第8話 未知の幻影


「やっと、良い感じになってきたかな」


 

 自分以外は全て敵、というじょうきょうの場合は乱戦になった方がはるかにやりやすい。


 敵騎士の《竜骸ドラガクロム》の背後に張り付くように追随飛行しながら、シズクは崩れきった編隊をさらに突き崩しにかかっていた。


 しゃへい物の無い空とは言え、こうしてやればたがいの存在がじゃになり行動の自由は大きく制限される。


 シズクに攻撃しようにも仲間の《竜骸》が邪魔になる。かと言って、回り込もうとすれば、その隙が致命傷となる。


 包囲して動きを封じ込めようにも、まるで影から影へと渡り歩く亡霊のごとく、次から次へと盾となる味方を取りかえて実体をつかませない。

 

 シズクと相対する騎士たちは、まるで悪い夢の中にいるような悪寒に包まれていた。


 

きょうな! 正々堂々と戦え!』


 

 シズクがたてとしている味方の《竜骸ドラガクロム》にこうげきはばまれ、歯がみしたようにの1人が声を張り上げた。


 

「いや、たった一機をフクロにしようって時点で正々堂々も無いだろ」


 

 しょうしつつ、なんとかまわもうとする別のの進行方向に光学ブラスターを軽くけんせいしゃげきあわててかいに移ったしゅんかんねらつ。

 また一騎の《竜骸ドラガクロム》が戦闘不能に陥った。

 

 シズクはS・A・Sスキル・アシスト・システムによって拡大された知覚でもって、戦場のほぼ全域を把握し、雫PGへとデータを片っ端から送り込んでいた。

 雫PGはその情報をへいれつ処理して、騎士たちの動きを予測しシズクの視界へと投影する。

 

 そうして割り出された行動曲線をもとにけんせいしゃげきなどで行動に干渉することで、シズクは戦況の推移をコントロールすることに成功していた。


 3度にわたあかあかばねとのせんとう経験。そして、セレスティーナや3・3部隊との数え切れない訓練によってシズクはそうした戦い方を学んでいた。

 

 本来はちょうはんのうでほとんどのこうげきかいしてしまうあかあかばねたいこうするための戦法だが、ゆうどうする相手の多い乱戦の方がより効果を発揮しやすい。

 

 時にはたてに時にはわなとして、敵のたちをゆうどうする。

 そして、仕留めるべきタイミングで確実にげきついする。

 

 ロシーニアがその騎技ドラガグラスタでダイレクトに味方のたちをせいぎょするように、シズクもまた間接的に敵のたちの行動をせいぎょしていた。


 

「っと、下じゃなくて上に行けってば」


 

 3騎の《竜骸ドラガクロム》がパワーダイブで降下、そのままシズクの支配空域をのがれようとしているのを視界の端でとらえる。

 

 次のしゅんかん、シズクはほぼかく状態にあった敵の《竜骸ドラガクロム》を下方へとばした。

 

 ようやく悪夢のようなかげからのがれた《竜骸ドラガクロム》が、仲間たちの後を追うように全力で降下。

 

 シズクは逃げるその背中に向けて、しゃげきを開始。

 

 あっという間にせきりょくフィールドがほうげきつい判定と共に《竜骸ドラガクロム》が行動を停止する。

 

 仲間がげきついされるのをたりにしたたちの動きがにぶる。

 自分たちも同じように上からねらたれると感じたのだろう。そのまま下降を中止して、じょうしょうへと転じる。

 

 結果として、せっかくかくとくした運動エネルギーと貴重な時間をに失った3騎の《竜骸ドラガクロム》はシズクのおもわくどおりに戦線に復帰した。

 戦意を喪失しつつあるのか、その動きは鈍い。

 せっかくなので、シズクはその3騎を失ったたての代わりに使うことに決めた。


 少しはなれた場所を目指してじょうしょうを続ける《竜骸ドラガクロム》の上から一気に3騎の編隊フォーメーションの真ん中にみ、そのうちの一騎の背後に張り付く。

 

 残りの2騎がシズクにこうげきしようにも、張り付かれた仲間がじゃこうげきすることが出来ない。

 

 さて、と一息ついたところでシズクは直上からこれまでの敵とは動きのまるでちがう2騎の《竜骸ドラガクロム》が近づいてくることに気がついた。


 

「いよいよ、おくを出してきたかな」


 

 かなりのれだ。それは動きを見ればわかる。

  たがいの技量をくしての空中格闘戦ドッグファイトりょくを感じで無いもなかったが、まだまだ敵の残りは多い。

 

