第12話 隠された騎士(1)

 

 その村は幼樹のふもとに広がる森の中にひっそりともれるようにたたずんでいた。

 

 クリモアの世界樹から直線きょでおよそ数千km。

 トゥーンの馬鹿げたスケール感であっても、やはりこれだけはなれるとへきとか田舎いなかという感覚になるらしい。

 さすがにこれだけのきょともなると、《竜骸ドラガクロム》であってもひとっ飛びというわけにはいかない。

 

 ようやく目的地の幼樹が見えてきたのは、夜まであと数刻という地球の感覚でいうところの夕方も近くになってからのことだった。


 

「朝からずっと飛びっぱなしで、やっととうちゃくか」


 

広大なトゥーンでは世界樹と世界樹を結ぶ、ワープゲートとも言うべき樹門による移動が確立されている。

 

 この樹門を経由することで数千km数万kmはなれた場所で会っても、短時間で行き来することが可能になっていた。

 

 ただし、こういった樹門がない場所へは自分自身で移動するしか方法がない。

 

 まさに今がそうで、きゅうけいはさんではいるもののほぼ丸一日|竜骸《ドラガクロム》での移動というのはなかなかつかれがまる。

 ましてや乗ると言うよりも着るに近い《竜骸ドラガクロム》の場合、《アジュールダイバー》とちがいオートパイロットに任せることも出来ないのでなおさらだ。


 思わずため息の1つも出るというものだった。

 

『無事にとうちゃくで、一安心というところだな』

「キーヴァとエイリンのおかげだな」

『まったくだ。さすがに自分の領地で迷子になったなどとみっともないにもほどがあるからな』

 

 セレスティーナも幼樹のこずえが見えてホッとしたのか、ようやくきんちょう感のほぐれた声を出した。

 

 トゥーンの大地はとにかく、とくちょうらしいとくちょうが無い。

 

 山もなければ谷もなく、海さえも見当たらない。広大な大地をいくすじもの大河がうねっており、山もなく谷もないどこまでもへいたんな森と草原がひたすら続いている。

 おまけに太陽も動かず星も見えない。方向をつかむ手がかりは、きょだいとうのように空にんでいるはる彼方かなたの地面の続きぐらいのものだ。

 

 こんな有り様なので、ちょっと方角がズレただけでも簡単に自分の位置を見失いかねない。

 道案内さまさまと言ったところだった。


 

『おやすいご用なのです!』

『……キーヴァは何度か方角を見失っていたではありませんか』


 

 いつものように明るいキーヴァの声にこれまたおみのみをエイリンが入れる。

 

 くだんはどうやらキーヴァとエイリンのとおえんにあたるらしく、今回もまた2人そろってガイド役ということでシズクとセレスティーナに同行していた。


 

『結果オーライなのです! と異世界人のお姉さんが言っていたのです!』


 

 すっかりサクヤと仲良くなったキーヴァはいろいろと地球の文化について、あれこれと聞きかじっているらしい。

 さすがというべきか、サクヤはサクヤで何かと地球人の対して当たりの強いクリモアでも着々と人脈を築いているようだった。


 

『しかし、実際に来てみたはいいがどうなることか』

「というと?」


 

 めずらしくぼやくように独りごちたセレスティーナの声にシズクはなんとなしをよそおって聞き返した。

 なやんでいるというよりもまどっているというふんが声にこもっている。


 

『ああ。調べても記録には残っていない。母上と父上に聞いてみても、どうにもはぐらかされるだけでらちが明かん。仕方ないから、氏族の主だったものをつかまえて話を聞いても似たり寄ったりだ』

「それはまた、変な感じだな」


 

 何とも歯がゆいセレスティーナの話にシズクも首をかしげた。

 

 シズクの知る限り、トゥーン人は武断的な価値観にかなりかたよっている。

 それはセレスティーナのみならず、トゥーンの共通の思考形態だ。

 よく言えば竹を割ったような性質で、悪く言えばあまり物を考えていない。

 

 つまり、こういった何かをごまかすというのはあまりらしくないといえばらしくない。


 

「秘密にしておかないとマズイとか?」

『だったら、最初から知らぬ存ぜぬで通しそうなものだ。かくしきるわけでもなく、否定するわけでもない。ただ、なんというかそうだな……』


 

 少し考えてからセレスティーナはこう付け加えた。


 

『母上や父上のみならず、そろってどういう態度を取れば良いかわからないという感じだ』

「それじゃあ、俺たちがそのを新しいだんの候補に考えているっていうのは?」

『言えるわけないだろう。これだって、表向きはキーヴァとエイリンの訓練になってるぐらいだからな』


 

