第7話 転機

翌日、ヨウマは担任に睨まれていた。

担任は、授業が始まる前に突然やって来た。他の子供たちは慌てて自分の席に戻り、今までにない事態に、ヒソヒソと話をしている。

担任はヨウマを睨んだまま

「稲田ヨウマ、お前は席を、あの扉際に、出入口近くに移せ」

そう言った。

農作業で鍛えられているヨウマは軽々と机と椅子を一緒に運んだ。

「廊下の方、向いてろ。それで、これだ」

担任はそう言って和綴じの本を開いたて机の上に置いた。

「いいか、これがあ“だ。言ってみろ」

「あ」

「次は”い“だ…言ってみろ」

「い」

「順繰りに“う““え””お”。言ってみろ」

「う…え…お」

「じゃあ、これは?」

「あ」

「うむ。これは?」

「え」

「そうだ、これは?」

「い」

担任は本を閉じて腕を組んだ。

「その次は何だったかな?」

「う」

「…稲田ヨウマ、お前、解るのか?」

「わかる」

「なら、これ解るか?」

担任は本を適当に開いて指を指した。

「さ」

「これと、これと、これは?」

三回めくられて、本は再び閉じられた。

「み、を、ん」

「ひょっとして…」

担任は腕を組み、下唇を付き出して考え込み

「な行の次は、なんの行だったかなあ」

とうかがうように言った。

「はぎょう。は、ひ、ふ、へ、ほ」

「えの段の上は?」

「う、のだん。う、く、す、つ、ぬ、ふ、む、ゆ、る、う」

ヨウマがそう言ったのを見て、担任は腕を組み直して下唇を付き出すと天井を見た。それから視線をヨウマに戻すと、ヨウマも腕を組んで下唇を付き出していた。担任は怒ろうとして、止めた。

「ヨウマ、何で先生の真似をした?」

「まね?」

「ああと、同じ格好をすることだな。腕を組んで、こう、眉間に皺を寄せたり」

「みんな、してる」

ヨウマの言葉に子供たちは息を飲んだ。担任がゆっくり後ろを向く。

「あ、ちがう。せんせい、の、これ、かっこういい、から、おとなになれる、き、が、するから」

ヨウマは懸命に言った。嘘はついていない。本気で思っていたことだ。皆が真似しているのを見ても、格好いいと思っていた。

担任は黙ってヨウマを見ていたが、

「そうか。うん。そうか」

そう言って、ヨウマの頭に手を置いた。

「ヨウマ、今日は先生の授業を聴いてろ。明日までに色々考えて用意する。ああ、机の場所はここでいいから、黒板見えるように向きを直せ」

どこか弾んだ声だ。生徒達は、先生の声が嬉しそうなのを感じ取って笑みを浮かべた。

授業開始の鐘を用務員さんが振りだした。

その日、ヨウマの教室は、明るい声が響いた。



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