第11話 もう1人の継承者

 しんぱんの戦いの決着がつくと、いきなり身動きが取れなくなった。


 しんぱんの勝者となったシズクを一目見ようとクリモア氏族の連中がワラワラとせてきたのが原因らしい。


 何しろ数十のと次期クリモア領主であるロシーニアを1人であっとうしたというのだから、によってけんが成り立っているトゥーン人が放っておく訳がない。


 しかも、異世界人でもう1人の領主のむすめであるセレスティーナのかたうでときてはなおさらだ。


 問題は注目を浴びるのはいいのだが、良い意味だけとは限らないということだった。


 樹前しんぱんの決着がついたものの、いまだに異世界人をよく思わないばつは残っている。

 かれらの知る異世界人はシズクだけなのだから、当然ながら悪意は全てシズクに向けられることになる。

 その一方で手の平を返してくるばつもあるわけで、だれが敵か味方かさっぱりわからない。


 そんな状態でシズクをうっかり出歩かせると、何がどう転ぶかわかったものではない。


 そんなわけで、セレスティーナとサクヤがじょうきょうを整理するまでシズクは1人部屋になんきん状態の日々が続いていた。



「終わったら、今まで通りと思ってたんだけどなあ」



 出来ることと言えば、セレスティーナがむ書類整理の手伝いをすることぐらい。



「ぼやくな。ほら、さっさと目を通せ」



 そういうセレスティーナの声にもつかれがにじみ出ている。


 昼は氏族の主だった者との会合。夜はこうして事務仕事。

 シズクはヒマを持て余しているが、セレスティーナはぼうきわめている。


 ストレスがまっているのはおたがさまだ。


うんざりとしながら紙の束を受け取り、書類に目を落とす。

 セレスティーナとシズクが目を通しているのは、それぞれの一族からせんせんごちゃまぜでまれたれきしょだった。


 用紙には名前とねんれい、そしてこれまでの経歴が簡単に記されている。


 なんさいの時にどこの世界樹をまもだんに配属されたかとか、これまでにとしたアピスの数はとか、仕える主なスキルは何かとか。


 はっきり言って、目がすべる。


 書いてある意味は理解出来るが、具体的に求める人材かどうかがさっぱりわからない。



「なあ、セレス」

「どうした」

「正直、見てるだけじゃさっぱりなんだけど。やっぱり戦か何かで確かめないと」

「言いたいことはわかるが、さすがに今はな」



 しぶい声のセレスティーナにシズクはがっくりとうなだれた。


 樹前しんぱんでお祭りさわぎになった直後に、今度はセレスティーナとシズクのきもいりのだんせんばつ会などかいさいすればどうなるかは目に見えている。



「それにせんばつしたところで、変異種にたいこう出来るだんになるかというとな」

「それもそっか」



 山となったれきしょに記されているのは、確かにそれぞれの一族を代表するようなせいえいではある。だが、そのせいえいというのはクリモア基準のせいえいだ。


 とうそつのとれた安定した戦いには向いているが、個としてのせんとう能力は要求水準にとても届かない。


 はからずもサクヤの言ったように、方針が真逆なのだ。



「ってことはさ、この山をいくらながめてても意味が無いんじゃ?」

「と、言っても他にアテがない」



 セレスティーナにしても、みがうすいのはわかっているのだろう。現実問題、全てのかたぱしからためすわけにはいかないことはシズクでも簡単に理解できる。

 だが、そのすいせんが一番アテにならないでは話にならない。


 そこまで考えて、シズクはふとあることを思いついた。



「なあ、セレス。この山に書かれてるって、要するにそれぞれの家のまんばっかりなんだよな?」

「まあ、そこないをすいせんするような家はないだろうな。せんならいざしらず」

「ってことは、逆にすいせんかられたから探した方がいいんじゃないか?」



 シズクの言葉にセレスティーナが思いがけない言葉を聞いたというように目をパチクリさせる。


「どういうことだ?」

「要するに推薦から漏れた騎士の方が、俺たちが探す騎士にはピッタリなんじゃないかってことだよ。ほら、例えばさ――協調性がなくて乱暴でことづかいが悪くて、とてもじゃないけど人前に出せないけどうでだけはって感じ」


 例えば、カルディナみたいに。

 とまではさすがに言わなかったが、ここまで言えばセレスティーナには十分に通じたらしい。なつかしそうに笑いながら立ち上がる。



「どこかで聞いたことのあるような話だな。だが、確かにそちらの方がみはありそうだ。となると、めい簿がいるな。あとはカミラにまた助けてもらうか。しばらくクリモアをはなれていた私よりも各地のの事情にはくわしいはずだ。少し待ってろ、準備を整えてくる」

