第10話 それぞれの思惑

「シズクくんはアレですよね。馬鹿ですよね。空気読めないですよね。脳筋ですよね。なんで、協力を求めに行って、喧嘩してるんですか!?」


 

 樹前審判がシズクの勝利に終わったその夜、おっとり刀で駆けつけてきたサクヤにシズクはこっぴどく叱られていた。

 

 基地ではシズクたちゲーマー部隊のカウンセリングだの死に戻りの際の医療チェックだのを担当したサクヤだったが、異動の後は地球とトゥーンの騎士団との折衝を担当している。

 それと並行してシズクのアバターボディや《竜骸ドラガクロム》のメンテナンスの手配なども担当しているわけではっきり言えば相当、忙しい。

 

 そのせいだろうか、目にはくっきりとクマが浮かび上がりどことなく、くたびれたタヌキを思わせる顔つきになっている。


 

「いや、別に俺から喧嘩したわけじゃ……」

「喧嘩を買ったのだから、同じなのです。喧嘩両成敗って言葉、シズクくんの国の言葉ですよね? ちゃんと勉強してました? もしもーし、入ってますかー?」


 

 コンコンと頭をノックされれば、さすがにムカっとくる。が、それもサクヤの表情を見ればすぐに引っ込んでしまう。

 いつもどこかおっとりとして人を喰ったようなところのあるサクヤだが、今回ばかりは割と本気でキレていた。


 

「とにかくですね。今回はたまたま、良い方向に転がったから良かったようなものですが、次からは絶対に買わないでくださいよ。良いですね? 解りましたね? 手の平に忘れないように書いておいた方がいいですか? 消えないように彫っちゃいましょうか?」

「わかりましたって。反省してます!」


 

 思わず日本式にパシッと手のひらを打ち合わせて拝み始めるシズクをサクヤはぬたーっとした顔つきで見つめると、ややあって大きく息を吐いた。


 

「本当に頼むのですよ。ゲームみたいにとりあえずドンパチしてればいいわけではないのです。そろそろ立場というものを理解して欲しいのですよ」

「立場、ですか」


 

 立場なのですよ、と繰り返すサクヤの言葉に今の自分を省みる。

 正直に言って、何がどう変わったのか実感はまるでない。

 確かにトゥーン人の知り合いは徐々に増えてはいるが、それもセレスティーナのおまけで会う機会が増えているだけだ。

 

 だが、サクヤの考えはシズクほどあっさりとしたものではないようだった。


 

「シズクくんは他のみんなと違って、ちょっと面倒くさいのですよ。言ってみれば二重国籍のような感じなのです。地球とトゥーンのどっちにも権利がありますが、どっちの義務も負っているのです。今回みたいなことが起こってですね、マズイ方に話が転ぶと地球とトゥーンのどっちの法の対象になるかだとか、そういうのがすっごいヤヤコシイのです」

「そういうものですか」

「そういうものなのです。というわけで、今後は何かやらかす時は前もって相談して欲しいのです。それで、ですね。見つかりそうなのですか?」


 

 お説教タイムはとりあえず終了という感じで話を切り替えたサクヤにシズクは少し考え込むように首を捻る。


 

「その事だが、サクヤ殿。少しばかり手間取りそうだ」


 

 代わりにそう答えたのは、2人のやり取りを面白そうに眺めていたセレスティーナだった。

 

 実家で少しはくつろいでいるからだろうか。普段の騎士の制服ではなく、珍しく私服姿だ。

 

 とは言っても、そこはセレスティーナなのでいわゆる女の子らしさというものはあまり感じられない。

 深みのあるワインレッドを基調としたパンツスタイルに動きを妨げない程度の薄手のコートのような上着を羽織っている。


 

「と言いますと?」

「騎士の質がな。私がクリモアを出た時とあまり変わっていない。普通のアピスなら問題無いが、変異種やあかあかばね相手となるとどうもな」


 

 セレスティーナの言葉でやっとサクヤの質問の意図に思い当たった。

 

