第6話 「これだし巻き卵だったんだね。すごく美味しいよ」


四人掛けのテーブル席。

僕の隣に天童さん、正面には光輝、その隣に鈴木さんといった席順で僕らはお昼ご飯を食べることに。話したことがない人が二人もいるなんてとんでもない席じゃないか。


僕と光輝とは違ってどうやら二人とも弁当持参で学食に来たらしく、早速弁当を広げていた。


「天童さんも鈴木さんもお弁当なんだね?」


なのにどうしてわざわざ学食なんかに? と遠回しに聞いてみる。伝わるかわからないけど。できれば早くどこか行ってくれないかなという気持ちも込めてみる。伝わったことないけど。


「ええ、だから普段は教室で食べているんだけど、今日は唯花がなんか様子がおかしくってね。お昼休みになったらお弁当片手に教室を出ていこうとするものだから…」


「うっ…」


鈴木さんのじとりとした視線を受けて天童さんは居心地悪そうに縮こまった。


「それについて行ってみたらこそこそと色々な教室を回った挙句に学食に行こうとしているんだもの。よっぽど勘が鈍い人じゃなかったら誰かを探しているんだなってわかるわよね」


その時の天童さんの様子を思い出しているのか、笑顔になる鈴木さん。


「や、やっぱりそうかな…?」


そう聞いて恥ずかしそうに天童さんは頬をかく。


「少なくとも私にはバレバレだったわよ」


「涼音ちゃんは何でもお見通しみたいな顔で朝からこっちを見てくるからもうすでにバレてるのかと思ってた…」


「顔に書いてあったかもしれないけれど、言わなきゃ私にも知りようがないわ。エスパーじゃあるまいしね」


くすくすと笑う鈴木さんにやはりなんだか僕の姉と似たような空気を感じて少しだけ警戒度を上げる。どこで知ったのかよくわからない情報を持っていそうだ。


それにしても、学校の中ではミステリアスで通っている天童さんだけど、こうして話しているのを見ると全然そんなことないように思える。ひょっとしてみんなの評判が間違っていたのかな。


「ねえ、天童さん」


「ひゃいっ!」


ひゃい?よくわからないけど、赤くなって固まってこちらを見ようとしない天童さん。うん、とりあえず箸で摘んでいるブロッコリーは食べてもいいよ?


「天童さんって、噂だとミステリアスって聞いてたんだけど、そんなこともないんだね」


僕がそう言うと、天童さんは赤らんだ顔のまま首を傾げた。


「えっと…私、ミステリアスって言われてるんですか?」


本人には自覚なし。でも確かに、こんなにすぐに顔が赤くなるような女の子だったらミステリアスというよりかはもっと可愛らしい…アイドルと呼ばれていても不思議じゃない。


どうしてだろうか、という疑問は鈴木さんによってすぐに解決した。


「ああ、それね。唯花は緊張しやすいから、知らない人と話すってなると緊張しちゃって顔が強張っちゃうことが多いのよ。ついでに言うと、受け答えもほとんど一言二言。はいとかわかりましたとか。結構ぶっきらぼうに思われがちなのよね」


「ってことは、ミステリアスなんじゃなくて、ただの緊張しやすい人ってことか?」


「簡単に言っちゃえばそういうこと」


「み、ミステリアスだなんてそんなこと思われてたんだ私…」


どおりで友達あんまりできないわけだ、と肩を落とす天童さん。


なんだ、じゃあミステリアスじゃなくて普通に緊張しやすい女の子ってことか。それのせいで新入生代表の挨拶ではなんか冷たい感じがする(光輝談)って言われてたわけだ。


緊張を誤魔化すためにあえてガチガチに台本を書いてそれ通りになぞると不思議と人間味って感じないのが人間ってもんだ。


「それにしても、鈴木も天童も美味そうな弁当だよな。自分で作ってんの?」


「わかる。特に天童さんの卵焼きとか、鈴木さんのミートボールとか美味しそうだよね」


僕はきつねうどんの白と茶色、光輝はカツ丼の黄色と茶色ばかりだから色とりどりで華やかな二人の弁当を見ると少し食欲が刺激される。料理は味だけじゃなくて見た目も大事なんだよね。