 あまり時間をかけたくはない。

 

 シズクは新たな2騎をむかつべく、3騎の《竜骸ドラガクロム》をゆうどうしやすいようにさらに圧力を強めていった。


 †


「すべて見えているというのにっ」


 

 エマニアは最も理にかなった機動が他ならぬシズクに利するこうになっている、という事実にいらちをかくせないでいた。

 

 ロシーニアの樹寵クラングラールによって、エマニアはもちろんのことしんぱんに参加している《竜骸ドラガクロム》の全てはそうたがいの情報を共有している。

 

 いかにシズクがたくみな機動でもって、仲間のたちのかげかくれようとも完全に見えなくなるわけでは無い。

 

 にも関わらず、後から参戦したエマニアもアマーニアも有効なこうげきを加えることが出来ずにいた。

 

 ふたならではのれんけいを得意とするエマニアとアマーニアの交差こうげきがことごとくかわされていく。もっと有利な位置にせんしようにも、その空域は仲間のがすでにじんっているということがいくとなくかえされていた。

 

 むをえず、次善のポジションに移動してもすでにせんきょうは変化しており役には立たない。そうこうしているうちに体制を整えてえんにきた別の小隊が、逆に一騎また一騎ととされていく。

 味方が奮闘すればするほど、状況は悪くなる一方だった。 

 

 仲間のたちも決して足を引っ張っているわけではない。

 

 彼女たちにも共有されたせんきょうは見えており、それにもとづいて彼女たちなりのベターな行動を取っている。

 問題はそのベターな行動こそがたくみにゆうどうされた結果でしかないということだった。


 

(あの異世界人はどこまで見えているというの……?)


 

 せんきょうが見えているというレベルでは無い。

 

 それぞれのたちがどう動けるのか。

 その動きによってせんきょうがどう変化し、どう変化させれば有利になるのか。

 一見して何も無い場所へのしゃげきが、せんきょう全体にどうえいきょうおよぼすのか。

 

 それらを全て把握して、戦いを進めているようにさえ思えた。

 

 動けば動くほど、逆に出来ることが制限されていく。

 まるで自分があやつにんぎょうの糸につながれていくようなきょう感がエマニアをおそっていた。


 

『エマニア! 乱戦ではこっちが不利だ! 動けば動くほど、不利になる! 1度、だつして体制を立て直そう!』

「わかった!」


 

アマーニエも同じ事を感じ取っていたのだろう。

 

 2人の参戦により体制を整え直した味方が増えれば増えるほど、皮肉なことにシズクのごまが増えていく。

 今やロシーニアの指示さえもシズクの手の内にあった。

 

 1度高高度へのがれて距離をとり、そこからの急降下によるいちげきだつ

 これをアマーニアとこうかえすことでシズクの支配領域からのがれながらこうげきを加えるぐらいしか有効な手が思い浮かばない。

 

 だが、そう考えることさえもシズクの手の内だったのか。

 

 アマーニエが乱戦からきょを取るべく身をひるがえしたしゅんかん、まるでそれを待っていたかのようにシズクの《竜骸ドラガクロム》が動きを変えた。

 

 真っ青な異形の《竜骸ドラガクロム》が一気に加速して、アマーニエの《竜骸ドラガクロム》へとんでいく。

 

 だつに気を取られていたアマーニアがあわててげいげき態勢を取るが間に合わない。

 

 異世界の《竜骸ドラガクロム》をとりまくゆうそうこうが、きしみながら不気味なノイズを発する。

 

 キチキチキチキチキチキチというかく音のようなノイズをまき散らす青い《竜骸ドラガクロム》は、エマニアの知らない未知のアピスのようだった。


 

『ば、化物が! らえ!』


 

 必死の形相のアマーニエがろしたけんをあっさりと回避。

 しゅんかん移動のようなばやさで、アマーニエの《竜骸ドラガクロム》の背後を奪う。

 

 アマーニエがりほどくように《竜骸ドラガクロム》をかせるが、すでにそこに青い《竜骸ドラガクロム》の姿は無い。

 

 共有された情報により、アマーニエが自身の死角となっている頭上をあおいだしゅんかん、光の雨が降り注いだ。

 

 たきのように光のつぶがアマーニエの《竜骸ドラガクロム》をつつむ。

 視界の隅に映し出されていたアマーニエの《竜骸ドラガクロム》のせきりょくフィールドがいっしゅんで消失。

 

