第8話 「じゃあ、僕は帰るから」
–キーンコーン
昼休みから少し時は流れて放課後を告げるチャイムが鳴り響く。
歴史の先生の含蓄があるんだかないんだかわからないありがたいお言葉を頂戴し、ほんのり生物の神秘を学んだ。アメーバだって生きてるんだ。
「もう下校時間ですね、それではホームルームを終わります。みなさん気を付けて帰宅してくださいね」
佐藤先生はそう告げて教室を出ていく。たぶんこれから受け持っている部活の様子でも見たり今度のテストの準備でもするんだろうなあ。先生って大変。
そんなに働いても残業代はほとんど出ないらしいし…先生って本当に大変だ。
ちなみにだけど、佐藤先生は演劇部の顧問をやっているそうだ。
さて、長かった今日一日の授業と佐藤先生のホームルームも終わり、あとは帰宅するだけになったわけだけど、僕には今日から難関が待ち受けている。試練といってもいいかもしれない。
問題は難しいからこそ挑戦しがいがある、などと言う人たちはぜひこの難問にチャレンジしてみてほしい。問題文は『学校一とも言える美少女と一緒に登下校するようになったが、何事もなく学校生活を送る方法』。解答時間はおおよそ4時間といったところ。なお正解はない。最悪だね。出題者の性格を疑うよ。
一体全体どう乗り越えたものかと考えながら帰る準備を進めていると、いつの間にやら学校指定のジャージに着替えた光輝が話しかけてくる。
「今日も終わったな〜。あ、昴はこれから天童さんと帰るんだろ?」
能天気に話しかけてきやがって。誰のせいだと思ってるんだ。
「…声が大きいよ光輝。誰かに聞かれてたらどうするのさ」
「別に隠す必要があるわけじゃないだろ? そんな気にすんなって」
気にする必要はあるに決まってるじゃないか。だって昼休みが終わってからクラスのみんなから急に見られるようになったんだから。
一瞬にして僕もクラスの人気者にジョブチェンジかな。ってそんなわけないか。もし人気者だったら、あんな好奇心に満ちた目で見てくる人がいるわけないもの。
「おい時任、お前天童さんとどんな関係なんだよ!」
ほら、光輝の声が大きいから寄ってきた人がいるじゃないか。
放課後になるや否や僕に噛みつかんばかりの勢いで詰め寄ってきたのはクラスメイトの…たしか、田中くんだっけ?
クラスの中でも結構イケメンな部類に入っているし、よく女の子といるのを見かける。これが陽キャってやつなのかな。
「おいおい落ち着けよ朝田。どうしたんだよ急に」
あっ、ごめん朝田くん。でも口に出していないからセーフだよね。
間に光輝が入ってとりなしてくれる。こういう時は役に立つんだよな。いつもは見てるだけのくせに。
「これが落ち着いていられるかよ! 神谷、お前だって天童さんがこんな地味な奴のことを気にしてておかしいって思わないのかよ!」
わかるよ朝田くん。僕もそれは思っていたことなんだ。流石に本人に聞くような勇気はないから今度鈴木さんにでも聞いてみようかな?
もしかしたら知っているかもしれない。でも他人を堂々と指さすのはやめようか。あまり行儀はよろしくないよ。
朝田くんが声を荒げているのに対して、光輝は極めて冷静に返事を返す。
「思わないね。逆にどうしてそんなこと思う必要があるんだ? 俺は昴の友達なんだぜ? こいつがどれだけいいやつなのかわかってるし、むしろ天童はよく見つけたと拍手してやりたい気分だ」
「えっ、僕って光輝の中でそんなに株高かったの?」
「あー…まあな。でも、あんまり本人に言うようなことでもないだろ?」
少し照れくさそうに首を掴む光輝。
好感度が思っていたよりも高くて驚く。僕、そっちの気はないから友達としては良いけどそれ以上はちょっと。
「こんなやつのどこにいいところがあるってんだよ、なあみんな!」
朝田くんは光輝も賛同してくれると思っていたのか、光輝からの反撃に面食らった様子で周りに助けを求める。
すると、女子はともかく男子がそれに乗っかり始めた。
「確かに…」
「あいつでもいいんだったら俺にもチャンスがあるかも」
「もしかしたら何か弱みでも握ってるんじゃないか?」
などとざわつき始める男子たち。やだやだ、僕がうらやましいからって男の嫉妬は醜いよ?
