第9話 決着


 まるで青い夢の中にいるようだった。

 

 全ての動きが静止する。

 

 ただ1騎の異世界人の《竜骸ドラガクロム》も、かろうじて残っている10騎ほどの味方も。

 そして、自分自身の動きも。

 

 理由は考えるまでも無い。

 

 異世界人のる青い《竜骸ドラガクロム》のけんが、まっすぐにロシーニアの《竜骸ドラガクロム》にきつけられている。

 

 シズクとロシーニアのせんとうはわずか数合であっさりと決着した。

 

 きょうられ、ちゅうけんまわしていたことだけは覚えている。我に返ったのは、そのまわしていたけんはじばされた時のことだ。

 

 高くんだひびきに意識がかくせいする。

 

 ようやくしょうてんのあったひとみに映ったけんさきは、敗北そのものだった。

 

 キチキチキチキチキチキチというそうこうそうこうのこすれる音だけが空にひびいている。

 

 思い出したように天象網羅ネオンアラファドつながっていた、残存のたちからの意識がながんでくる。そこにめられた感情は戦意でもなければ敵意でもなく、きょうですらないあんだった。

 

 だれもが勝敗など気にもとめていない。 

 ただ、終わることだけをかんげいしている。

 

 それに気がついたロシーニアは、ようやく最後のこうげきがいつまでたってもおとずれない理由に気がついた。

 

 決着の条件は、こうふくぜんめつかの2つに1つ。

 

 ロシーニアがとされればこうふく権限を持つ当事者がいなくなってしまうため、最後の1騎まで戦いを続けなくてはならない。

 

 完敗だった。


 

「……満足ですか?」


 

 きっと、応じる声はほこっていることだろう。

 だれが見てもあっとうてきな勝利だ。ほこる権利が異世界人にはある。それを受け入れるだけの意地とぐらいはかろうじて残っている。

 

 だが、異世界人の声はロシーニアの想像とはちがう苦いひびきが混じっていた。


 

「まさか」

「まだ、物足りないと? ならば、私をとして残りのたちと戦えば良いのではありませんか?」


 

 もっとも戦いにはならないだろうが。


 

「いや、そういう意味じゃ無くて」


 

 言っている意味がわからない。この異世界人は何を言わんとしているのだろうか。


 

「では、何がご不満なのですか?」

あかあかばねはこんなもんじゃないよ」


 

 シズクの言葉にロシーニアは思わず耳を疑った。

 

 あかあかばね

 

 クリモアの幼樹の村をおそった、アピスの変異種。

 

 不意を打たれ、多くのせいになった。そのことを軽視するはいない。

 領主である父も母もことを重く見たからこそ、今もたちの部隊を再編成しているのだから。

 

 だが、アピスはアピスだ。

 

 この青い《竜骸ドラガクロム》ほど化物じみているなどと、とても信じられない。

 

 それだけにいらちを感じざるを得ない。なおほこれば良いものを。ばんじんらしく。


 

「ごけんそんですか? そのようなことをせずとも、貴方あなたの武勇は証明されたではありませんか」

「だから、そうじゃないって。今のけっとうみたいに同じ条件で戦ったら、おれじゃあかあかばねには勝てない。げるのも無理だ」

「何を馬鹿な」


 

 勝てないというのはともかく、げることも出来ない? ありえない。

 そんなロシーニアにんでふくめるようにシズクは話を続けた。


 

「馬鹿な、じゃない。セレスとおれの2人がかりでやっとかくの化物なんだよ。あかあかばねっていうアピスは。こんな戦い方してたんじゃ、勝つどころか守ることも出来ない」


 

 もう一度、馬鹿なと笑い飛ばそうとしたが無理だった。


 

「とにかく、ちゃんとセレスと――姉さんの話を聞いてやってくれよ。君がここのあとぎなんだろ? もし、幼樹の村みたいにあかあかばねの巣がどこかに残ってたら確実にぜんめつだ。まいげんなんかしてる場合じゃない」


 

 その声には勝利の喜びもほこりも何も感じられなかった。ただただ、あせりだけがふくまれている。この異世界人にとっては神聖な樹前しんぱんなど、何の意味も持たないのだ。


 

「異世界人、というのはみな、貴方あなたのようなのですか?」

「え? さ、さあ。どうかな」


 

 けにロシーニアが発した疑問に初めて異世界人の男はまどったように言葉をにごした。

 

 なるほど。こういう部分は自分たちとあまり変わらないらしい。

 

 ロシーニアは少しだけかいな気分を感じながら、敗北を宣言し、樹前しんぱんの終わりを告げた。

 

 終わってみれば、わずか一刻にも満たない戦いだった。



   †


「終わったようですね」

「はい、母上」

「セレス、貴女あなたにはこうなることが最初からわかっていたのですか?」


 

