第9話 学校での出来事

何日かして、ヨウマの周囲が変わってきた。

まずは学校。担任の先生が毎日自作の教材を持ってきて、授業前に簡単な説明をしてくれるようになった。

すると、ヨウマはすぐに平仮名と片仮名、簡単な漢字を、無様ながらも書けるようになった。読む方はもっと難しい漢字まで読める。

そして、楽しそうに授業を受けるヨウマは、時々手を挙げて質問もする。

トンチンカンな質問だったりするのだが、先生が真面目に答えるし、他の生徒にとっては丁度良い頭休めになった。

学力、ということでは相変わらず差があるのだが、先生の態度が完全に変わったことで、ヨウマも、他の子供も楽しく授業が受けられるようになった。

子供たちはヨウマへの態度を改めた。本当は会話が成り立つ相手だと理解したからだ。しかも素直に話を聴くし、会話にも一生懸命だ。

そして、担任の物真似を「格好良い」と弁護したから、ヨウマは悪戯っ子たちから感謝されていた。

出来の悪い弟、それがヨウマに対する評価だった

「おい、ヨウマ、これやっとけよ。いいか、こうやるんだからな」

ぶっきらぼうだが、掃除のやり方を教えて一緒に作業したり

「ヨウマ君、宿題出てるでしょ。忘れちゃ駄目だよ。鞄の、一番上にいれておくと良いよ、私もね、そうしてるんだよ」

と、助言をしたり。

そして、決定的になったのは、隣のクラスの悪戯っ子がやってきて

「この教室には、馬鹿の中の馬鹿の、大馬鹿がいるからなあ」

と、大声で言った時だ。

「大馬鹿?そんなやつ、おらんぞ」

当然とばかりな答えだ。

「なに言ってる。朝礼ん時、フラフラしとるやつじゃ」

「今日は校長先生の話が長かったからな、皆ふらついとった」

「…あの、図体だけましなやつ、そいつじゃ」

指差した先には、ヨウマがいた。ヨウマは他の子からさっきの授業のことを説明されて、一生懸命に聴いていた。

「ヨウマのことか。いいか、あいつはな、そう見えるだけで、ものは解るんじゃ。だからな、ちいとは馬鹿かもしれんが、大馬鹿じゃない」

「ちいとでも、馬鹿は馬鹿じゃな」

「うん?そうかもな、だけと、馬鹿とは言いきれん」

「…お前、馬鹿の肩持つんか?」

「馬鹿じゃないんじゃ。…いいか馬鹿じゃ馬鹿じゃって言うやつの方が、馬鹿、じゃ」

「…ヨウマは馬鹿、大馬鹿じゃ。言うてみい」

隣のクラスの子の声が変わった。身体も大きめ、手が早いことで有名だった。言われたクラスの子は、一瞬ひるんだ。視線を感じ、後を見ると、皆がこちらを見ていた。ヨウマは驚いた顔をしている。そんなヨウマにこわばった笑顔を見せ、向き直ってハッキリと言った。

「嫌じゃ」

腕を組んで下唇をつき出す。

拳が飛んで来たが、誰かが飛び付いてあたらなかった。

大喧嘩になった。

大騒動になった。

教室から廊下に飛び出た三人は、隣の教室から援軍が来て一方的になった。すると

「…ヨウマの名誉を守れ、うちのクラスの誇りをかけろ」

などと、成績優秀のガリ勉が声を挙げて、窓から廊下に飛び出す。そして後から蹴りを放つと、背中を見せて逃げ出しながら

「こっち来い」

それを合図に男の子たちは廊下で、果ては校庭まで飛び出て取っ組み合いを始めた。

喧嘩に参加した女子もいたが、大方の女子は口喧嘩をした。

「馬鹿じゃないなら、見せてみい」

「馬鹿じゃないから見せられん」

「やっぱり馬鹿じゃ、馬鹿なら馬鹿らしくせい」

「意味わからん、馬鹿らしくってなんじゃ。人を馬鹿にするんか、されるんか」

大声で喚きあう。

ヨウマは泣き出した。そしてオロオロと歩きだし、廊下、校庭、教室を行ったり来たり。

途中で隣のクラスに捕まって

「お前のせいじゃあ」

と殴られた。それでもヨウマは反撃せす走る。

校庭に来たとき、友達を足蹴にしていた隣のクラスの大将が

「馬鹿があ」

飛び付いてきた。ヨウマは思わず投げ飛ばしてしまった。

校長先生をはじめとして、先生たちが教室、廊下、そして校庭にでて、子供たちを止めた。

事情を聴いた校長先生は

「そうか、成る程。なら君に聴くが、馬鹿や大馬鹿の基準は、何かな?何をもって、稲田ヨウマ君をそうだと言うのかな?少し、彼と話をしてみなさい」

と、言って、隣のクラスの子供たちを、交代交代で、ヨウマと一緒に授業を受けさせた。

ヨウマはそんな彼らとも笑顔で接した。自分が大馬鹿でもよかった。ヨウマが好きなクラスの皆が、自分のために闘ってくれて、もっと好きになった。そんな大好きな皆を、他の皆にも好きになって欲しかった。

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