A5 カウンター上の幻想

日を跨ぎ、帰宅の時刻を示すアラームが鳴る。あれから熟年夫婦が入店したが、手荒な近況報告を店に投げ込んですぐに店をあとにした。とても義務的な来店だった。歳は60前後であろうか。彼らは最新のiPhone12をお揃いで携えて、来店するやいなやカウンターにコツンとiPhoneを置いた。眼球の奥の光量は、全てが端末画面の明るさに依存していた。楽しげな会話に聞こえるが、声のハリの弱さに不安を覚えた。

僕は夫婦のことはよく知らないのだけれど、リョウさんは僕のことを夫婦に紹介しなかった。

その頃に気づいたのだが、リョウさんの眼球は虹色に光り輝いていた。ふと気になる。僕はどんな目を引っさげてブルーライツにやってきているのだろうか。

近況の中には、違法行為スレスレの不純な愚痴が不本意に混ぜこまれていた。政治や社会問題の問題提起に聞こえながらも、自己的な不満足の比喩であったりした。夫の方は、定年退職の上再雇用を受けたようであったが給与や福祉の不満を語り、「まあ、仕方ないよな、この歳だもんな」とふつふつとしている。妻の方も働きに出ているようだがやはり、職場の埃カスをそのダウンに引っつけて退勤をしてしまう癖があるようだった。小さな愚痴が積もりに積もって息苦しくなった頃に、夫婦は店を後にした。


「スズメがやってきたね。」

リョウさんは夫婦の退店から少しして、唐突に僕たちに話しかけた。

「カウンター上にスズメが飛んでいるんだ。可愛いスズメだよ、冬のスズメだ。むっくり太ってる。3匹のスズメが仲良さそうに跳ね回ってる。楽しそうだよね。」

カウンター上には現実のスズメは跳ね回っていない。しかし、僕たちはそこに3匹のスズメを見た。

「これはとても大事な事だ。君たちの目にはスズメが見えるよね?」

「見えます。」

僕たちは3匹のスズメを見た。

僕たちは3匹のスズメになった。

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