 じゃっかん、青ざめた顔つきでイリスは最初から最後まで動じること無くしんぱんの戦いを見守っていたむすめに目を向けた。

 

 信じられない戦いだった。

 

 30騎以上のたちが、手も無く一方的にたたきのめされたのだ。

 

 しかも、ただの30騎ではない。けいしょう樹寵クラングラール使するロシーニアが指揮する30騎はそこらの30騎とはワケがちがう。

 

 そのせんとう能力は倍の隊と戦っても勝利し得るだろう。

 

 そんな30騎がたった1騎を相手に一方的にじゅうりんされるなど、こうしてみても信じられない。

 

 だが、今となってはセレスティーナは最初からこうなると知っていたのだろう。そうでなければ、しんぱんおのれたましいの一部とも言うべき祖のたましいけるはずがない。

 

 ロシーニアの申し出を受けた時点で、このことは予想してしかるべきだった。


 

「負けるとは思いませんでした」


 

 はたして、セレスティーナの答えは簡潔だった。


 

「それよりも、母上」

「ええ。セレス、貴女あなたが何を言いたいかはわかっているつもりです」


 

むすめの言葉にイリスはもくぜんとうなずいた。

 

 異世界人が信用するにあたいするか。

 それをイリスはシズクがどううかを通して問うつもりだった。


 もしもちゅうしたり、セレスティーナに全ての責任をしつけるようであればとてもではないがきょうとうするにはあたいしない。

 

 もちろん、シズク1人のるまいだけで全ての地球人を判断することなどできはしないが、それでも地球人の常識や道徳的な基準などは見当をつけることが出来る。

 

 その意味ではシズクのいは非の打ち所がなかった。

 

 ただ1人になっても、おくすることなくしんぱんのぞみ、そして見事に勝利してみせたのだ。

 

 それよりも、問題なのはクリモアのの有り様だった。

 

 セレスティーナにてきされるまでもなく、イリスはちゅうからこれがアピスの変異種との戦いのほうであるということに気がついていた。

 

 あっとうてきせんとう能力をほこあかあかばねというアピスの変異種。その強さはカミラの報告であくしていたつもりだった。

 

 しかし、それがまるでけんとうちがいだったことを思い知らされていた。


 

「今のクリモアが悪いとは思いません。ローシャの率いたじゃくであるとも思いません。実際、今までのアピスであればクリモアのの戦い方はかんぺきです。ですが」 

あっとうてきな個にはたいこうできない。今のだんに加えて、新しいだんが必要になる。セレス、クリモアが問われるとはそういうことですね」

あかあかばねの強さはじんじょうではありません。私とシズクの2人でようやく、かくです。あのシズクでもたんではあかあかばねに勝つのは難しい」


 

 イリスの問いに直接答えること無く、セレスティーナは空に目を向けた。

 

 シズク1人でロシーニア率いる30騎が事実上、ぜんめつさせられたのだ。

 

 そのシズクがたんで勝てない敵に直面したとき、クリモアにこうする力は無い。


 

「クリモアは変わる必要がありますね」

「はい」


 

 今まではあえて、中央である聖樹だんや主君筋であるフォライスとはきょをとっていた。

 

 それは再辺境に位置するクリモアの自立性を保つためでもあったし、同時に位階があがれば上がるほどいやおうしにまれざるを得ない政事に関わりたくないためでもあった。

 

 しかし、今後はそうも言っていられないだろう。

 

 セレスティーナがクリモアをはなれることをイリスは反対の立場だったが、結果的には役に立ったということになる。

 

 それにしても、とイリスはあらためてまなむすめに今までとは少しちがう視線を向けた。

 

 よもや、副官とは言えあれほど異性と親しくなりしんらいを寄せるようになろうとは。


 

「ところで、セレス」

「なんでしょうか、母上」

「後ほど、ゆっくりとあの異世界人のについての話を聞かせて下さい。どういうけいであれほどなったのか。母として興味がありますからね」

「シズクのことをですか? 構いませんが、聞かせるほどの話があるわけでは」


 

 イリスの言葉の意図を理解出来ないのか、少しキョトンとしたむすめの様子に顔には出さず心の中でせいだいにため息をつく。

 

 これは少しばかり背中をさないとそうだ。


 率直に言って、ロシーニアの方がよっぽどマシだ。ロシーニアよりも年上なのにこれとは我が娘ながら、少し不安になってくる。

 

 とはいえ、時間の問題ろうとも思うが。

 

 いずれにせよ、クリモアもむすめも、大きく変わるだろう。

 セレスティーナだけではない。ロシーニアも今までと同じではいられないに違いない。

 

 たった1人のほうから来たシズクというによって。

 

 

 

 

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