第72話 よそはよそ うちはうち

「はい、じゃあ、渚ちゃん。仕上げをよろしく」




「うん!」




 俺に抱き上げられた渚ちゃんが、雪だるまの顔面に満を持してニンジンをぶっ込む。




 レディゴーしそうな間抜け面の雪だるまが完成した。




「わーい、できた―」




 ぷひ子が両腕を挙げて喜ぶ。




「三段の雪だるまなんて珍しいですね」




 祈ちゃんは、頭と胴と脚に分かれた雪だるまを見て言う。




「あら、西洋ではこちらが主流ですのよ。――それにしても、子どものくだらない遊びと思っておりましたけれど、実際やってみると、中々達成感があるものですわね」




「みんなお疲れ様―」




 みかちゃんが拍手をした。




「次は雪うさぎさん作っていいー?」




「いや、もうそろそろ日が暮れるから、今日はこのくらいにしておこう」




 冬の日は短い。特に山がちなこの田舎では、太陽が沈むのも早かった。




 つーか、人形系には色々憑きやすいんだよ。




 くもソラ本編でも、雪うさぎが動き出して色々あって、赤雪うさぎなったりするからね。




 この雪だるまも、後でこっそりぶち壊さなくちゃ(使命感)。




「えー、もっと遊ぶー」




「また明日遊べるわ。それに、ほら、香お兄ちゃんも待ってるから」




 ぐずる渚ちゃんをなだめすかしながら、俺たちは帰路につく。




「あー、アイちゃんとソフィアちゃんたちだー!」




 向こうからやってくる一団を、ぷひ子が指さす。




 アイとソフィアが、それぞれ綺麗な縦の隊列組んで、こちらへとやってくる。




 ちなみに、ソフィア隊は西洋メイドで、アイ隊は着物風の和メイドの格好だ。




 一目でシエルのところ所属の子か、俺のところ所属の子か分かるように、それぞれの服装を統一したのだ。




 一行は、俺たちを見つけると、道の脇に避けて、礼をした。




「ごきげんよう、ソフィア。あなたたちも今帰りでしたのね。今日の『リハーサル』、上手くいきまして?」




 シエルはソフィアに微笑みかけて言う。




 なお、戦闘の訓練は全て、映画の撮影のためということになっている。




 さすがに『人を殺す訓練をしてます』、とは村人に言えないし。




「はい。滞りなく。アイのチームには勝ち越しました」




 ソフィアが誇らしげに言った。




「ふふふ、そうですの。聞きまして? ユウキ。これで一勝一敗ですわね」




「えー、それとこれとは別だろ?」




「いいえ! メイドの功績は主人の功績も同じですわ!」




 シエルがそう言い張る。




 さっきの雪合戦で俺が勝ったこと気にしてたのか。




 全くお嬢様キャラは負けず嫌いね。




「みんな、とっても頑張ったのね。服のほつれたところ、後で直してあげなくちゃ」




 みかちゃんがママみ溢れる声で言う。




「みかちゃん。アイたちに優しくしてくれるのは嬉しいけど、自分たちでできるようにしないといけないから」




 俺はもっともらしく言う。




 あれ、普通のメイド服に見えても実は兵装だから。下手にいじられると困る。




「ごめんなさい。ゆーくん。そうだったわね。つい気になっちゃって」




「いや、いいんだよ。それより、みか姉、もしよければ、香のいる事務所まで渚ちゃんを連れていってあげてくれる?」




「ええ、わかったわ。じゃあ、渚ちゃん、いこっか」




「うん……」




 ちょっと眠たげな渚ちゃんの手を引いて、みか姉が事務所の方へ向かっていく。




「では、ユウキ。ごきげんよう」




 しばらく歩いた先にある分かれ道で、シエルと別れる。




「では、私も今日はこの辺りで失礼します」




 祈ちゃんもペコリと頭を下げて、帰って行った。




 後には、アイちゃん一行と俺だけが残される。




「マスターは今日も朝から晩まで美少女に囲まれてご機嫌ねぇ」




 アイちゃんは腰を折って、下から俺の顔を見上げてくる。




「アイこそ、ソフィアに負けたわりには、随分と機嫌良さそうだな」




「ふふふ、だってぇ、もし実戦なら、あいつら全員、今頃、お腹を空かせたキツネの餌だものぉ。ルールありのおままごとに勝って満足してるチュウ子なんてぇ、かわいいものじゃなぃ」