 そもそも、セレスティーナとシズクが新しく結成しようとしているだんの存在からしてかなりみょうだ。

 あかあかばねたいこうするという名目はあるものの、そののありようは今までのトゥーンのにはそぐわない。

 そんなだんにスカウトする人材を探しているというだけでも、保守的な人間からはいい目では見られないだろう。

 そして、クリモアが全体的に保守的だというのはシズクに対する態度からもはっきりと見て取れる。

 

 そんなだんに存在そのものがかくされているようなを招くなどと言えば、何がどうなるかわかったものではない。

 

 ヘタをすれば幼樹の村を基点とした本来の任務である変異種の巣を探すことさえも不可能になる公算が高い。

 

 そんなわけでセレスティーナとしても、真っ正面から「これこれこういうわけで、問題があってもいいから強いを探している」とはさすがに言うわけにはいかなかった。

 

 そうほう共におもてには出来ない理由を抱えているわけで、セレスティーナのストレスがまるのも、もっともと言えばもっともな話だった。


 

『結局、わかったのはどうやらこの幼樹の村の出身らしいということと、せいの出らしいということぐらいだ。どうやら、ぐうぜんとしての才能を見いだされたという感じだったらしい。この辺りは2人の方がくわしいはずだが』 


 

 それまでだまって話を聞いていたエイリンがセレスティーナの言葉を裏付けるように会話に加わってくる。


 

『はい。一族のだれかが平民をむかれた、という話は聞いたことがあります。物好きなことだと、一族の集まりで大人たちが笑っていましたから。ただ、具体的にどの家のだれむかれたかまでは。いずれ、従士を終えて見習いになる時におぐらいはされるだろうと思っていたのですが』


 

 トゥーンのは十歳前後で、一族のの元で従士としていを覚えることから始まる。通常は2年ほどで従士を終えて、見習いとして認められる。

 

 見習いになってしばらくは同年代の仲間と共に訓練を行い、最後の仕上げとして受け入れ候補の部隊に配属されて数年の後に従としてようやくの仲間入りを果たすことになる。

 

 エイリンはこのどこかで顔を合わせることもあるだろうと思っていたらしい。


 

「キーヴァも似たような感じか?」

『そうなのです。あとは平民なのに祖の魂に認められたとかいううわさぐらいなのです。そもそも平民が祖の魂に認められるなどということがあるものかと姉さまがあきれておこりまくっていたので、これはよく覚えているのです』


 

 纏めると、どうやら平民が才能をまれて見習いとして特別に認められ、のみならずセレスティーナがけいしょうしたように祖の魂とのゆうごう候補にまでのぼめたらしいということのようだった。

 

 そして、そのどこかで問題が起こったという感じらしい。


 

「だとすると、なんとなく歯切れが悪い理由もわかる気がするな」

『とういうと?』

「要するに最初から、平民なんだからとしてあつかいたくなかったんじゃないかってことさ。だから、そもそも事件を無かったことにしたいって感じでさ」


 

 要するにセレスティーナの両親をふくめた、貴族層は最初からこの平民出身のとは認めたくなかったということだろう。


 

『そういう考え方もあるか……』


 

 だが、セレスティーナはシズクの考え方はあまりピンと来なかったらしい。

「セレスはそうは考えない?」


 

『まあ、そうだな。平民だからかろんじるということはあるだろう。ただ、そこまでしてかくすほどのことかというとな……さすがにそちらの方が不自然だろう』

「そうなのか?」

『ああ。むしろ平民だからめいな行いに至ったと堂々と記録しそうなものだし、めい簿に名前が残っているにもかかわらずあしあとがどこにもないというのもよくわからん』

「実際に会ってみないと、何もわからないか」

『そういうことだ』


 

 はなんでいるうちに気がつけば、もう村の家々の形がはっきりと見えるきょになっていた。よく見れば子供たちや大人たちがおどろいたようにこちらを指さしたり、どこかへと走っていくのも見えている。


 

「なんか、おおさわぎになってないか?」


 

 シズクの想像では、割としゅくしゅくむかえられていんぎんあいさつをされるぐらいだろうと思っていたのだがそんなふんは感じられない。


 

『当然なのです。こんなド田舎いなかにどう見てもつうではない《竜骸ドラガクロム》が2騎もやってくればさわぎにならない方がおかしいのです』

「え? そんなに目立ってる?」


 

 思わず、自分の身体を見下ろすシズクにセレスティーナがあきれかえったような声で答えた。


 

『そんな真っ青な《竜骸ドラガクロム》なんて、シズクぐらいしかまとわないだろう』

『そういうセレスティーナ様の《竜骸ドラガクロム》も目立っていますよ? 純白にシズク様とおそろいの青のライン。どうみても私たちの《竜骸ドラガクロム》とはちがいすぎます』


 

 冷静なエイリンの声に思わずセレスティーナも自身の姿に目をやったのだった。

 

 

 

 

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