「残念だけど私のミートボールは冷凍食品よ。でも、唯花の卵焼きは違うわよね?」


嫌味を感じさせない笑顔の鈴木さん。いかにも作ってるっぽいな。


「もしよかったら、たっ! …食べてみますか?」


食い気味に寄ってくる天童さん。ちょっ、近い近い。周りの目も痛いよ。


「え? いや、悪いよ。だって天童さんからお弁当もらっても僕は何も返せないし…」


僕が食べてるのうどんだし。お揚げさんは譲れないし、うどんを啜らせるのもなんだかよろしくない気がする。出汁も同じような理由で難しい。事は倫理的に高度な問題だと思われます。


「そ、そうですか…」


しゅんとして引いてしまった彼女に少しの申し訳なさと安心を感じた。

じとりとした視線を感じて正面に目をやってみれば、光輝と鈴木さんが僕のことを瞬きもせずじっと見ていた。正直言って大分怖い。


えっと、これは断らないで食べろっていうこと?でもそんなことしたら僕の学校生活は終わってしまうんじゃないの…?


なんだか沈んでしまった天童さんを見て、それからまた二人の方を見る。二人は揃って頷いた。…いつからそんなに仲良くなったの?


…わかったよ。その代わり、なにかあったらちゃんと僕のこと助けてよ?


「えと、天童さん。やっぱり、卵焼き一つだけもらってもいいかな?」


「え?」


「僕、卵焼きが好きでさ。天童さんの卵焼きって、焦げもなくてまっ黄色ですごく美味しそうだよね」


ぷるぷるでぶ厚いし。僕の家の卵焼きは何故だかぺちゃんこなんだよね。


「あ、ありがとうございます…」


「もしかして自分で作ってるの?」


「は、はい。お母さんもお父さんも朝は忙しそうなので。いつも前日の夜のうちに準備しておくんです」


「そうなんだ。忙しそうにしてるのは僕の家と一緒だ。でも僕は自分で作ろうとは思わないから天童さんはすごいね」


「そっ、そんなことないです。それより卵焼き、どうぞ!」


バッと弁当の蓋を皿代わりにして勢いよく出された卵焼きは、慣性の法則に従って急に止まることなく宙を舞う。


「あっ!」


目の前を通り過ぎていく卵焼き。天童さんは自分が失敗してしまったと焦りと落胆を含んだ表情。

光輝と鈴木さんもやってしまったと言わんばかりの顔をしている。


どうしてみんなそんな顔をしているのかわからないけど、とりあえず目の前を通り過ぎつつある卵焼きをキャッチ。流石に箸じゃ掴めないけど、手なら大丈夫。行儀が悪いって言わないでね。


「っと、危ない。それじゃあいただきます」


ぱくりと卵焼きを口に放り込む。するとびっくり。これは卵焼きじゃない!卵焼きじゃなくて…だし巻き卵だ!