 アイちゃんが不敵に笑う。




 模擬戦を見てはないけど、今の発言で想像はついた。アイちゃんはきっと、『試合に負けて勝負に勝った』タイプの戦い方をしたんだな。




「頼もしいね。俺のリーダー犬様は」




「でしょぉ。だからもっとかわいがってくれてもいいのよぉ?」




「犬って、甘やかしすぎると、飼い主も犬もどっちも不幸になるって言うよ」




 俺たちはそんな軽口を叩きながら、俺の家の近くにある拠点――シェアハウスをいかつくしたような家へと辿り着く。




 コンテナハウスに住んでた彼女たちも、今はみかちゃんの献身的な愛の力によって、共同生活を営める程度には社会性を回復した。




 ガン、ガララと、二重扉の玄関を開けて、俺のチームの一人が姿を現す。




 戦闘には向かず、事務要員としての訓練をしている子だ。




「マスター。お忙しいところ申し訳ありません。報告よろしいでしょうか」




 女の子は軽く一礼してから言う。




「もちろんいいよ。どうしたの?」




「表のビジネスで、明らかにマスターの店を標的にした嫌がらせが続いております。竜蛾りゅうが組の手によるものと考えて間違いないかと」




 女の子は、そう言って、被害にあった店とその詳細のレポートを俺に見せてくる。




 うん。中々よくまとまってる。




「ふうん。やっぱり仕掛けてきたんだぁ。子熊を殺したから、母熊ちゃんが大激怒って訳ねぇ」




 アイちゃんがにやりと笑う。




 竜蛾組とは、前に潰した賽蛾組の上部団体である。




「あれだけ面子めんつを潰せば、そりゃ怒るよね」




 だって、ヤクザ事務所が壊滅するところを、全国ロードショーされちゃってるんだもん。




 代紋だって、ボロボロのボウボウのギッタギタにしたしな。




 一般人はヤクザ同士のつながりなんて分からないけど、その筋では「子分を守れない無能」ということで、かなり馬鹿にされただろう。




 ヤクザにとって、「ナメられる」ことは死を意味するからね。当然報復はあるだろうと思ってた。




「それでぇー? どうするのかしらぁ」




「やられたらやり返す。――けど、どのくらいやるか、どんな風にやるかも含めて、アイとチームのみんなに任せるよ」




 アイちゃんや他のみんなも、そろそろ俺が何を望んでいるかを理解し始めた頃だ。いつまでも俺が詳細な指示をくだしてたら、この先やっていけないからね。自分の頭で考えるように促していく。




「りょーかぃ。ウサちゃんは協力してくれるってことでいいのよねぇ?」




 アイちゃんが、目を細める。




 その問いが意味することは、すなわち、『合法でない』手段に依りたいという意思表示だろう。




 クロウサによる移動には足がつかない。




 仮に警察に感づかれても、このクソ田舎から都会までの距離を考えると、物理的に不可能な移動時間でことに及ぶので、犯行を立証するのはまず無理だ。




 『チートな兎の力で瞬間移動しました』なんて真相、どんな名探偵でも解けやしないだろう。もし、こんなアリバイトリックのオチが許されたら、ノックスミステリに自信ニキが激怒するぞ。




「もちろん、いいよ。必要なお金も物も人脈も惜しみなく出すけど、コスト意識も持ってくれると嬉しいな」




 俺はそれだけ釘を刺して、自宅へと戻る。




 さて、アイちゃんたちのお手並み拝見といこう。

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