第7話 問われしもの、問いしもの


「これはしんぱんではありません」

 

はるか眼下にクリモアの世界樹を見下ろしながら、《竜骸ドラガクロム》をまとったロシーニアは静かに配下のたちにそう告げた。

 

 このけっとうのためにロシーニアに助勢を申し出たクリモア氏族に属する一族は26。ロシーニアはそこから総数30名のを招集していた。

 

 を選ぶにあたり、ロシーニアが重視したのは命令に忠実であることだ。往々にして個の力にひいでたは指揮官の判断よりも自身の直感に従うけいこうが強い。

 ロシーニアはそうしたを選ぶことはしなかった。


 結果、個の戦いであれば確かに彼らはセレスティーナには届かないだろう。

 だが、それこそがロシーニアの望む理想の部隊の形だった。

 

 ロシーニアの樹寵クラングラールはセレスティーナと異なり、指揮に特化している。

 

 それはクリモアをかろんじる姉への反発でもあり、同時にじんの数をほこるアピスにたいこうするために築き上げられてきたクリモアの伝統でもあった。

 

 必要なのはかんぺきな指揮であり、それに従うことの出来るたちだ。

 

 助力を申し出た30名のに加えて、ロシーニア自身とその直属の部下2名。

 総数33騎という戦力は祖の魂とゆうごうしたセレスティーナならいざ知らず、異世界人1人に対しては大げさすぎるとさえ言える。

 

 この戦いを見れば、必ずやセレスティーナは自らのあやまちを理解してクリモアの志を思い出すにちがいない。ロシーニアはそう強く確信していた。

 

 音も無くロシーニアの言葉に聞き入るたちの姿に満足しつつ、ロシーニアはさらに言葉を続ける。


 

しんぱんで問われるのは私のめいではありません。クリモアのほこりそのものです。アピスが我らが世界樹をおかす敵であるならば、異世界人はクリモアの伝統と心をくさらせる毒そのものです。このクリモアから毒をはいじょするため、みなの力を貸して下さい」


 

 言葉を切ると待ち構えていたように配下のたちが剣をかかげる。

 

 一糸乱れぬ動きに満足しながら、ロシーニアはゆっくりと息をみ世界樹のけいしょうしゃにのみ許される樹寵クラングラールを発動させた。

 

 目には見えない情報の枝がたちどころにロシーニアと小隊長たちとの間に形成される。さらにその枝は各小隊長を経由し、それぞれの小隊のともリンク。配下の全てのたちの騎技ドラガグラスタじょうきょうがロシーニアを中心として共有化されていく。

 

 継承樹寵クラングラール天象網羅ネオンアラファド

 

 その騎技ドラガグラスタは統制を得意とするロシーニアにさわしく、配下のたちの樹寵クラングラールを全て支配下におき同調させることを可能としていた。


 

『ロシーニア様、全騎整いましてございます。クリモアに異世界人の考えなど不要。そのことを衆目にさらしてご覧にいれましょう』


 

 天象網羅ネオンアラファドを受け入れた各隊の隊長の声がまるで自分のおもいのようにのうひびく。

 天象網羅ネオンアラファドならではの一体感にこうよう感を覚えながら、ロシーニアは剣を天にかかげ、そして力強くろした。


 

「これより、異世界人をたします。全騎、が意に従いなさい!」

 

   †


「いよいよ、ですね」


 

 はる彼方かなたに整然と並ぶ光点を見つめながら、クリモアのいま1人の領主であるイリス・クリモアはじっと空を見つめるむすめに声をかけた。


 

「ええ、母上」


 

 思ったよりもずっと落ち着いているセレスティーナの声にあんしつつも、そっとその表情をぬする。

 

 夫と共にクリモアを支える領主として、樹前しんぱんを宣言したことにこうかいは無い。異世界人の技量をクリモアのみなの前であばすのはけられないことだった。

 ただ、もう1人のむすめであるロシーニアが異世界人と姉であるセレスティーナに対してここまでてきがいしんをむき出しにするとは思わなかった。

 

 かんけいをもって樹前しんぱんからセレスティーナをはいじょするだけではらず、祖の魂をかのじょからうばおうとさえしようとは。さすがに行きすぎだと言わざるを得ない。

 

 さすがに母としても領主としても、それを認めるつもりはない。


 

「セレス……ローシャとのやくじょうのことですが」


 

 だが、セレスティーナはそんなイリスの言葉をさえぎると、静かなみでゆっくりと首をった。


 

「母上。おづかいは無用です」

「セレス。そんなに意地を張らなくても良いのですよ。異世界人ただ1騎で何が出来るというのです。これだけの戦力差。貴方あなたの異世界人が敗北したとしても、めいよごれたりはしないでしょう」


 

セレスティーナのみならず、カミラもまたしんぱんに不参加となっていた。セレスティーナの不参加を受けて、たんでカミラの一族が難色を示したのだ。

 

 いかにシズクに幼樹の村での恩義があるとは言え、それはセレスティーナといううしだてがあってのこと。さすがにシズク1人に味方して、氏族の全てを敵に回すきょうあらがえるものではなかった。

 

 カミラ自身は一族を割ってでもしんぱんに参加しようとしたのだが、他ならぬセレスティーナとシズク自身にさとされ泣く泣く身を引くこととなった。

 

 せめてものつぐないとささやかなこうとして艶やかな長いかみをばっさりと切り落としたカミラは今も無言でセレスティーナに付き従っている。

 

 そんなカミラを安心させるように軽くうなずくと、セレスティーナは改めてイリスに向き直った。 


 

「母上。このしんぱんで問われるのは私やシズクのめいや名声などではないのです」


 