根も葉もない噂ではあるけれど、こういう悪いものはみんなに広まりやすい。ましてやそれが学校のような規模の小さいコミュニティの中だったらなおさらのこと。
これはめんどくさいことになるかもしれないなあ。僕の敵が増えるのは無視できるしどうだっていいけど、それで矛先が天童さんに向かわれたらたまったもんじゃないよ。
普段興味ないんだったら最後まで興味なくあってほしいもんだよね。僕だったら絶対放っておくね。間違いない。
どうやってこの状況を潜り抜けようかなあと思っているとヴヴッとスマホが振動する。
ポケットの中からスマホを取り出して確認すると、天童さんからメッセージが届いていた。
『私のクラス、ホームルーム終わったんですけど、そっちはどうですか?』
ううん、こっちも終わってるんだけど今帰れるかはちょっと怪しいよね。でもまあ待たせるのも悪いし早いところ行かないと。
『ちょうど僕のクラスも終わったから校門で待ち合わせようか』
メッセージを送ると、返事はすぐに来た。
『わかりました! 待ってますね!』
よし、天童さんはこれで大丈夫。あとはここから脱出して待ち合わせ場所に行くだけだ。
というわけで僕はこの場からの逃走を選択。三十六計逃げるに如かずという言葉がある通り、あれこれ考える前に逃げておこう。
「じゃあ、僕は帰るから」
僕はそれだけ言い残して教室を出ていく。
「「「えっ?」」」
予想もしていなかった僕の行動に驚くクラスメイト達。そりゃそうでしょ。説明する義理も義務もないわけだしさ。
だって君たちは僕の友達でもないただのクラスメイトなわけだし。知り合いってだけだし。
「おう、じゃあな昴! じゃ、俺も早いところ部活に行くかな」
僕の行動に何も驚くことなく面白そうに笑って光輝はさっさと荷物を持って僕についてくる。
…いやなんでついてくるんだよ。一人で部活に行きなよ。じゃあなって言ったじゃん今。一瞬で矛盾してるじゃん。
「お、おい! まだ俺は何も聞いてないぞ!!」
ごめんねみんな。噂は好きなだけばら撒いてくれてもかまわないからさ。今は天童さんを優先しないといけないからってことで。
明日からの学校生活が少し面倒かもしれないけど…まあ、そこはおいおい何とかしていくしかないか。
「で、なんでついてきたの?」
「ひでえな!? 俺だって外に出ないとグラウンドに行けないだろ?」
「ああ…そういえばサッカー部だったよね」
「いや、そういえばっていうかお前中学の時も俺の試合の応援来てくれてたじゃん…」
「確かに。ところで姫乃ちゃん元気? 今年受験生だっけ?」
姫乃ちゃんというのは光輝の妹で、光輝の試合を観に行くときはよく一緒に行っていた。
わざわざ兄の部活の試合を応援に行くなんてできた妹だよ。僕だったら絶対に姉さんの応援なんて行かない…とは言えない。
幸いなことに、僕の姉は試合があるような部活に所属していたことはないから、悲劇は起きなかったけどね。
「ん? ああ、元気だよ。受験生だけど、これといって必死になって勉強してる様子はないんだよなあ。あいつ、いつもちゃんとコツコツと勉強するタイプだからさ」
「光輝みたいにテスト前に詰め込むタイプには見えないもんね」
「おい、馬鹿にしてんのか?」
「もちろん。いつも泣き付かれる身にもなってほしいよ」
「今度のテストもよろしくな!」
光輝は笑って肩を叩いてくるけど、僕はそれに返事をすることなく靴を履き替える。光輝も隣でサッカーのスパイクに履き替えている。
先に履き替えた光輝が軽く肩を叩いてくる。
「それじゃ、天童と仲良くやれよ!」
「できるだけ頑張るけど絶対とは言えないかな…」
「何言ってんだよ昴。天童はいろんな人の中からお前を頼ることを選んだんだぜ? だったらできる限りのことはするのが礼儀ってもんだろ」
珍しく真面目な顔の光輝の言葉がすっと胸に入ってくる。
確かに、天童さんくらいになると彼女を助けてくれるような人はたくさんいるんだと思う。それが何の因果か僕に助けを求めている。
知り合ったのは偶然だけど…だったら頼られた分少しは頑張らないといけないのかもしれない…かも?
「わかった。できるだけ僕も頑張ってみるよ」
「その意気だ。…とはいっても、本当に何かあるかわからない以上昴は天童とずっと一緒にいることになるわけなんだけどな」
光輝は最後に何かを呟いていたけど、僕にはそれが何なのかわからなかった。
「ん? 何か言った?」
「いや、今日の練習メニューなにかなって思ってさ。走ってるだけじゃなくてチーム戦とかあれば良いなあ…。じゃあまた明日な!」
「うん、また」
何だか少し慌てた様子でグラウンドに向かっていく光輝を見送って僕は天童さんが待っているであろう校門に向かう。
昇降口から出て少し歩くと、校門が見えてくる。僕の予想通り、天童さんは先に着いていたみたいだ。僕がクラスでもたついている間に着いたんだろう。
天童さんは特に何をするでもなく、ただ空を見上げて待っていた。それは映画のワンシーンのようで、まるでそこだけ時の流れが違うかのような不思議な空気を感じた。
行き交う誰もが彼女に注目するけれど、誰も近寄っていこうとはしない。そんな中を一人で近寄るのは少し緊張するけれど、天童さんが僕のことを待っている以上行かないという選択肢はない。
近寄っていくと、天童さんはすぐに僕に気付いて小さく手を振ってくる。こういうちょっとした仕草が可愛いんだよね。
周りからは誰だ? という視線を感じるけれど、気にしても仕方がない。彼女と一緒にいる限りは避けられないことだろう。
「遅くなってごめんね。待ったでしょ?」
「そんなことないですよ。私も今さっき来たところですから。それじゃあ、ええと…帰りましょうか?」
「うん、行こうか」
僕らはお互いとの距離を測りながらぎこちなく歩き始めた。
その様子を暗い目で見ている人がいるなんてことには気づきもせずに。
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