第74話 一年の計は元旦にあり(2)

 境内の脇に並ぶ、りんご飴やらベビーカステラやらの定番の屋台を横目に、俺たちは進む。




 すでに、正面の拝殿の前には、通常の五倍はあろうかという巨大な杵と臼が準備されていた。




 杵を持つのは、たまちゃんパパを始めとする禰宜衆。もちをひっくり返したり、水をやったりするのは、たまちゃんたち巫女衆である。




 注目すべきポイントは、巫女の頭にウサ耳がトッピングされている所だ。




「皆さま、今日はようこそ初詣にお越しくださいました。皆様のお気持ちをもちまして、今日、この儀式ができますことを、大変喜ばしく思います。無病息災を祈るものですので、どうか最後までお付き合いください」




 たまちゃんパパが厳かに言う。俺が金をぶっこむまでは、人手不足と資金不足のダブルパンチでこの程度のイベントもできなかったらしいからな。




「わー、巫女さんかわいいー」




「あんなに大きな臼でちゃんと餅つけるのか」




「巫女さんなんで、ウサギさんのお耳つけてるのー?」




 その後、たまちゃんパパが祝詞とかを読んでるけど、初詣客はザワザワして聞いちゃいねえ。




 のどかな田舎のちゃちな地域振興イベントに見えるが、一応、宗教的な行事なんだけどなー。




 それにしても、たまちゃん、巫女でナースでバニーとか、キャラがあんこ入りパスタライス並にクドいな。かわいいけど。




昨夜ゆうべの夢はおそろしい、月の世界へ行ったれば、ねじ鉢巻の黒兎 餅をぺったんこついていた」




 たまちゃんの美声に合わせて、杵が振り下ろされる。




 なお、この歌は現実世界に存在する童謡の改変だが、著作権は余裕で切れてるから大丈夫だぜ。




 悔しかったらかかってこいジャスラッ〇!




「なぜ月で兎が餅を? 訳が分かりませんわ」




 帰国子女のシエルちゃんが首を傾げる。




「えー! シエルちゃんお月様見たことないの? 黒い所が餅をついている兎さんに見えるでしょ」




 ぷひ子がドヤ顔で言った。




「へえ。日本の方は月の模様をそう捉えますのね。ワタクシの地方ではワニでしたわ。本国にいたころ、メイドには色々な国の出身者がおりましたけれど、ロバとか、ライオンとか、変わり種では、悪いことをして閉じ込められた男の姿、なんて言う者もおりましたわ」




「へえー、文化の違いっておもしろいわね」




 みかちゃんがNHKの教育番組に出てくる子役のような口調で言った。




 つーかシエルちゃんさあ。無意識の続編ネタバレやめろ。




 人が想像することは、必ず実現できる(迫真)。




「それで、兎が餅をこねることと、無病息災がどうつながるんですの?」




「実は元となった中国の逸話では、兎がついているのはお餅ではなくて不老不死の薬だと言われているんですよ。多分、そちらから取った儀式だと思います」




 祈ちゃんが補足する。




「どうでもいいけどよー、早く餅食わせろよ。オレ、わざわざ朝飯抜いてきてやってるんだぜ?」




「えっと、よければ、屋台でなにか摘まむ? お年玉をもらったから、ちょっとならごちそうできると思うけど」




 香が控えめにそう申し出た。ヒュー。イケメンだねー。




 つーか、今の香氏の回答、本来くもソラでは青年編の主人公に与えられた選択肢のやつじゃん。




 まあ、もう今更何も言う気はないけど。変なトラブル起こさずにイチャついてくれてればそれでヨシッ。




「マジ? 香、太っ腹だな! オレはじいちゃんたちにもらったお年玉、母ちゃんに取り上げられちまってよー」




「渚も! 渚もリンゴ飴食べたいー」




「渚はちゃんとお年玉もらったよね?」




「お兄ちゃんー、女の子はオシャレにお金がかかるんだよー」




 香たちが屋台の方へと歩いていく。




 あー、なんかこういうまったりした正月はいいなー。




 社畜時代の正月はひたすら日頃の睡眠不足を解消することしか考えられなくて、初詣もクソもなかったからなー。




「ぴょい」




 ふと、懐に温もりを感じた。




 音もなくやってきた黒兎が、いつの間にかそこにいた。




(クロウサ、きたのか。ま、お前関連のイベントだしな)




 俺はクロウサの頭を戯れに撫でた。




「ぴょふー」




 クロウサは遠い目をして、もちつきが進んでいくのを見つめている。くもソラ本編にもこの正月イベントはあった。しかし、単なる季節モノの日常パートにすぎず、ストーリー進行上、特に重要な意味は与えられていない。いわゆる、続編への伏線の匂わせなのだ。




「ま、俺たち人類がこねられる餅はまだこの程度のもんだよ。月は、遠いな?」




「ぴょい……」




 意味深に言ってみた俺の言葉に、クロウサは耳をへたらせて頷く。




 シリーズラストの『はて星』にある、「望月もちつきの黒兎」の章は、こいつの最大の見せ場だ。くもソラからゲームをやっていたプレイヤーは、色々とアレな最終シリーズと、のどかだったこの正月を対比して、ちょっとニヤっとできる。そんなファンサービス要素がこの正月イベントという訳である。




 まあ、とはいえ、『果て星』の舞台は云百年後の未来の話。俺にはどうすることもできねえけどな。




 ということで、頑張れクロウサ!(他人事感)


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