口の中に優しく広がる出汁の味とぷるぷるの卵の触感がたまらない。文句の付けようもなく美味しい。


普通の卵焼きかと思って食べたけど、いい意味で驚かされちゃった。


「これだし巻き卵だったんだね。すごく美味しいよ」


「えっ、あ、ありがとうございます!」


一瞬呆気に取られていた天童さんだったけれど、美味しいと言われて嬉しそうに笑ってくれた。


「…ねえ、時任くんってあれが普通なの?」


「…ああ、あれが普通なんだ。時々俺もついていけそうにない時があるんだよな」


「…確かに、時任先輩もそんな感じだものね。血は争えないってことかしら…」


何か不穏な会話が聞こえるけど、今はだし巻き卵の方が大事だ。

正直毎日食べても飽きないんじゃないかってくらいに美味しい。一緒に味噌汁が欲しくなるよ。


「こんなに美味しいんだから、天童さんは将来お嫁さんになる時に困らなさそうだね」


「お嫁さんですか!? そ、それは流石にまだ早いかなって…」


照れ臭そうに頬をかく姿もまた様になっている。


「…これも普通なのかしら?」


「いや、これは初めて見るパターンだな。そもそも昴とこんなに近い距離で話したことがある女子を俺は知らないぞ…」


また変なことを言っているけど、何を言ってるんだろうか。用もないのに僕に話しかける女子がいるわけないじゃないか。

どうせ光輝との橋渡しだと思って全部そっちにコンベアー式に流しておいたじゃない。


「あくまで将来の話だからね、今じゃないよ? …そういえば聞き忘れてたんだけど、というか最初に言っておけばよかったんだけどさ」


「将来……って、はい、なんですか?」


「天童さんはどうして僕を探してたの? というか、探してたのは僕で合ってるんだよね?」


「そ、そうです。時任くん…を、探していました。神谷くんは関係ないです」


「…別にその通りだからいいんだけどさ、その言い方だと俺も少し傷つくぞ…?」


「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃなかったんです!」


慌てて謝る天童さんに光輝は気にするなと手を振って鈴木さんからミートボールを貰っていた。いいなあ。僕もそれ食べたいと思ってたのに。


「その、お礼を言いたくて」


「お礼? …ああ、今朝の? そんな気にすることないのに。むしろ関係のない僕が勝手しちゃったというか、トラウマになっちゃってないかなって少し気になってたんだ」


嘘です。もう関係ないと忘れて授業受けてました。

とは口が裂けても言えない。


「そんな! 時任くん、私のせいで遅刻もしちゃって申し訳なくって…」


「なんだ昴、お前電車に降り遅れたって嘘じゃねえか。わかってたけどよ」


「嘘じゃないよ、実際降り遅れたのは事実だし。でもそれに関しては天童さんのせいっていうわけじゃないというか…」


この場では言いにくい。非常に話題にしづらい。まさか、去り際の囁きに気を取られていただなんて恥ずかしいことこの上ない。

あの時のことを思い出すと、その記憶に引きずられるようにして天童さんの柔らかさや匂いも思い出してしまった。


天童さんの端正な顔から少しだけ視線を外して、彼女の胸を一瞬だけ見てしまう。わざとではないにしろ、僕、触ってしまったんだよな。

もちろんあれは事故だし、天童さんもそれはわかってくれているようで、わざわざ話題にするようなことでもない。


なんだけど、一瞬とはいえ僕の視線がどこに向いたのか天童さんにはわかってしまったらしく、彼女の顔が真っ赤になる。

やっぱり女の人の方が視線に敏感なんだろうか。


「ご、ごめん。わざとじゃなかったんだ」


「い、いいんです。私もあれが事故だってわかってますから」


「ま、まあそういうわけで僕にもいいことがあったわけだからさ。お礼は受け取っておくけど、そんな気にしなくていいよ」


あれ、今僕なんて言った?


「僕にもいいこと」って言わなかったか?たぶん言ったな。いや、確実に言った。だって天童さん、今までにないくらい恥ずかしそうにしているもの。


「ねえ時任くん、唯花に何したの? 会ってすぐにこんなに真っ赤にさせるようなこと?」


おもしろそうなものを見つけたとばかりににやにやとしている鈴木さん。


「俺も気になるな。天童をこんなにするなんて、お前明日から学校来れるか? まあ、どうしてもっていうなら助けてやらんこともないけどよ」


光輝、お前本当に覚えておけよ?


一つため息をついて観念する。この二人の助けなしに学校に来ることはできないだろう。僕は羞恥で固まってしまった天童さんの代わりに今朝起きた事件を話したのだった。

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