような口調で言った。




(俺が困るのを楽しんでやがる……。まあ、そうくると思ってたけどな! 一応頼んでみただけだ)




 逆にアイちゃんがこれだけ余裕ってことは、現時点ではプロぷひちゃんには危険がないということだろう。ちょっと安心する。




「――」




 そうこうしていると、プロぷひちゃんが突如、病院服を脱ぎ捨てた。




 一糸まとわぬ裸体が露わになる。




 産毛すらない磁器人形じみた素肌が、白日に照らし出される。




 口元に浮かぶ微笑。




 その表情は、まるで禁断の果実を口にする前のイブのような、無垢さと淫蕩さを兼ね備えている。




「えっと、彼女は、何をしようとしているのかな?」




「その、あの、大変申し上げにくいのですが、食欲が満たされたようですので、彼女が眠くないとすれば、その……」




 たまちゃんが顔を真っ赤にして口ごもる。




「もういいわかった」




(『くっ、殺せ……』とでも言えってか?)




 全く、俺のレ〇プ目なんて誰得だよ。




「あらあらぁ、巫女さんはいい趣味してるわねぇ。動物園で猿の交尾をウキウキで撮っちゃうタイプぅ?」




「か、彼女に悪意はないようですからー。人ならざるモノは、こちらの些細な行動をどのように受け取るかわからないのでー、下手に動くと逆に祐樹様を危険に晒してしまいますー。でも、でも、祐樹様がどうしてもとおっしゃるなら――」




「環さん。いいんだよ。俺は大丈夫」




 俺は静かに目を閉じた。




(先延ばしにせずに早めに来てよかったかもな。性欲猿の思春期に来てたら18禁になってた)




 オネショタはお姉さん側に主導権がなくてはいけないってエロい人が言ってたけど、そうだとしても、さすがに俺にはまだ早い。俺はまだ第二次性徴を迎えてないからな。あと二、三年すれば危なかったかもしれないけど。




(っていうか、この子、多分、アレを想定して作られてるよなあ……)




 プロぷひちゃんにガサゴソ身体をまさぐられる感覚を覚えながら、俺は段々カルトライターのやりたかったことを理解し始めていた。




 いつの時代も口さがのない人間というのはいるもので、ギャルゲー界隈も『エロゲのヒロインってなんで〇沼ばかりなの?』などと批判されることも多かった。作り手側としては当然、そういう論調に反発を覚え、ヒロインにリアリティのある人物造形を求める傾向も一時期強まったように思う。だが、我らがくもソラのライター様はそういう普通の努力はしない。予想の斜め下をくぐってこそのカルトライターだ。




『は? アホユーザーどもが。あの程度で池〇だって? ふざけんな! 俺様が『本物』を見せてやる!』




(絶対こんな感じだろ。奴はひねくれてるからな)




 無論、日本においては、表現の自由は保証されており、知的ハンディキャップのある人物との恋愛もタブーではない。名作だってちゃんと存在する。




 文学好きなら、坂口安吾の『白痴』をぱっと思い浮かべるだろう。




 ギャルゲー界隈だと、知的ハンディキャップを持つヒロインが出てくる作品といえば、『one~輝〇季節へ~』と『夏〇』くらいだろうか。俺もかなりのギャルゲーをやったと思うが、あまり後続の作品群は見た覚えがない。同人ゲーまで守備範囲を広げれば分からないが、そこまでは知識が及ばない。




 ともかく、記憶障害があるヒロインはもはや定番だし、身体欠損や視覚障害・言語障害を持つヒロインならばちらほら見かけるが、本当に知的ハンディキャップがあるヒロインを真正面から描くのは、ギャルゲーはもちろん、自由度の高いエロゲーですら難しいということだろう。




(まあ、この子がそうとは限らないんだけど)




 彼女が知的障碍者であるかは、全くもって断定できない。




 もしかしたら、呪いの影響で、ママンに改造されたヤクザズのように脳の機能のロックがかかっているだけかもしれないし。




「……」




 ふと、くすぐったい感覚が止まり、俺は再び目を開ける。パンツ一丁でギリギリだが、どうやら俺の貞操はまだ無事らしい。両手の拘束もいつの間にか解かれていた。




「……」




 プロぷひちゃんは儚い笑みを浮かべたまま、じっとこちらを見下ろしている。




「――」




 その瞳がどこか悲しそうに見えたので、俺はただ黙って彼女の頭をポンポンした。




 ヒロインが悲しい顔をした時は、『ポンポン』か『ナデナデ』か『デコピン』の三択だと主人公憲法で決まっているからである。基本は前二つだが、幼馴染か親友キャラが攻略対象の場合、最後の選択肢が適切な場合がある。




「……」




 プロぷひちゃんの目がちょっと優しくなった――ような気がする。




 そして、頭を下げてつむじをこちらに向けた。




 俺の息子に興味を示したのでなければ、それが意味する要求は一つだろう。




「――」




 再び俺は彼女の頭に手を伸ばす。




 今度はもうちょっと長めに撫でる。




 これは中々、グッドコミュニケーションなんじゃなかろうか。




 『ただ黙って側にいる』が正解のパターンだろ? 知ってる知ってる。俺は結構、無口っ娘とか無表情キャラとか謎神秘キャラとかが好きなタイプだから。この程度の攻略はお茶の子さいさいよ。




 などと、自画自賛していた矢先――




「アウトぉおおおおお!」




  突如駆け寄ってきたアイちゃんの廻し蹴りが炸裂。




「ぴゅふぅっ」




 プロぷひちゃんは音速で数十メートル先まで吹っ飛んでいった。

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