第3話 誕生
稲田スミさんは明治生まれらしい。
結婚は遅めで、体調のすぐれなかった両親の面倒を見ていたからとのこと。
結婚したのは両親が亡くなってから。これまた両親が亡くなったばかりの旦那さんと、村の総意で一緒になった。
息子さんの名前は、最初はヒロト。お腹にいる時にご夫婦で決めていた。しかし、生まれてすぐに名前を変えた。
“ヨウマ”。片仮名だったが、漢字なら“妖”しい”馬“。
ヒロトという名前が、当時の天皇陛下の名前に似ているから、遠慮した。何せ、生まれた時、…今で言う障害を持っていたのが判ったから。
初めての子供だったが、生まれた子供を見てスミさんと旦那さんは固まってしまった。
何もできず、何かするきも起こらず、呆然と眺めていた。
産婆さんが心優しい人で、そんな二人をよそに「かわいい、かわいい」と長い間抱っこしていてくれた。
スミさんもそれを見て抱っこをして、そうしているうちに可愛くて仕方なくなった。
しかし、父親である旦那さんは、一度も抱っこせず、目を背けたまま。
いつしか酒びたりになり、農作業以外でも家にいることがなくなり、とうとう姿を見せなくなり、村からも消えた。
スミさんは一人でヨウマを育てる。抱っこしながら、おんぶしながら。
可愛いと言ってくれた産婆さんは、しょっちゅうやってきてスミさん達の面倒をみてくれたそうだ。
スミさんは「あの人は、申し訳ないと思ってたんだろう。産婆として心を鬼にして、死産ということにすれば、稲田家は夫婦仲良く暮らして、新しい子供に恵まれて、幸せに暮らせたんじゃないかって。そう考えていたんだろ」と。言っていた。
その産婆さんのおかげで、スミさんとヨウマはそれなりに暮らしていけた。
大きくなって、ヨウマが学校に通い初めてしばらくして、産婆さんはお亡くなりになった。
生活は苦しくなった。
それでも、二人は仲良く暮らした。
ただ、学校から帰ってきたヨウマが、笑顔で訊いてくるのが、スミさんは辛かった。
「ああちゃん、な、ななで、おあれ、あかなの?」
”かあちゃん、なんで、おれ、ばか、なの?“
ヨウマは辛そうに見えない。いや、実際は辛いのだろう。そう見せられないのだろう。学校でこの子がどの様に言われてるのか、扱われているのか、想像は出来る。きっと他にも色々言われている。されている。しかし、その場にいない自分には実感は出来ない。
「母ちゃんが、全部悪い。ヨウマも、…父ちゃんも悪くない」
スミさんはいつもそう答えた。
「ああちゃんぐあ、わあるいを?えも、あさしい」
“かあちゃんが、悪いの?でも、やさしい”
ヨウマはそう言って、幼児のように抱きつく。スミさんも抱き返した。
貧しくて二人だけの家族。それで幸せ。
問答が繰り返される度、二人は優しく、けれども必死に抱き合った。
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