第6話

 閻魔が人間に対して審問する。それだけならいたって普通の日常だ。でも、私の好きな閻魔明あかり先生の小説『人間恋愛物語』では、閻魔と人間という関係性を描いていることから、二人の立場ならではの問題が次々起こる。その中の一つに、私が犯した失敗と同じような状況もあった。その時に主人公の奈々ちゃんは相当後悔していて、恥ずかしいと連呼していた。閻魔ならしちゃうよねと共感していたけど、まさか本当にやってしまうとは……小説での勉強が全く活かせてない……


「……はるさん大丈夫ですか?頭痛そうですけど……少し休みますか?」


 いけない、つい頭を抱えてしまっていた。なんで恥ずかしかったことを思い出したら体が勝手に動いてしまうんだろう。


「だ、大丈夫ですよ、閻魔は丈夫ですから……心配してくれて、ありがとうございます」


「いえ……それならよかったです……」


 同じ女の子のシロが優しい子でよかった。仲良くなれたらいいんだけど。


「そうだな……結構歩いたしそろそろ座ってもいいだろ。獄卒がいるような気配もないし、ここなら安全そうだからな」


「やった、きゅうけいだ、だれか、いしなげて」


 いつの間に拾ったんだろう……クロが手のひらほどの石を持って目を輝かせている。私も本を持ってきていればよかった。


「……休憩なんだから体を休めろ。いつ獄卒に襲われるかも分からんのに、遊んでる場合じゃないだろ」


 確かにその通りだけど……クロの顔がみるみる暗くなっていくからちょっとかわいそう。


「……その……地獄って結構広いですから……獄卒ってほとんど見ないんです……私もここにきて長いですけど……獄卒に襲われたのなんてさっきが初めてでしたし……」


「そうなんですね。だったらちょっとぐらいはいいんじゃないんですか?」


「……じゃあ一回だけだからな」


「やった、やった」


 クロがまぶしいくらいの笑顔になった。なんで石を投げてもらうだけで楽しいのかな。


 私の疑問をよそに彼が石を投げる。クロは石めがけて全力で走り、追いつくと石を蹴りながらこっちに戻ってきた。石が変な方向に飛んで行っても楽しそうに追いかけている。地獄でも楽しめることがあるって羨ましいな。


「やっぱりお前ら犬なんだな。なんで見た目は人間なんだ?」


「……会いたい人がいて……その人と出会えたら感謝の気持ちを伝えたいんです……そう強く望んだら人間の見た目になっていました……クロも同じです……それと……彼は犬ですけど私は狼でした」


「そうなんですか……会えるといいですね、その人に」


 地獄にいる以上、何か目標があるのはいいことだ。だから、応援したくて何気なく言ったけど、シロの顔色は暗いままだった。


「……でも……会えなくてもいいんです」


「なんでだ。会いたいんだろ?」


「……もし会ったら……その人も地獄で苦しい思いをしてきたってことになるから……会いたいですけど……ここでは会いたくないです」


 それを聞いて言葉が詰まった。閻魔である私がかける言葉なんて、果たしてあるのだろうか。シロの大事な人を地獄に送ったのは……私かもしれないのに……


「あっ……すみません……良さんを責めているわけではないんです……良さんはそれをするのが使命でしたでしょうし……」


 シロの言う通り、私はそれを使命として、責任感を持って行ってきた。それでも……やっぱり閻魔が閻魔以外と仲良くなるなんて、できないのかな……


「おれ、あいたいな、じごくでもいい」


 いつの間にかクロが遊ぶのをやめて私の後ろにいた。一生懸命遊んでいたのに、ちゃんと聞いてたんだ。


「だって、つねひさがてんせい?してくれるから、じごくにいるなら、はやくあって、たすけたい」


 そういえば……なんでできるかは分からないけど、彼がいれば閻魔大王がいなくても魂の転生ができるんだ。


「……また同じことができるかは分からんが、その人が望むんなら勿論やる。とりあえず、この話は一旦やめるぞ。俺も会いたい奴がいないわけじゃないが、早く転生したいんだ。地獄について、何か知っていることがあれば全て教えてくれ」


 よかった……私には少し気まずい話だったから、彼に助けられた。それに、彼と同じように私も早くこの地獄から抜け出して、元のところに帰りたい。助けが来ているかも分からない以上、自分たちで帰る努力をしないと。もしかしたら、長く地獄にいるシロが何か知っているかもしれない。


 何気なくシロの方を見てしまった。彼女も私の方を見ていたから、少し気まずくてすぐに顔をそらしてしまった。





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