深淵より
ビュウウウ……
天空を一直線に、まるで戦闘機の如く、空気を切り裂きながら一匹の美しい竜が飛んでいく。
美しく輝く白と緑の鱗に彩られた身体に大きく荘厳な六枚の羽が生えたその姿は、まるで神の化身のようであった。
その美しく気高い姿を、もし人間が認識出来たなら、きっと神や神獣だと思っただろう。
だが、周辺に飛んでいる飛行型怪物達は、その美しい竜の姿を認識すら出来ていなかった。
通常、これ程の巨体がこれ程の高速で近くを通り過ぎれば、周囲に激しい爆音や台風のような暴風が吹き荒れていてもおかしくはなかったが、空まるで晴れた青空の如く、とても静かだった。
音速を遥かに超えた速度で飛行しながら、竜には不思議な魔力フィールドにより抑制され、周囲に過剰な影響を与えていないのだ。
竜は信じ難い速度で世界を何周も何周も、隅から隅まで余す事なく飛び回っていく。
「……」
美しき竜はチラリと眼下にある巨大な岩山を確認すると、速度を落とし大地へと降り立った。
竜はフワリと優雅に着陸すると、シュウウウと数m程度だった体長が、みるみる10m以上の巨大な姿にへと膨れ上がっていく。
美しかった鱗はおぞましく見る物を畏怖させるような黒と銀の鱗へと変化し、光が零れ落ちそうだった白い翼は、まるで"闇"を塗り固めたような漆黒色に変わっていった。
そして、竜は抑えていた圧倒的な魔力を解放する。
『ギャッ!?ギャギャ!!………』
美しい獲物を狙う獰猛な怪物達が、突如自分達には決して勝ち目の無い危険な相手だと認識を変え、一目散に逃げ出していく。
本来、どんな生物に対してさえ恐怖を持たない、この世界の頂点に位置する大型の爬虫類型怪物達でさえ、目の前の巨竜相手では分が悪いと逃げ出して行った。
巨竜の身体から盛れ出している魔力の影響は凄まじく、数時間もしない内に半径数100mに及ぶ領域からは全ての怪物達が居なくなってしまった。
巨竜はそのままズシンズシンと巨大な岩壁へと進み、チラリと岩肌に視線を移すと、何も無かった筈の岩肌に巨大な洞窟が現れる。
そして、巨竜は巨大な体躯とは思えないような滑らかな足取りで、その洞窟の奥へと入っていった。
巨竜が姿を消した後も、その大地に残った強烈な魔力の残滓は、怪物達を岸壁に近寄らせる事を許さなかった。
☆。.:*・゜
巨大な洞窟の深奥にある、これまた巨大な大広間の一段高い岩棚の上に巨体を預けると、巨竜はそっと目を閉じた。
洞窟には幾重にも結界が貼ってあり、並の生物では決して入る事は叶わない。
叶わないどころか、《認識阻害》の魔法がかけられたこの洞窟を、生物は認識する事すら出来ない。
怪物達に寝込みを襲われる事も無く、巨竜は再び永い眠りにつく。
そもそも寝込みを襲った所で、この巨竜に対して危険を与えられる生物など、今のこの世界には決して存在しないのだったが……
「……」
眠りにつく前に、私は思考した。
数百年ぶりに世界を見て回ったが、やはり何も無かった。
文明はおろか、知的生命体の生まれる気配すらない。
居たのは変わらず、数種のか弱い動物達と、動物以下の知能しか持たない原始の怪物達だけ。
もし言葉を認識出来る生命体でも生まれてくれたら、退屈という地獄から解放されていただろうに……
「次はいつになるか……」
私は再び眠りにつく。
何か世界に兆候が現れるのを待ちながら、何百年、何千年と眠り続け、たまに起きては世界をくまなく調査するのだ。
それが私に残された過酷で孤独な唯一の使命なのだ。
だが何十世紀にも及ぶその使命は私の精神を徐々に蝕んでいる。
全能に限りなく、思う事全て叶うレベルにまで昇華した私の魔法の力は、ありとあらゆる欲求の大半を満たす事になった。
それ故の退屈。
強くなり過ぎた最強故の、絶対的孤独。
全知とも言える故の知識的欲求の枯渇。
史上最強の強い肉体と、それを支える類稀な精神力を持ってさえ、万年を超える永い時間は私の精神をボロボロに摩耗させていったのだ。
「何もする事がない。今の私には眠る事しかやる事がない……」
いっそ、同胞の竜達のように、狂って何も考えないただの怪物になってしまってしまえば、どれほど楽だったろうか……
しかし、私が狂ってしまう訳にはいかない。
決して狂う事の出来ない理由と、そして使命があった。
だから、何度と何度も発狂しそうになりながらも、必死で精神を保っていたのだ。
もし、時間を超える魔法が完成出来たなら、使命も瞬く間に終えて、この身を永劫の眠りにつかせる事も出来たろうに……
これ以上起きていると、嫌な事ばかり考えてしまう。
精神を衰弱摩耗させる前に再び永い眠りにつくとしよう。
次に目を覚ますのは何十年か、何百年か……
その時は何か良い変化があれば良いのにな……
そうして最強の竜は、この世界の終わりが来る日まで、何度も何度も繰り返し使命を果たす筈だった……
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