第73話 一年の計は元旦にあり(1)
元旦の朝。冬の澄み切った涼気が、ぷひ子家をさわやかな雰囲気にしていた。
「ごめんねー。二人とも。あの子、一回、ちゃんと着付けしたんだけど、その後またおトイレに行きたくなっちゃったみたいで」
ぷひ子ママが申し訳なさそうに言う。
「いえ。まだ時間に余裕がありますし」
「今年もぷひちゃんはぷひちゃんね」
俺とみかちゃんは、ぷひ子ママに和やかに笑いかける。
「『――日未明、 第七ビルで発砲事件があり、男性8名が重軽傷を負いました。警察は指定暴力団竜蛾組同士の内部抗争ではないかと見ており、慎重に調査を進めています。〇△地区では先日も、薬物中毒者によるものとみられる同様の暴行事件が相次いでおり、周辺住民は不安を募らせています』
駅伝の合間に、申し訳程度に流される5分程度のニュース。
アナウンサーの機械的な音読が自然と耳に入ってくる。
「どうも最近、この手のニュースが多いわねー。物騒な世の中だわ。今年はいい年になって欲しいものだわ」
「そうですねー。都会は物騒ですねー」
俺は適当に相槌を打つ。
(うんうん。アイちゃんたちも頑張ってるね)
外面上は組同士の抗争に見せかけて、警察の目を誤魔化して報復。まあ、妥当な所だろう。
敵の何人かに対して、彼ら自身が売ってるイケないお薬を過剰投与しまくって天誅してるのは、多分、アイちゃんの趣味だね。
少なくとも嫌がらせに屈しないところは見せられた。
まあ、作戦の成果としては、及第点といったところか。
もうちょっと目立たなくシメてくれるとなお良かったけど。
これで後は向こうの出方次第だ。
手打ちを求めてくるなら、相応の条件で応じる。
そうじゃない場合、本格的に命の奪い合いとなる。
やろうと思えば、いきなり不意打ち的に相手のトップを殺すこともできたが、それをすると、落とし所が見つからなくなるからなー。俺はやられたらやり返すが、話し合いもできるという、硬軟使い分けられるという所を見せたい。
「ぷひゅー、ゆーくん、みかちゃん、お待たせー」
やがて、ジャーっとトイレの流れる音がして、家の奥から振袖ぷひ子が登場する。
「おう。じゃあ行くか」
「うん! ちゃんとお餅にのせる納豆も準備してあるよ!」
ぷひ子がタッパーに入れた細菌兵器を見せびらかしてくる。
普通、「この服似合ってる?」とかじゃないの、そこはメインヒロインとしてさあ。
「確かに、甘酒もお餅もお団子も、神社で提供されるのは甘いものばかりだから、しょっぱいものがあるといいかもしれないわね」
みかちゃんが納得したように言った。
みかちゃんはぷひ子に甘すぎるよ。まあ、俺も無駄に好感度下げたくないし、なんも言えねえけど。
連れ立ってみんなと待ち合わせしている神社へと初詣に向かう。
鳥居の前では、すでに祈ちゃんと香・渚兄妹が待っていた。
「皆さん。明けましておめでとうございます」
「祈ちゃん。香と渚ちゃんも、あけましておめでとうございます――んで、祈ちゃん、もしかして、徹夜で執筆?」
「バレてしまいましたか。一応、年越しまで起きていようと書き始めたら、つい興がのってしまいまして」
目の下に隈を作った祈ちゃんが照れくさそうに笑う。
「おーっす。お前ら。あけおめー」
向こうから翼がやってくる。慣れない下駄に苦戦しているのか、歩きにくそうだ。
「おはよう。翼、着物とかめんどくさいって言ってた割には、完全装備じゃねえか」
「いやよー。タルいと思ったんだが、じいちゃんたちがわざわざ用意してくれてたからよ。断りづらくてな」
「似合ってる、と思うよ」
「お兄ちゃん顔が真っ赤―!」
渚ちゃんが香を冷かす。
「皆様、ごきげんよう」
「おう、シエル。よく来たな。そういや、シエルってクリスチャンだったよな? 鳥居とかくぐってオッケーな人?」
「愚問ですわね。一応、ワタクシにも洗礼名はございますけれど、神に祈るタイプに見えまして?」
「はは、いや、むしろ、神に命令しそうだな」
俺はそう言って、笑い飛ばした。シエルちゃんがまともでよかった。
でもね。シエルちゃんに信仰心はなくても、お兄様はそうじゃないから。
お兄様は、シエルちゃんを、
まあ、何を言いたいかっていうと、ママンに限らず、世界各地に呪術を研究する機関はあるってことよ。
「ユウキ。アイたちは、今日は、神社の警備か?」
シエルの護衛にくっついてきたソフィアが、俺たちの周りを見て言う。
「ああ、一応、ヘルプの巫女さんってことになってる。いつもの神社の人たちだけじゃ忙しいと思ってね」
たまちゃんだけでは、ただでさえ映画以降急激に増えた参拝客を捌き切れない――という名目で俺は、アイちゃんたちを神社周辺の警備に配置している。初詣の混雑に紛れて俺を殺そうとする輩がいないとは限らないのだ。用心に越したことはない。
「それで? ワタクシはジャパニーズ餅つきを見に来たのですけれど?」
「ああ、そろそろ始まるんじゃないかな」
俺たちは穏やかに会話しながら、境内へと足を踏み入れた。
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