「じゃあ、おれも」



 とシズクも合わせてこしかせたところで、セレスティーナと目が合った。



「シズクはお留守番だ。館にはまだ他の氏族の者がたいざいしているからな――そんな顔をするな。私が何か悪いことをしてるみたいじゃないか」


 †


 まず、すいせんを受けたの名前を除外する。次にあからさまなになりたてのものや、アピスと戦った経験の無いものを除外する。


 そうやって、最後まで残された10名のはやはりというべきかクセの強そうなばかりだった。



「おじょうさまとシズク様の考えはわかりますが、それでもこれはちょっと……」



 とカミラがじゅうめんかべるほどで、命令はんだっそうすいけんに暴行、ばくに借金と見事なまでの経歴が並んでいる。



「本当にこのような連中を聖樹だんに取り立ててもよろしいのですか?」

「……一応、シースティカ様からは経歴不問とのお言葉はいただいている」



 遠回しにやっぱりやめておいた方が……というカミラの言葉に歯切れ悪くセレスティーナが答えた。



「で、戦力としてはどんな感じなんですかね」



 めい簿に記されている情報は名前と家系、そしてしょうばつぐらいで一目で強さがわかるような者はさすがにいない。


 だが、クリモアの教導官も受け持っているカミラはみな知っている名前のようだった。



うでは悪くありません。ロシーニア様の護衛ぐらいは務まるでしょう。ただ、素行は最悪ですが」

「ローシャの護衛ぐらいか。みょうなところだな。カミラと比べればどうだ?」



 うでを組んだままめい簿を見下ろしてしたセレスティーナにカミラは少し小首をかしげてから、それぞれの名前に印をつけた。



「この3人ならば、私の方が確実に勝ちます。この4人とはかく。この2人にはおそらく勝てないでしょう――?」



 最後の1人の名前を見たところで、ぴたりとカミラの手が止まった。



「どうした?」

「いえ、このですが……確か除名されていたはずなのですが」

「除名? 覚えにないな」



 トゥーンではというのは役職ではなく身分であり、そのため1度じょにんされると引退したとしてもしゃくは保持される。シズクのじょにんめているのも、まさにこれが原因で異世界人であろうとも簡単には身分をはくだつすることが出来ないからだった。


 えれば、ちょっとやそっとのことでは除名などあり得ない。仮に死んでいたとしても、死者のめい簿に移されるだけで除名されることはない。


 もし除名されていれば領主の一族に連なるセレスティーナが知らないはずはない。



「たしか1年ほど前だったと思います。祖の魂を汚した罪をもって、しゃくはくだつされたはずなのですが。なぜ名前が残っているのでしょう」

「祖の魂を汚す?」



 言葉のひびきからして、おそらくゆうごうに関することなのだろうと想像はつくが具体的な意味まではわからない。

 シズクの疑問に答えたのはカミラではなくセレスティーナだった。



「祖の魂を受け入れる時にはおくや経験もぐことになる。その結果として、シズクはよくわかっているだろうが少しだけ性格などが変わったりするわけだが」

「少しだけ?」



 何度もゆうごう状態のセレスティーナを見ているシズクが混ぜっ返すと、自分でも言葉に無理があると理解していたのかセレスティーナはジト目でシズクを軽くにらみ付けてきた。



「私のことはどうでもいい。とにかく、そういう変化を受け入れられない場合があるのだ。自分とちがおくや経験を、まるごと受け入れなくては祖の魂はけいしょう出来ない。たんでそれをきょぜつすると祖の魂を汚したとして、追放されることになる。当然、からも真っ先に除名だ。かなりのめいだからな。こんなところに名前が残っているわけがない」

「ということは、カミラさんのかんちがいなんじゃ? そういううわさだけで実際にはうまく行っていたとか」



 シズクの言葉にカミラはゆっくりと首を横にった。



「いえ。かなりのさわぎになりましたから。ジャーガ・フォライスの耳にも届き、領主様もおしかりを受けたと聞いています。それに正式なけいしょうしゃとなれば、一族のほまれ。先のロシーニア様とのしんぱんはもちろん、今もすいせんされないなどとは考えられません」

「何か理由がありそうだな。だが、もし祖の魂をけいしょう出来ているとすれば心強い力なのはちがいない」



 めい簿に素っ気なく記されている記録からは、名前以上のことは読み取れない。



「クリモアでもかなりのへきの小さな子樹の一族だな。確か樹前しんぱんではどちらにもくみしていなかったはずだ」



 うっそりと記録の向こうにたたずなぞの姿はぼうようとしてまるで見えない。


 だが、それだけにきょうれつにシズクは興味をかずにはいられなかった。



「だったらさ。実際に会ってみればいいんじゃないか?」

「会うと気軽に言うがな。もしめいを被ったなら、しょうかんしても応じないだろう。こちらから出向くしか……シズク。まさか、お前?」



 そこまで言ってセレスティーナはシズクのもう一つの目的に気がついたのか、軽くわきばらいてにらみつけた。



「いや、まあ、そこはほら」

「遊びに行くんじゃないんだぞ。本当にもう……」



 真面目なのかじゃれているのか。バツの悪そうな顔を作るシズクにねてセレスティーナをながめながらカミラが1つ提案する。



「遊びに行くのでは無い、というのでしたらシズク様。キーヴァとエイリンをお連れください。道中、少しで良いのでけいをつけていただけると助かります」

「そうれはいいな。シズクもそろそろ教える方に回って学んだ方がいいぞ。私の苦労がよくわかるだろうしな!」

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