第86話 第一次ぷひ子改造計画(2)

「待って!」




「ん? なんで?」




「炊き立てご飯の上に納豆をのせちゃダメなの。熱いご飯にのせるとナットウキナーゼさんがしんじゃうから、ちょっと冷ましたご飯の方がいいんだよ」




 ほんとこいつ学校の成績は悪いくせに発酵食品にだけは詳しいな。




「そうか……」




 俺は言われた通りに、茶碗に白米を入れて冷ます。




 どうりでいつも出てくる白米が中途半端な温度だった訳だ。わざわざ俺の健康のために冷ましておいてくれたという訳である。ぷひ子は、嫉妬深い性格だが、決して根からの悪人ではないのだ。基本的には優しくポヤポヤしたかわいい女の子である。




(とはいえ、こいつさえ、こいつさえ、俺を諦めてくれれば、早めに自由になれるんだがなあ……)




 香くんにぷひ子を押し付けようとする俺の計画はことごとく失敗に終わった。どうやら、イケメンに恋愛感情なすりつけ作戦は難しそうだ。ならば、やはり、こいつに恋愛の代わりとなる趣味や仕事を探してやるのがベターだろうか。




 ギャルゲーにおいて、プレイヤーは主人公とヒロインの物語の一部をかいつまんで覗いている傍観者に過ぎない。




 俺はヒロインに対して、幼馴染だの、天然だの、分かりやすいレッテルを張って、分かった気になっているが、それは浅はかで傲慢というものなのかもしれない。




 一個人としてぷひ子と向き合うならば、きっと彼女にも、作中にはなかった可能性があるはずだ。っていうかそうであってくれ。頼む。




「なあ、ぷひ子」




「なあに、ゆーくん?」




「お前って、なんか好きなものあるの?」




「ゆーくん!」




 ぷひ子は即答した。さすがのメインヒロインムーブ。




「そういうことじゃなくて、好きな食べ物とか、趣味とか、そういう系だよ。ほら、祈ちゃんにとっての小説とか、シエルの紅茶とか、そういうの」




「えっと、納豆と、ヨーグルトと、甘酒と、ぬか漬けと、チーズも好き!」




「……それは俺も知ってるよ。他にもなんかないか。」




「んー、よくわかんない」




 ぷひ子は首を傾げた。




「だよな」




 俺は湯気を立てる白米をじっと見つめた。




 趣味を持て、色んな仕事に興味を持てと言った所で、この田舎で目にする趣味といえば、ゲートボールか川釣りくらい。仕事といえば、農業か土木工事系の肉体労働か、お役所系の事務仕事だけだ。




(俺が親だったら、都会に移住して、色んな習い事や経験をさせてぷひ子の反応を見たりするんだろうけどなー。この田舎じゃあ、体験できる物は限られている)




 都会と田舎にはどちらにもいい所と悪い所がある。だが、俗に言う文化資本という観点において、田舎は圧倒的に不利だ。




 無論、今の俺なら金に物を言わせれば外からいくらでも講師を招聘できるだろうが、さすがにぷひ子ママが遠慮するだろうし、俺はぷひ子に対して、なぜそこまでするのかという動機を説明することができない。




(やっぱり、得意分野を伸ばしていくしかないのかな)




 なんだか、ギャルゲーはギャルゲーでも、プリン〇スメーカーでもやってる気分になってきたわ。俺がお前を、悪役令嬢になる未来から救ってやるぜ!




「なあ、ぷひ子。お前、この納豆とか漬物を商売にする気あるか?」




「んー? よくわかんない。私は、ゆーくんがおいしく食べてくれたらそれでしあわせー」




 ぷひ子が本当に幸せそうにぷひぷひ笑う。




「いや、ぷひ子がよくても、俺はそれだけじゃ満足できない」




「そうなの?」




「ああ。俺はぷひ子の作った美味い発酵食品をもっと大勢の人たちに知ってもらいたい!」




 俺はそう強弁した。




 健康食品ジャンルは、これからどんどん成長する産業である。




 日本酒や漬物などは、将来的には和食ブームも手伝い、海外にも販路が望めないことはない。




 納豆は――まあ、さすがに海外にはウケないが、今から700億円以上市場規模が拡大することを俺は知っている。




「……ゆーくんはお仕事してる女の子が好きなの? みかちゃんとか、祈ちゃんみたいに」




 きたきた。やっぱり嫉妬していやがったか。二人は俺との仕事関係で絡みが増えたからな。俺はもちろん気が付いていましたよ。だから、お前にも仕事を与えて、ガス抜きしようっていう目的も兼ねているんだよ。この事業計画は。




「まあ、仕事かどうかに関わらず、何かに一生懸命打ち込んでる奴はかっこいいと思うな」




「うん……。じゃあ、私もやってみる。ゆーくんも手伝ってくれるんでしょ?」




「おう。当たり前だろ。俺から持ちかけた話だからな」




 俺は拳で自身の胸を叩いてそう請け負う。




 さあ、ぷひ子よ! 労働の喜びを知るがいい!




 そして、ゆくゆくは外の世界に目を向け、ジャパニーズフードをクールに世界へと輸出するビジネスウーマンとなるのだ。

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