第1話

「あなたは嘘をついていますよね?」


 そう聞いたら大体の人は動揺してしまう。その度に私は憂鬱な気持ちになってしまう。


 嘘を付いているのだとしたら、それだけでも地獄に落とさなくてはいけなくなってしまうから。


 それでも、嘘を付くなんて悪いことをする人に同情してはいけない。


 だって、それは悪いことだから。


「私はあなたの嘘が分かりますよ?お願いですから本当のことを言ってください」


 もう嘘を言っているから地獄に行くことは変わらないんだけど、他に悪いことをしたかをしっかり正確に聞き出さないとだめ。


 その人が行くべきふさわしい地獄に落とすことが、閻魔である私達の仕事。間違えた地獄に落とす訳には絶対いけない。


 大変だけど、私は閻魔の一員だから他の閻魔の方たちの力にならなくてはいけない。


 最近は死ぬ人が集中的に来るから、昔より凄く忙しくなったみたい。私はまだ閻魔としては日が浅いから昔のことは分からないんだけど。


「では、あなたを等活地獄に落とします。しっかり罪を償ってください」


 そう言ったら、私は右手を上に掲げて集中し、相手を動けなくする。そして、その人が入る程度の地獄落ちの円を作る。


 地獄円が小さすぎると地獄に送れないから、その人に余計な恐怖心を与えることになる。


 だから失敗しないためにもある程度大きいものを作らないといけない。


 たまに間違えて大きすぎる地獄円を作ってしまうけど、私がその外にいれば問題ない。適切な大きさで作って、私は上げていた右手を、力いっぱい振り下ろす。

「――ッ――」


 緊張のせいかちょっとだけ力が入る。何度もしてきたけどこの瞬間は慣れない。それでも、生前の行いを反省し、綺麗な魂になって閻魔大王のところに行くだろう。


 地獄で何が行われているのかは知らないけど、良い人になれるのなら、それは良いことだから。


 そう考えているとまた次の人が目の前に現れた。他の人とは少し違う見た目の人で、袴の間からは相当鍛えたであろう筋肉が見えている。


 たまにこれくらいの筋肉の人が来るが、そういう人は大抵たくさんの人を殺している、相当悪い人だ。


 でも他の人と髪型が違う。髪がないとまではいかないけど凄く短い、珍しい見た目の人だ。それでも私はいつものように笑顔で話しかける。


「人間の方ですよね。私はあなたの担当をする閻魔です。体調に何か問題はありませんか?今の状況などで何か分からないことはありますか?」


 そう言うと、その人は凄く驚いた眼で私の方を見てきた。そして、私のことをじっくりと観察してから口を開いた。


「仏様ですか?」


 まただ。今まで何度も最初にこの質問をされてきた。そんなに私は仏様というのに見えるのだろうか。

「ごめんなさい。私はあなたの信じる仏様ではなく、閻魔なんです」


 彼は残念そうな顔をしたあと、すぐこちらを睨んできた。ちょっと怖い。

「もう一度聞きますが、体調が悪いとか何か質問などはありますか?」

「閻魔大王ともあろう方が、随分と低姿勢なんだな。全然強そうにも見えないが、お前本当に閻魔大王なのか?」


 この人、喧嘩腰で凄く怖い。今にも殴り掛かってきそう。ここは穏便に……

「私は閻魔大王ではないですよ。閻魔大王は私たち閻魔の原点にして頂点の方です。大昔からいる凄く偉い方で、唯一魂の転生が可能な凄い方なんです。だから私は弱いただの新米閻魔なので、お願いですから襲わないでください……」


 ちょっとだけ涙が出てきた。こんなに怖い人の相手は初めてだ。

「じゃあその閻魔大王を呼んでくれ。俺は早く転生したいんだ」

「あなたのような人を閻魔大王のところに連れて行くわけにはいけません。それに、転生してもいいかは私が決めます」

「いいから、さっさと閻魔大王を連れてこい。連れてこないなら、お前を倒して自分で探す」


 怖がっている場合じゃない。この人は凄く危険な人。涙を拭き、心を引き締める。

 とりあえず動きを封じて力の違いを見せつけなくては。しまっていた角を頭から生やし、右手を上に掲げて目を閉じる。

 他のことを考えないようにするために、相手を動けなくするという念を何度も心の中で唱え、開いていた手のひらを握りしめる。これでこの人は完全に動けなくなる。


「何やってんだよお前」


 びっくりして目を見開いた。この人、動けている。そんなはずはない。普通の人間なら絶対に喋ることすらできなくなる。

 そして、もう一つ重大なことに気付いた。この人の心まで読めない。

 いつもなら角を出せば感情を読み取ることができるのに。とりあえず、本当に心が読めないか、何か質問してみる。

「あ、あの……殺生をしたことはありますか?あるかないかで答えてください」

「ない」


 絶対嘘、のはずなのにやっぱり心が読めない。これでは嘘か本当かも分からないから、私ではこの人の対応はできない。

「わ、わかりました。閻魔大王ではないですけど、他の閻魔を呼んできます。少し待っていてください」

「早くしろ」


 私は裏の部屋で休憩しているお父さんを呼びに行く。お父さんなら私より強いから心も読めるだろうし、暴れだしても止めれるだろうから……



「うーん、だめだ。私の読心術でもこの者には効かん」


 お父さんは読心術に相当長けている。そんなお父さんでも駄目なんて……いったいどうすればいいんだろう。

「うーん、それじゃあ閻魔大王の所に連れて行ってみるか、閻魔大王ならなんとかできるかもしれんし」

「それは……絶対だめ。この人が悪い人かは分からないけど、心が読めないから良い人とも限らない。だから、良い人じゃない人を閻魔大王のところに連れて行くなんて絶対だめ」


 お父さんと相談していたのに、ずっと黙っていた彼の指先がなぜか気になった。目を凝らしてよく見てみる。そこには黒く光った、でかく鋭い爪があった。


 人間であるはずの不思議な彼から生えている爪。あれは紛れもなく、閻魔の爪そのものだった。

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