 シズクとセレスティーナの任務は第一にあかあかばねや変異種の巣の探索だが、それと並行して新しい騎士団のための人員も探すという目的もある。

 何しろ、相手が相手なのでそこそこ強いでは不安が残る。

 ここは性格に難があっても、カルディナクラスの戦力が欲しいところだった。

 だが、決闘で戦ってみた限りではそういう強さは感じられなかった。


 

「連携とか、そういうのはさすがに凄かったんだけどな。ただ、なんて言うか、効率とか相手を見て動きを変えるとか、そういうのはあんまり感じなかったな」


 

 例えば、変異種の群れと実際に戦った3・3などの場合はヨシュアとアリアナの指揮能力がずば抜けていることもあり、1人1人の戦闘能力はさほど高くなくとも怖ろしく柔軟性が高く効率が良い。

 

 そういう臨機応変さというものは実際に戦ってみても、あまり感じられなかった。

 

 逆に連携の練度というのは驚かされた。

 1人を崩しても、すぐにその穴を埋めてくる。常に複数の騎士が共に行動して、誰も孤立することがない。

 おかげでかえってやりやすい一面もあったわけだが。

 言ってみれば、1つか2つのルーチンを極限まで突き詰めたのがクリモアの騎士団なのだろう。


 

戦闘教義ドクトリンの違いですかねえ。まあ、普通のアピスの群れなんて行動パターン決まってるので面制圧をとことん突き詰めた方がよっぽど効率が良いのは確かなのです。所詮、虫なわけですし」

「今の騎士団のあり方が間違っているわけではないからな。やはり騎士の要は連携の力だ。私やシズクのような騎士のあり方は率直に言うと、クリモアの騎士としては邪道だ」


 

 確かに突き抜けた騎士というのは決闘の際には存在しなかった。

 強いて言えば、終盤に出てきた2人の騎士が頭1つ飛び抜けてはいたがその程度だ。

 大将のロシーニアにしても、融合したセレスティーナどころか出会った頃のセレスティーナの足下にも及ばない。


 

「そういえば、妹さんはセレスみたいに融合とか出来ないのか?」

「ん? ああ、ローシャは私のように祖の魂を継承していないからな。代わりにクリモアに代々受け継がれてきた世界樹の守護者としての樹寵クラングラールを継承している」

「へえ。どんなのか聞いてもいいか?」


 

 シズクの言葉にセレスティーナはちらりとサクヤを見てから、軽くうなずいてみせた。


 

「簡単に言うと騎士を指揮するのに向いた樹寵クラングラールだな。指揮下にある騎士たちの見たものや聞いたもの感じたこと、そういったものを共有してさらに制御することが可能だ。使いこなせば、数十の騎士をまるで自分の身体のように指揮することが出来るらしい」

「やたら反応が早いと思ったら、そんなことしてたのか」


 

 どうりでカミラの部隊よりも手強かったわけだ。てっきり練度の違いだとばかり思っていたが、そんなスキルを駆使していたとは。


 

「その共有って、相手が誰でも使えるのか? 例えば、俺とかでも」

樹寵クラングラールを使えるなら、問題無いはずだ。さすがに試したことなどないだろうから、何とも言えないが」


 

 少し考え込んだセレスティーナの言葉に反応したのはサクヤだった。


 

1人管制機ワンマン・コントロールですねー。精鋭を指揮させればスゴイことになりそうなのです」

「ですね」


 

 シズクと融合状態のセレスティーナの2人であればあかあかばねに十分対抗出来ることはわかってきた。

 だが、これがシズクとカルディナだと不安が残る。

 

 その不安とは一言で言うと連携の不足にあった。

 

 反応速度が異常を極めているあかあかばねに対抗するにはよほど息が合っていないと、逆につけ込まれることになりかねない。

 シズクとセレスティーナの2人だからこそ、あかあかばねに付けいる隙を与えずに済むのだ。

 

 だが、ロシーニアのスキルがあれば話は別だ。

 

「今後のことを考えれば、ローシャには今のクリモアの騎士で満足してもらいたくはないのだがな。ただ、どうもクリモアに拘りすぎているというか。まあ、私がクリモアの継承権を放棄してしまったせいもあるんだろうが」

「ちゃんと話しておいた方がいいんじゃないか? かなりピリピリしてたというか、思い詰めてるみたいな感じだったし」


 

