第3話
「こ、ここって……」
何度まばたきしても、目の前の現実は変わらない。岩のように固い大地。灰色一色の世界。ここは間違いなく、地獄だ。
足に力が入っていないのか、風の強さに負けてその場に座り込んでしまった。
お気に入りの椅子も無いし、絶望で涙目になってしまう。
「おい、閻魔」
なぜかさっきからこの人の感情も読み取れる。ひどく落ち込んでいるみたい。
「その……なんですか?」
「角をしまえ。さっきからずっと無心で疲れたんだよ」
「無心……ってどういうことですか?」
「お前らに嘘がばれないようにずっと感情を殺してたんだ。早くしまわないとその角ぶった切るぞ」
急いで角をしまう。角を切られるなんて想像しただけでもすごく痛そう。
「いつから、角で感情を読み取れるって気付いたんですか?」
「お前が最初に角を生やしたときに雰囲気が変わったからな。閻魔帳をだす気配もなかったし、念のため無心でいたんだ」
だから感情が読み取れなかったんだ。でも、そんなことやろうと思っても普通出来ないんじゃ……
「まあ、そんなことはどうだっていい。それより……なんで俺を助けた。俺を助けたところでお前には何の利点もないだろ」
やっぱりこの人怖い……もう少し優しく話しかけてくれたらいいのに。
「利点とかそういう問題じゃないです。私の仕事はあなたたちを然るべき地獄に落とすことです。それなのに、話も聞かないで問答無用で最悪の阿鼻地獄に送るなんて、それを許してしまったら、私達が今まできちんと決まりを守ってきた意味がないじゃないですか」
「……ただそれだけのために、自分の父親と閻魔大王をお前は裏切ったのか」
え、裏切ったことになるの。それってかなりまずいんじゃ……
「お前は何も考えずに育ってきたんだな。普通もっと先のことを考えて行動するぞ」
「で、でもあの時は急だったからつい体が動いただけです。話せばお父さんも閻魔大王もきっと分かってくれます」
「お前はアホなうえにひどく楽観的だな。お前ら俺に生前のことを質問するとき、是か非でしか答えさせてなかっただろう」
「そうですけど、そういう決まりですし……」
「じゃあ俺が悪いことをしていたとしてお前
らは理由を聞いてくれるのか。どうせやったんだから悪いって決めつけるだけだろう。閻魔は身内に贔屓なんてしないんじゃあないのか」
「それは、そのとおりです……」
そう言うと、彼は真剣な眼差しで私の目を見てきた。思わず背筋が伸びてしまう。
「もうそのことはいい。お前は地獄から抜け出す方法を知っているのか。俺は早く転生したいんだ」
そう言われても、私は今まで地獄のことは調べたらだめと父に言われてきた。だから地獄のことはあまり分からないし、ましてや抜け出す方法なんて……
「すみません。私は地獄についてほとんど知らないんです。私も帰りたいんですけど」
「そうか。じゃあもうお前に聞くことはない。じゃあな」
そう言って彼は私に背中を向けて歩いていく。あまりに急なのでびっくりした。急いで立ち上がって追いかける。
「ちょ、ちょっと待って下さい。お願いです。私も一緒に連れて行ってください」
「なんでだ。お前は罪人じゃあないんだから特に危険なこともないだろ」
「それでも、地獄には獄卒がいるって聞いたことがあるんです。獄卒に見つかってしまったら私は戦えないからすぐに殺されちゃうんです。お願いします」
この人は怖いけど、こんなところで独りぼっちは絶対に嫌だ。なんとかして連れて行ってほしい。
「だめだ。お前は戦えないんだろう。そんなやつを連れて行っても守れないどころか足手まといだ。ここは周りを見る限り安全なんだから、おとなしくここでいろ。いずれお前の父親が助けに来るだろ」
確かに私は戦えないけど、何か力になれることはないだろうか。来るか分からない助けを待つなんて絶対に嫌だ。
「お願いします。私も戦えるように頑張りますし、地獄のことで知っていることは全部教えますから」
「だめだ。ここにいろ」
その時だった。彼が遠くの方に目を凝らしている。私も彼が見ている方に目を向ける。何も無いように思えるけど……
「誰か走ってこっちに来ているな」
「え、もしかして獄卒ですか?私には何も見えないですけど」
獄卒だったら急いで逃げなくちゃ。獄卒は閻魔に強い恨みがあるから見つかったら絶対殺される。
「見た目は普通の人間だぞ。いや、普通じゃあないか」
「どういうことですか?」
「二人いるんだがな、片方の髪が白いんだ」
髪が白い?確かに人間では珍しい気がする。
「白い髪なら人間というより閻魔みたいですけど、地獄に閻魔がいるなんて話、小説でしか聞いたことないですよ」
「お前の迎えが来たにしても早すぎるし、閻魔っていうのは考えにくいな」
私としては閻魔なら元の場所に連れて行ってもらえるかもしれないから、助かるんだけど。
「獄卒っていう可能性もあるんじゃあないのか。どうなんだ?」
「獄卒なら人の見た目で走るっていうのは考えにくいです。やっぱり本来の姿を解放したほうが速いですし」
獄卒についてそんなに詳しい訳ではないけど、やっぱり人間の見た目で走ってるから人間だとは思うんだけど。
「そういえばお前心が読めるんだよな。あいつらがどういう目的でこっちに来ているのか心を読んでくれ」
「でも、私の読心術ではこの距離は遠すぎます。せめて会話できるくらいの位置にはいてくれないと」
「じゃあしょうがねえ。あいつらと話してみるから、お前はその読心術ってやつで、嘘かどうかと危険かどうかをしっかり察知しろよ。今回は何かあったら守ってやる」
よかった、守ってくれるんだ。この人、実は根は良い人なんじゃないのかな。
「おい、そんな目で俺を見るな。そのたるみきった顔を引き締めとけよ。来るぞ」
私にも見えてきた。人間の姿で一生懸命走っているから人間だとは思うけど、なにより地獄に来て初めて出会う相手だ。警戒はしておかないといけない。
私は絶対生きてこの地獄から抜け出したいんだ。
彼が私の前に立つ。その背中とさっきの守ってやるという言葉に、私はなぜか少しだけ安心感を持ってしまっていた。
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