A4 ハーパー

ブルーライツの店内には僕とリョウさんと若い女性が1人。その女性と顔を合わせるのは初めてだった。

「ユキちゃん、この方はね、東中野に住んでるWって言うんだ。2人は歳近いんじゃないかな?」

ユキさんと顔を合わせると、彼女は目をクッと見開いた。あるいはそう見えただけかもしれない。

「そうなんですか、Wさんはおいつくですか?」

リョウさんはお客さん同士を繋げるプロだ。僕達はいつも自然にお互いの人となりがわかってゆく。

「今年25になります。ユキさんは?」

「わたしは今年で26だから、1つ違いだね」

肩よりも少し長く垂らした黒髪が揺れる。

「1つ違いなら、まあ同じようなものですね」

お互いに自然な笑みを浮かべて、警戒心なんていうものは旧友の後ろ姿のようにディテールを忘れ去られている。急に目の前に現れたとしても、分からないのだ。

「そういえばリョウさん、僕、阿佐ヶ谷に引っ越したんですよ。これからは阿佐ヶ谷のWです。」

「そうかそうか、阿佐ヶ谷もいいとこだよな。あれ、ユキちゃんも阿佐ヶ谷じゃなかったっけ?」

僕はゆっくり体を伸ばした。同時に、電車内で感じていた例の寒気もやってきた。

「わたしも最近越したんですよ。なんだか、少し"気持ちが悪い"けれど、わたし、阿佐ヶ谷から東中野に越したんです。」

「そりゃ、奇遇な関係だねぇ。ちょっとたしかに…"気持ちが悪い"ねぇ。」

僕は寒気を抑え込むように身震いしたけれど、"気持ち悪い"とは感じていなかった。

ロックグラスに注がれた、残り半分程度のハーパーをくっと喉に流し込んだ。ひんやりとした濁流が胃袋に到達し、じんわりと臓器を温める。


「阿佐ヶ谷のどの辺から東中野のどのあたりに?」

早口に喋ってしまって、警戒心が寝返りしそうにも感じたが、ユキさんはお構い無しのようであった。

「阿佐ヶ谷北の2丁目から、北新宿の4丁目辺りに。」

「そしたら場所はピッタリ同じって訳では無いですね。これなら"気持ちが悪い"なんてことはない。ただの偶然です。ぼくは東中野3丁目の…」

「ただの偶然以外って?」

ユキさんは小さく直感的な声で僕の文章を中断させる。

「ええと、そんなに深い意味は無いですよ。」

「そっかぁ、ごめんね、話してる途中なのに。」

「全然!大丈夫ですよ、ちょっとこんな偶然、嬉しくて話しすぎました。」

「もう少しお話しましょう。」


リョウさんはカウンター内の奥の方で、わざとらしく丁寧にお皿を洗っていた。

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