第2話

「そ……それって!」


 信じられない。なんで閻魔の爪が人から生えているの。

 本当に閻魔の爪なのか確認しなくてはいけないから、急いで近くまで駆け寄って彼の手を取る。近くで見ても、やっぱり閻魔の爪だった。もしかしたらと思い足先の爪も確認してみたが、そっちも閻魔の爪になっていた。

 それだけじゃない。まるで侵食しているかのように、彼の指先も少しずつ閻魔のようになっている。こんなのは聞いたこともない。


「もしかしたら、お主には閻魔としての素質があるのかもしれん。だからまだまだ修行が足りんはるの金縛りは効かなかったのだろうな。だが閻魔同士でも私の読心術は効くはずだから、そこに関してはなぜ効かないのかは分からないがな」

「閻魔としての素質とかどうだっていい。早く転生させろ」


 お父さんは素質があるとか言いだしているし、私にはどうしたらいいのか分からない。やっぱり閻魔大王に頼るしかない気がする。

「分かりました。閻魔大王なら何か知っているかもしれませんし、このことを報告しましょう。でも、あなたを行かせるわけにはいかないですし、お父さんの獄卒を使って閻魔大王に聞きに行ってもらいましょう。それでいいですね?」

「まあそれが妥当だろうな。閻魔の素質があるなら悪いやつとは思えんのだがな」

「そんなことしたら時間がかかる。俺が直接行ったほうが早い」

「私の獄卒はこういう連絡用に素早いのを近くに控えさせておるから、すぐ戻ってくるぞ。だから時間の心配は要らん」


 心が読めない以上、信頼するわけにもいかない。彼を閻魔大王の所に行かせるかどうかは閻魔大王に判断してもらおう。

 お父さんは能天気な声で獄卒を呼んでいる。お父さんにはもう少し危機感を持ってほしいけど。



「覚えたか、からす。いいな、しっかりと閻魔大王に報告して、指示をもらってこいよ」

「……」


 獄卒は何も言わずに消えた。速すぎて消えたようにしか見えないだけらしいけど、裏の部屋につながる入口が壊れているから、報告には行ったのだろう。

「あいつは何度言っても学習せんな。戻ったら直させなくてはな」

「あの女お前の家来だろ。あんな態度で良いのかよ」

「いつもはもう少ししゃべるんだがな。まあ獄卒っていうのは強制的に契約された奴ばかりだから、基本的に閻魔のことが嫌いだろうがな」

「ふーん、そうか」


 相変わらず興味のなさそうな返事をしている。自分から聞いてきたのに。


「獄卒が戻ってくるまで暇だな。することもないし、念のためお主の生前のことで残っている質問をするか。」

「心が読めないんだから必要ないだろ」

「それでも聞かなくてはいけない決まりでな。はいかいいえで正直に答えろよ」


 お父さんがいくつか質問し、彼が答える。相変わらず私の角は何の感情も読み取れない。そしてお父さんが最後の質問を問いかける。


「親を殺したことはあるか?」


 そうお父さんが聞いた時だった。今まで何の感情も読み取れなかった私の角が感情を読み取った。少しだけ、彼は動揺したのだ。

 私は彼の近くにいたがそれを感じ少し距離をとった。やっぱりこの人は何かある。お父さんも凄く真剣な表情になっていた。


 その時だった。静かな空間に翼を羽ばたかせる音が鳴り響く。お父さんの獄卒が戻ってきたんだ。


「閻魔大王からの言葉を言います。そいつは極悪人だ。人間が閻魔になるはずないからそいつは鬼になる。そうなったら自我を失い、永遠にこの世界を破壊し尽くす。今すぐに阿鼻地獄に送れ、ということです」


 獄卒がそう言い終わった瞬間、お父さんは今まで見たこともない恐ろしい顔になった。そして急速に閻魔としてのその姿を開放している。私も初めて見る閻魔としての父の姿。そこには親しみやすい、人の姿をした父はなかった。

 体は何倍にも膨れ上がり、頭や両肩、さらに両膝からもでかい角を生やしている。また、体は赤い甲冑を着ているかのように太く、牙を生やした大きい口をあけて赤く光る目をこちらに向けている。


 彼はおそらくお父さんの金縛りにかかっているのか全く動けていない。私も圧倒されて立ち尽くしてしまっていたけど、まだこの人が本当に阿鼻地獄に送られるべき人か、話しが途中だから分からない。


 本当のことを聞き出したうえで然るべき地獄に落とすのが私の仕事。それが分かってもいないのに最も苦しいと言われている阿鼻地獄に送るのは閻魔大王の命令だとしても、どう考えてもおかしい。定められた決まりから逸脱している。でも、お父さんは今すぐに落とそうとしている。時間がない。


 そして私はとっさに右手をあげて地獄円を作った。話も聞かずに送られるのだから、せめて安全な場所に。しかし、急いで作った円は思ったよりも大きかった。でも、それに気付いたときにはすでに右手を振り下ろしていた。

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