 実際に面と向かって言葉を交わしたわけではないが、決闘の最後に少しだけ話した感じではかなり切羽詰まっているような雰囲気が感じられた。

 トゥーン人が実年齢に比べて随分と大人びているというのはシズクの実感だが、それを割り引いてもロシーニアは少し背伸びしすぎている気がする。


 

「そうだな。シズクやサクヤ殿という異世界人をクリモアで受け入れるか受け入れないかはともかく、無縁ではいられないのは間違いない。とくにジャーガが積極的なのだから、なおさらだ」


 

 やはり、1度きちんと話をしておくべきだなとセレスティーナは少し気乗りのしない表情で腕を組んだ。


 †


「ロシーニア様、このたびは無念でございました」


 

 クリモアの政事を支える幾人かの重臣たちに傅かれながら、ロシーニアは表情を消したまま黙って首肯した。

 背後に控えているのは同じく、審判でシズクに破れたエマニアとアマーニアの2人だ。

 

 審判に敗れたことは確かに悔しい。

 

 いや、悔しいなどというものではない。味方として馳せ参じてくれた騎士たちの手前、節度をなんとか保つことに辛うじて成功したものの当日の夜は悔しくてろくに眠ることも出来なかった。

 

 だがしかし、それとは別の気持ちも自分の中に戦いの中で芽生えていたことにも気がついていた。


 

「こうなっては異世界人どもが大手を振ってクリモアの地を闊歩するのも時間の問題でしょう。返す返すも残念です」


 

 言葉の端々に非難とも侮りともつかない音が滲む。

 なにしろ30騎がたった1人に敗れたのだ。

 口先だけの継承者かと思われるのも仕方が無いと言えば仕方が無い。


 

「皆の期待に応えることがかないませんでした」


 

 だから、そう言って目を伏せる。そして、間髪入れずに鋭く視線をあげて静かな力を込めて、告げる。


 

「ですが、このまま言いようにクリモアを異世界人たちに荒らさせるつもりはありません。いかな武勇であっても、それを御すれば良いのです」

「と申されますが」

「異世界人がみな騎士であれならば、私の樹寵クラングラールで組み込むことも可能でしょう」 


 

 もちろん、異世界人たちには異世界人たちの指導者がいるだろう。だが、全員がそれに大人しく従っているかというと話は別だ。

 

 実際問題、姉のセレスティーナにくっついているあの異世界人が、何か政治的な意味合いを持って姉と行動を共にしているようにはとても見えない。

 

 姉に引きずり回されているうちにクリモアにまでやってきてしまったという感じだ。

 そして、それを許している異世界人の統治も察しがつく。さほど確固たる結びつきではない。

 

 であれば、割れる。

 

 異世界人達がみな、騎技を持つ騎士かそれに準じるものであるならばロシーニアの継承樹寵クラングラールで束ねることが出来る。

 

 天象網羅ネオンアラファドに組み込めば騎士たちの感情さえも読み取り、時間をかければロシーニアの意に沿うように誘導することさえ可能だ。

 そこから強固な主従関係を構築することは難しくないだろう。たとえ異世界人が相手であっても。


 何よりも、あれだけの力を御するというのは、それだけで心が躍る。

 

 クリモアのために働く異世界人たちによる不死身の騎士団。


 それが手に入れば、姉もクリモアに残ることを否とは言わないだろう。いや、いっそのことクリモアの不死の騎士団を頂点に新たな聖樹騎士団とすることも夢では無い。


 その可能性に気がついたからこそ、審判をあっさりと受け入れてみせたのだ。しおらしく与しやすいと思わせるためには最初が肝心だ。

 

「ジャーガ・フォライスの意向もあります。異世界人たちを退けることよりも、異世界人には異世界人をもって対処すべきでしょう。彼らが割れれば、その欠片を御すれば良いのです。欠片を縛るためのあみは任せましょう。私は欠片を手にすべく動くつもりです」


 

 審判の結果は出た。しかし、その結果をどう解釈するかはこれからだ。


 そう信じるロシーニア自身、自分の心の奥底に別の火が小さく灯ったことには気がついていなかった。

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