 そのままこうだんはじかれながら雲の下へと消えていく。

 

 かろうじて地面にげきとつする寸前で《竜骸ドラガクロム》の自律せいぎょによりなんちゃくりくするのをかくにんし、エマニアは思わずあんの吐息をらした。

 

 そして、そんなエマニアのいっしゅんの気のゆるみをシズクはのがさなかった。


 

「いない!?」


 

 気を取り直して周囲をかくにんしても、青い《竜骸ドラガクロム》の姿がどこにもない。

 

 周囲の仲間も見失ったのか、共有されている視覚のどこにも青い《竜骸ドラガクロム》の姿が無い。

 

 だが、確実に近くに存在する。

 そのしょうに、あのみみざわりな音が聞こえてくる。

 

 キチキチキチキチキチキチという、不気味な音が。

 

 ふと、アピスの変異種と戦いただ1人生き残った、カミラというの言葉がのうかんだ。

 

あかあかばねが顎を鳴らす音は今でも夢に見ます)

 

 その音とはきっと、この音に似ているにちがいない。

 

 キチキチキチキチキチキチというわらい声にも似た音を聞きながら、エマニアは自身の《竜骸ドラガクロム》のフィールドがそうしつしていくのをなすすべも無く感じていた。

 

 †

 

 こんなじょうきょうはまるで予測出来なかった。

 

 ロシーニアはただ1人、安全な場所から味方のたちがなすすべも無くとされていくのを見守りながら、呆然とそんなことを考えていた。

 

 3個小隊15騎の編隊でもって、シズクを左右からゆっくりとあっぱくする。

 それが当初の作戦だった。

 

 当然ながら、シズクは左右のどちらかの編隊をむかたざるを得ない。

 

 だが、何しろ15騎が相手だ。

 

 その時点で決着がつくか、そうでなくとも手間取っているうちに残った編隊にはさちにされる。あとはにぎんだ手でもってすりつぶすように、包囲してたたきのめす。

 

 セレスティーナのお気に入りがいかに武勇にすぐれていようとも、完全に同期しロシーニアの支配下にある30騎の《竜骸ドラガクロム》にはこうするべくもないだろう――。

 

そう信じていた。

 

 しかし、そのあるべき未来図はどこにも存在しなかった。

 

 支配下の《竜骸ドラガクロム》の情報や騎技ドラガグラスタを共有し、必要とあらばの感情や感覚さえもロシーニアの意思でもって上書きすることを可能とするけいしょう樹寵クラングラール天象網羅ネオンアラファド

 

支配下のたちの騎技ドラガグラスタや知覚はもちろんのこと、感情やこうよう感までを共有させる究極とも言える管制指揮能力。

 

 この樹寵クラングラールがある限り、ロシーニアの指揮するたちはまるで1つの生き物のように戦うことさえ可能となる。

 

 伝説にある、百目百うでの神秘のきょじん。それこそがロシーニアの理想とする戦いの形だった。

 

 だが、そのきょじんは見るもざんに引きちぎられもんの声をあげていた。

 

 十数騎のたちが感じている、きょうばくだいなデータと共にせてくる。

 

 単純なきょう、未知へのきょうはじへのきょう

 あらゆるおそれの形がロシーニアにみ、ロシーニアのしんしょくしていく。


 自分が自分でなくなっていくかのような感覚に歯をふるわせ、それでも戦場をにらみつける。

 

 きょうこうようえ、たちをしなくては。

 それこそがこの樹寵クラングラールけいしょうしゃに求められる資格なのだから。

 

 だが、そのきょうを上回る説得力や安心感をおくもうにも、経験の浅いロシーニアにはその術がなかった。


 何をもって恐怖を克服すべきか、それがわからない。

 

 きょうにとらわれているに見えているものは、もはや異世界人の《竜骸ドラガクロム》ではない。これまでに出会ったことも無い、何かだった。

 

 〝キチキチキチキチキチキチ〟というかく音にも似たノイズが、たちの意識を支配しりつぶしている。

 

 たのみのつなの2人の護衛がげきついされた時、ついにロシーニアのきょうけっかいした。

 

「お姉様……貴女あなた貴女あなたは一体、《《何》》を連れてきたというのですか!」

 

 もはや決着をつける時だと考えたのだろう。

 

 悪夢のような青い異形の《竜骸ドラガクロム》が一直線にロシーニアへとせまってくる。

 

 見えないきょうおびえながら、ロシーニアは小さな悲鳴をあげた。

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