第100話 幕間 3倍偉大のヘルメス(2)

 ウィン。ウィン。ウィン。ウィン。ウィン。




(ん……。なに、一体)




 不愉快な目覚めだった。




 ウィン。ウィン。ウィン。ウィン。ウィン。




(警報!? このグレーテルの竈に侵入者なんて……)




 ヘルメスはこの研究所の所在地を知らない。だが、ヘルメスの能力が他の魔女の子どもたちの中でもとびきり貴重であることくらいは察しがついていた。当然、そんなヘルメスを監禁している施設の警備も厳重であるはずなのだが。




「お姉ちゃん! どうしよう!」




「怖いよー!」




 慌てふためき、泣き始める子どもたち。




「大丈夫よ。大丈夫。あんたたちは、ウチが必ず守ってあげるから」




 ヘルメスは子供たちを後ろ手に庇い、ドアから距離を取った。




(もう二度と奪わせはしない。妹みたいなことは、もう二度とーー)




 ヘルメスは、徒手空拳の構えを取る。生憎、ここには武器になりそうな物が見当たらない。




 部屋の周りは、ヘルメスの能力の及ばない特殊な金属オリハルコンでできているから。




(大丈夫。並の爆弾くらいでは、扉は開かない)




 そう自分に言い聞かせようとしたヘルメスの予測は、一瞬で裏切られた。




 扉に赤い線がほとばしったと思うと、そのままバタンと大きな音を立ててこちらに倒れてくる。




「あらあらぁ、グレーテルの住処という割には、みんなやせっぽっちねぇ。これじゃあ、魔女もお腹いっぱいにならないわぁ」




「呪術的感覚を刺激するための強制断食ですか。どこもやることは変わりませんね、隊長」




「はぁー? あんたたちと一緒にしないで欲しいわねぇ。アタシはどこでもお肉を狩れたからぁ、ひもじい思いなんてしたことないのよぉ」




 フルフェイスのマスクとスーツの奥から、くぐもった声が聞こえてくる。




 異国の言語だ。ヘルメスには何を話しているよく分からない。




「な、なによ。あんたたち!」




「アタシぃ? 幸運の青い鳥ぃ? いや、赤い鳥かしらぁ。とにかく、全員一緒に来てもらうわよぉ?」




 先頭の人物が小馬鹿にしたようなスペイン語で言った。




「近寄るな!」




 ヘルメスは力を解放した。




 この装備は見たことがある。




 実験で解体もさせられた。




 無効化できるはずだ。




「っつ、マスターのおっしゃっていた通り、かなりの力ですね」




「そうねぇ。せっかくのお高い装備が台無しねぇ。まあ、カモフラージュだからいいけどぉ」




 装備がボロボロと灰になって崩れていく。




 やがて、彼女たちの姿が、警告灯の赤い光に晒されて露わになる。




 ヘルメスとさほど年齢の変わらない少女たち。




 皆、戦場には不釣り合いな、『普通の』の女の子のようなかわいらしい服を着ている。




(女の子? ウチらの同類? でも、力のオーラが違う。これは強い。多分、勝てない。特に、この子たちを守りながらでは)




「何の用か知らないけど、ウチらはただの実験材料のモルモットよ。研究データや金なら、もっと奥にあるはず。だから出て行って」




 ヘルメスは低い声でそう告げる。




「話聞いてなかったのぉ? アタシたちの仕事はぁ、あんたたちをマスターの前まで引っ張っていくことなのぉ」




 だが、少女たちは全く動ずることなく、横一列にヘルメスたちを取り囲む。




(くっ。やるしかないの。見た所、彼女たちも武器は持ってないみたいだし、もしかしたらーー)




「はぁ!」




「遅いわぁ」




 正拳を軽くいなされ左脚にローキックを入れられる。




(風の属性の強化? 速いっ!)




 痺れる左脚を庇うように一歩引く。




 相手に手を抜かれてることは明らかだった。




「栄養足りてないんじゃないのぉ? 納豆菌取ってるぅ?」




 一瞬で懐に入られる。




「くぅ!」




 再び力を解放する。




 相手の能力は高そうだが、ヘルメスの力はそんな敵にほど有効だ。




 不可能を可能にするヘルメスの能力は、風の異能をダウングレードし、その余波で彼女の衣服の繊維さえ、原料の綿毛へと戻される。




(効いて、ない? いえ、効いてもなお、相手が強すぎるというの?)




「もぉー。この服、マスターぁがわざわざ原宿で買ってきてくれたお気に入りだったんですけどぉ?」




 生まれたままの姿に戻った少女は、不満げに唇を尖らせて、赤い髪をかき上げた。




 胸元が露わになる。




 そこにあったバラ模様の痣を見た瞬間、ヘルメスの心は震えた。




「――その痣! あなた、あなたは! アドリアナ!」




 ヘルメスは口をパクパクさせて、夢に見ない日はない妹の名を呼んだ。


============あとがき====================

 キリの良い話数なので、くどいですが宣伝です。

 ファンタジア文庫様に、本作『鬱ゲー転生。 知り尽くしたギャルゲに転生したので、鬱フラグ破壊して自由に生きます』の書籍版の特設ページを作って頂きました!

 表紙とか諸々載ってるので、よろしければ覗いてやってください! 


https://fantasiabunko.jp/special/202202utsuge/


 試し読みはここまでお付き合い頂いた皆様には不要かと思いますが、DL版にはおまけSSがついているので、落として頂いてもいいかも。でも、本当に申し訳程度のおまけなので、期待しないでください。

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