第10話 周知
そんなヨウマが胡弓を習っているということを、クラスの皆が知った。
出所は爺さまの家の近くに住んでいる子供。遊びから帰って来た時、爺さまに見送られて出てきたヨウマを見かけたのだ。疑問に思っていたが、先日の大喧嘩のあと、とうとう爺さまに訊いたら
「ヨウマに胡弓を教えてる。一番弟子じゃ。ま、他に弟子とる気ないが」
と笑いながら答えた。
驚いて、朝一番に教室に入ってヨウマを待ち構えていた。しかし最近は、朝の手伝いをしてから遅くにやってくるヨウマは、なかなか来ない。やってくる生徒に
「ヨウマ、来るか?」
と訊くので、皆が興味を持った。で、爺さまとのやり取りを話すと、幾人かは隣のクラスへと走り、中には職員室にまで向かう子供も出た。
そんな皆がヨウマを待ち構えているところに、オドオドしたヨウマが入ってきた。学校の門をくぐってすぐに視線を感じ、身体を縮こませながら急ぎ足で歩いた。校舎に入るとさらに視線を感じとり、早く自分の教室に逃げ込みたかった。
そして教室に足を踏み入れた瞬間、爛々と輝く多くの視線に固まってしまった。
代表だろう、数人がヨウマに近寄る。ヨウマは泣きそうになりながら、自分が何をしたかを考える。
「ヨウマ」
「……」
呼び掛けられてもヨウマは声が出なかった。必死に頷く。
「お、お、お前、こ、胡弓、弾けるんか?」
「おい、お前ヨウマ語なっとる」
どもることをクラスではヨウマ語といった。昔は馬鹿にする言葉だが、今では、落ち着け、とか待ってやる、という意味だ。
「ヨウマは、胡弓弾けるのか?これでいいな」
「うん、で弾けるんか?」
ヨウマは頷いた。
『おおおおお』
クラスがどよめいた。
「じゃ、じゃあ、こ、今度の」
「ヨウマ語」
「ええい、今度の、稽古で、皆の前で、弾くのか?」
ヨウマは考えた。そんなことは爺さまから言われてない。けれど、キラキラ光皆の目を見てたら、
「ひく」
としか言えなかった。
『おいおいおいおい』
クラス中が沸いた。早速走り出す子供がいる。
歓声や驚きは波のように広まった。
皆に叩かれ撫でられしながら、ヨウマが席について、すぐに担任がやってきた。そして開口一番
「おい、聞いたぞ。ヨウマは胡弓なんて難しい楽器弾くのか。驚いて校長先生にきいたら、本当だって、笑顔で言ってたぞ」
子供たちが歓声を上げた。それに反応したのか、隣のクラスでも歓声が上がった。
「実はな、先生は他所からきた余所者だから、祭りは遠慮してたんだ。今年はキチンと参加してみるか」
腕を組み下唇を付き出した。
「お願いします」
生徒が口々に言う。
「なら、その祭りの、稽古も顔を出さないとな。ヨウマ、大丈夫かな?」
「だいじようぶです」
やや固い声だが、ハッキリと言った。
「よし、参加しよう!」
『やったあ』
「何人か余所者の先生もいるから、声をかけとくか。余所者だからって、そろって遠慮してたんだ。これが、良い機会になれば良いな」
子供たちがうなるような声で喜びを現した。
「せ、せんせい」
ヨウマが手を挙げた。
「お、なんだ、ヨウマ」
先生までキラキラ光る目をしていた。
「…こうちょうせんせいも、ようむいんさんも、いっしょに……」
担任は息を飲んだ。
「おお、おお、そうだな。校長先生も、用務員さんも、だな。……稲田ヨウマ、今の、良かったぞ」
皆がヨウマを尊敬した。皆が喜んだ。
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