俺が化け物だったとして~ずっと隠していた力を使って、この危険な地獄の異世界を生き延びていく~

花枕

序章 地獄編

その先にあるものは

 ザッ……ザッ……


 足取りは重く、瞳に生気は感じられない。

 遠くの方で何かまた怪物の咆哮が聞こえているが、少年の意識には届かなくなっていた。

 もう、どうでも良くなっているのだろう。


 周囲にあるのは乾いた砂と岩、地球とは完全に異なる体系を持った不思議で奇怪な植物達。

 気候は常に乱れ狂い、ジリジリと皮膚を焦がすかと思えば寒さに震える夜もある。

 自然とはこれ程までに過酷であるのかと思い知らされる程の、人間などは数日と生き残れない過酷な自然環境。

 そして、今まで見たことも無いような、不気味で獰猛な怪物達。

 文明の完全に崩壊した、もしくは、まだ文明の生まれてもいないような原始に似た世界。


 そこに少年だけがたった一人、歩いている。

 意思は無く、目的も無く、ただボロ雑巾の様な姿で歩いている。


 一体何なんだ?この世界は……

 

 少年がどれだけ足掻いても騒いでも、地獄は何も答えてはくれなかった。

 そんな事しても餌を見付けた怪物達が襲ってくるだけ。

 だったら大声を出すだけ無駄だった。


「……」


 少年がこの世界に来て、既に10年が経っていた。

 時計も無いこの世界で、たった1日すらも間違えずに記憶してしまっているのは、いい事なのか悪い事なのか……

 こんな事なら狂ってしまって訳も分からなくなった方がどれだけマシだっただろうか。


 10年に及ぶ放浪の時間は、思春期の少年が青年になるには充分な時間が経っている。

 髭や髪はボサボサに伸び乱れ、着ていた衣服はとうの昔に原型を留めなくなっている。

 風呂なんか勿論ある訳も無く、怪物の返り血やこびり付いた内臓なんかでぐちゃぐちゃだ。

 それでも、この世界に居るのは外見を気にするような生き物など存在しない。


 もう、どうなったっていい。


 来る日も来る日も怪物達と殺し合いを続けるだけの修羅の地獄。

 小説の中の異世界なんて、どこにもありはしない。

 一秒でも早く、ここから元の世界へと帰りたい。

 暖かなご飯と布団。

 あんなに嫌いだった人間達でさえ、会いたくて仕方が無い。

 

 だが、その願いはもう二度と叶わない。

 帰れない。と、少年は気付いている。

 それでも、もう二度と帰れないと分かっていても、あの時の事を何度も思い描いてしまう。


 あの時、アデラ先生は何故俺を助けてくれなかったのだろうか?

 

『私に、こ……』


 アデラ先生は底なし沼に沈んでいく俺を助けようともせず、そのまま見殺しにした。

 今思えば、まるで俺が底なし沼に沈んでいくのを知っていたかのような素振りすらあった。

 あの時、助けてさえくれていれば、こんな地獄に来なくて済んだのに。

 あの時、その長い手を差し伸べてくれるだけで良かったのに。

 どんな状態でも、あのアデラ先生ならきっと何か出来た筈なのに……


 

 思考が複雑に交差し永遠と過去の記憶を模索する。

 けど、どれだけ考えても少年にはわからなかった。

 この世界では行動も、思考も、全て無意味だった。

 時間だけは"無限"にあったが、全て時間の"無駄"だった。

 もしここから帰れるのならば、少年は如何なる手段を使ってでも帰る努力をしていただろうが、方法は尽きてしまった。


 少年には、もう何もやる事が無くなっていた。

 だが、死ぬ事すら少年には、

 だから、ただ無心で、黙々とこの地獄を歩き続けているのだ。

 まるで亡者の様に……


 ……

 ……


「ん?」


 "食欲"と"睡眠"以外の思考は全て停止していた少年は、久しぶりに聞いた自分の声に驚いた。

 長い間、声など出してないかったのだ。


「変わった……?」


 急に"空気が違う"世界に迷い込んだかのような感覚。

 何が違うかと言われたら、説明出来ない程の微妙な違いなのだが、少年にはそれが感じ取れた。

 いつもなら定期的に現れる筈の怪物の気配も無い。

 騒がしい鳴き声や足音が、辺りからすっかり消えてしまっていた。


「なんだここは?」


 あの時と似ている?まさか帰れる?なんて甘い考えは少年の中には無い。

 知らない内に怪物の"縄張り"にでも迷い込んでしまったのかとも考えたが、どうやらそれも少し違うようだ。

 言葉どおり"空気が違う"

 まるでこの一帯だけは、違う世界に迷い込んでしまったかのように、スッポリと変わっている感じがするのだ。


「なんだろう……この感じ。嫌な感覚では無いけど……」


 不思議な違和感。

 だが恐怖は無い。

 飛行機から降りた直後の外国みたい感じ?

 不思議な違和感を感じながらも、少年はそのまましばらく歩き進んで行く。

 すると目の前に"巨大な洞窟"があらわれた。

 洞窟は大型の怪物がそのまま入れる程の巨大なサイズで、その先は全く見る事は出来ない。

 少年の視力は鋭く、10.0を軽く超えていたし、暗い所でも野生動物の如く良く見える。

 その視力を持ってしても、洞窟は永遠に続いているように見えた。

 まるで漫画に出てくる地獄の穴の様な、不気味な雰囲気を醸し出している。


「なんだろうこれ? 怪物の巣でもあるのか?」


 だが、この10年の間に、少年はこんな大規模な巣など見た事も無かった。

 そもそも、怪物達は原始的で集団行動を取る事はほとんど無い。


「……」


 少年が奥へと入っていく。

 不思議な"違和感"が更に増していく。


 もしかしたら、もしかすると、まさかこの洞窟を抜けた先は、『元いた世界』と繫がっているのでは?

 叶う可能性の低い、夢のような期待を抱いた。

 叶う訳も無いのに。

 どうせまた、何も無くて悔しい思いをするだけだ。

 ならば期待なんかしない方がマシだ。

 と、どれだけ自分に言い聞かせても、やはり期待を抱いてしまう。


 まあ、もしタチの悪い怪物が居たとしても、適当に逃げればいい。どうせ死にやしない……

 いや、もし本当に死ねるなら、もうそれでも良い……

 そもそも、他にやる事もない。


「もう、どうなったっていい……」


 死に対する恐怖が完全に麻痺していた少年が奥へ進んでいく……








 

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