第85話 第一次ぷひ子改造計画(1)

 春になり、俺は小学校三年生に進級した。




 この辺りの年代は、本編の作中では省略されている部分である。次にゲーム内で触れられているのは、早くても主人公たちが中学生になってからであり、メインとなる青春パートは高校生だ。




 今の年代をどう定義しよう。ポジティブに考えれば自由に動けるとも言えるが、逆に言えば行動の羅針盤がなくて危ないということにもなる。俺は基本的にヘタレなので、やっぱり無難にいく。




 すなわち、対外的には、資金力を蓄え、人材を集め、人脈を広げて権力を増し、密かに将来のトラブルに備えて軍事力も増強する。




 ヒロインたちとの関係性においては、今まで通り、付かず離れずのコミュニケーションを取って、変なフラグが起たないように管理する。できれば、ヒロインたちに視野を広げてもらい、仕事や趣味や勉学やなんでもいいが、とにかく人生における恋愛の占める比率を減らせればいい。なぜなら、恋愛脳のヒロインたちが増えれば増えるほど、その対象となる俺の負担が増すからだ。




 ビジネスは管理しやすいし、失敗しても資金と人脈さえあればいくらでも立て直しがきくが、人の気持ち――特に恋心は扱いにくく、失恋は色んな意味で取返しがつかないことが多いので。




(と、なると、目下の懸念はやっぱり、こいつ、だよなあ)




 俺は今日も美味そうに、眼の前でぷひぷひ納豆飯をかっ食らうメインヒロイン様を見つめた。




 現状、他のヒロインとの関係は安定しているし、おおむね将来の展望も開けている。シエルだけはちょっときな臭いが、今の俺に干渉できることは少ない。だが、ぷひ子は無難に好感度が落ちないようにしのいでいるだけだ。ぷひ子が大人になった時、彼女の恋心を穏便に処理できている俺の絵が全く思い浮かばない。




(いっそのこと、物理的排除――なんてできたら苦労しないよな)




 もしぷひ子を殺そうとすれば、防衛本能がぬばたまの姫の呪いを呼び覚まし、もちろん即バッドエンド。




 そこまでいかなくても、例えば、穏便に、ぷひ子一家ごと海外か国内のどっかにとばそうとすれば、飛行機が墜落したり、新幹線が脱線したりするに違いない。




 かといってぷひ子を置いて俺だけで出て行こうとすれば、地震・大雨・地崩れのフルコンボが起きて、ミステリー作家大喜びのクローズドサークルが発生し、かまい〇ちの夜的な惨状となる。実際、東京が舞台となる小百合ちゃんルートだとかなりそれに近い状況になるんだよなー。この場合は、勾玉装備状態の小百合ちゃんの巫女鎮撫パワーで辛うじて逃げられるんだけど。




 つまるところ、ことこの田舎の閉鎖空間に限定すれば、ぷひ子は劣化ハ〇ヒ的な無意識的願望実現能力を有しているといえるのかもしれない。よくよく考えれば、この世界には、宇宙人(ネタバレ禁則事項です)、未来人(俺)、異世界人(俺)、超能力者(アイちゃんと愉快な仲間たち)と、あの御方カド〇ワラノベの守護神がお喜びになりそうな条件が整ってるな。




(まあ、もし仮に殺せても、そこまで非情にはなれないけどな)




 だって、ぷひ子自身は、何も悪いことはしてないんだから。いくらラスボスだいたいこいつのせいだとしても、危害を加えるなんてできるはずがない。できれば、普通に幸せになってくれた方が俺だって気分がいい。




「ゆーくん、どうしたのー?」




 俺の視線に気付いたぷひ子が、首を傾げる。




「唇の横、納豆ついてるぞ」




 俺はぷひ子へ、手を使ったジェスチャーで示す。




「ぷひゃ! どこどこ!?」」




 ぷひ子は箸を持ったまま、慌てたように頬を擦る。




「反対だ。反対――いや、今度は上すぎ」




「ぷむぅー、わかんないー、ゆーくん、取ってー!」




 ぷひ子が甘えたような声で言って、顔を突き出してくる。




「ったく、しゃーねーな」




 俺はぷひ子のほっぺたについた納豆を取ってやり、口に含んだ。




 ありがちなテンプレイベントだけどさ。納豆を指で掴むとか臭いんだよ。




「えへへっ。ゆーくん優しいー」




「お前が食ってるのを見てたら、俺まで食いたくなってきたよ」




 俺はキッチンで軽く指を洗ってから、冷蔵庫からタッパーに入った納豆を取り出し、炊飯器を開けた。




 ぷひ子の作る自家製の納豆はマジで美味い。元の世界では納豆をあまり好きじゃなかった俺でも、毎朝、食っても飽きないほどに。




 俺もだいぶこの世界に馴染んだものだな。

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