 思いもかけないむすめの言葉にイリスはまじまじとむすめの顔を見つめた。むすめの言っている言葉の意味が読み取れない。


 

「セレス。どういうことですか?」


 

 だが、セレスティーナはそれに答えることは無くあいまいみでもって空を見上げた。


 

「母上。しんぱんが始まります。何が問われるのか、それをどうぞご自分の目でもってご覧下さい」


  †


「異世界人め、勝ち目が無いとさとって心中でもする気か!」


 

 シズクの《竜骸ドラガクロム》をついげきしていた第3小隊の小隊長は、みるみるせまる大地に青ざめながら毒づいた。

 

 ロシーニアの指揮に従い、左右から3個小隊15騎づつではさむ。

 

 それに対してシズクが取る行動はどちらか片方から先にげいげきに入るか、あるいははさちをけるために後方で指揮を取るために待機しているロシーニアにまっすぐにとつにゅうするか。

 そのどちらかのはずだった。

 しかし、シズクはそのどちらも取らずにまっすぐにじょうしょうを開始。

 自然と2つの部隊が合流してついを開始し始めた矢先に、反転して加速降下でおそいかかってくるというものだった。

 

 この行動も予想していないわけではなかったが、可能性は低いと判断されていた。

 

 すれちがいざまに数機はとすことが出来るかも知れないが、その後が続かない。引き起こして、水平飛行に移行したしゅんかんに食いつかれてしまうためだ。

 

 予想通りに3騎があっという間にげきつい判定のこうげきらい戦線をだつする。

 

 その後、残った部隊はシズクの背後からつい。シズクが機動をへんこうするしゅんかんねらっていたが、シズクはそのまま大地にげきとつせんばかりの勢いで降下を続けていた。


 

「……くっ、1人でげきとつしろ!」


 

 もはやここまでと小隊長は《竜骸ドラガクロム》を一気に引き起こしてじょうしょうへと移行。激しい減速Gに歯を食いしばったしゅんかん、耳をつんざく警報に目を見開いた。


 

「なっ!?」


 

 いつ、反転したのか目の前にあおい《竜骸ドラガクロム》がせまる。まるで空そのものが降ってきたかのようなさっかくと共に《竜骸ドラガクロム》からの反応が消失。意識がえる。


 

「これで6機っと!」


 

 急降下からのせきりょくターンで一気に3騎の《竜骸ドラガクロム》をほふったシズクは、意識を失ったを乗せ自律せいぎょで基地へと帰投する《竜骸ドラガクロム》を横目で見送った。

 

 さっしょうモードによるこうげきではあるが、ダメージがまったく無いわけではない。

 いっしゅん前まで戦っていた敵のバイタルデータが正常値であることにホッとしながら、シズクは次のものどんよくに追い求めていた。

 

 何しろ、まだ20騎以上も残っているのだ。先は長い。


 

「それにしても、やっぱりもろいよな。マリア副長なんかは別格だったんだろうけど」


 

 思えばセレスティーナと初めてかたを並べて戦ったのも、今と同じくトゥーンじんとのけっとうだったなとなつかしく思い出す。

 

 すっかりとくわざになったせきりょくターンを初めて使ったのも、だんの副長だったマリアとのけっとうでのことだった。

 

 よくよく考えれば、あの時も今回もセレスティーナがらみでのけっとうだ。どうも、そういうみょういんねんがあるらしい。

 

 バレルロールにも似た螺旋機動のままきゅうじょうしょう。雲をけると、待ち構えていた1個小隊からブラスターのこうだんが降り注ぐ。


 

「っと、せか!」


 

 速度を殺さずに角速度にてんかんして方向をてんかん。急激なシズクの機動についずいできず、結果として明後日の方向に光のだんがんむなしくまれていく。


 

「7機!」

『小隊長!?』


 

 もっとも動きが良くもっとも通信回線の密度の高い《竜骸ドラガクロム》、すなわち小隊のリーダーを真っ先にねらつ。その後、周囲に固まっていた2騎をすれちがいざまにせきりょくブレードでなぎはらう。

 

 これで9機。まだ1/3にも届かない。


 しかし、その9機のうち3機は小隊長がふくまれていた。つまり、半数の小隊は指揮官を喪失していることになる。

 意図的に指揮官機を狙い撃つことで、残った騎士たちは統制された動きが出来なくなるはずだ。


 

「ぼちぼちくずれてくると思うんだけどな」


 

 らした《竜骸ドラガクロム》を無視して、再び雲の中へと降下。しばらく姿をかくしながら次の作戦を練り上げる。


 †


「……信じられん」


 

 ロシーニアのかたわらでちょくえんにあたっていたエマニアは、わずか数度のせっしょくはんかいした部隊をぼうぜんと見つめていた。

 

 騎数こそまだ20騎以上残っているが、小隊長をねらちにされてしまったために集団としての戦力はおおはばにそぎ落とされている。

 

 ロシーニアの樹寵クラングラールを通じて、何が起こったのかは全てあく出来ている。

 

 ロシーニアの指揮とたちの間に発生する、ほんのわずかのけがたい。例えば地面にげきとつするきょうしんだとか、雲海から飛び出してくる際のにん速度の差。

 

 そういった空白のしゅんかんとされている。

 

 まるで最初からそのしゅんかんを知っていたとでもいうように。いや、そのしゅんかんさそまれでもしているかのようだった。


 

『ロシーニア様!?』


 

 エマニアの意識がふたの姉によって、戦場にもどされる。

 

 気がつけばロシーニアのけいしょう樹寵クラングラール天象網羅ネオンアラファドに多大ながかかっていた。

 

 原因は明らかだ。

 

 小隊長を失った隊のせいぎょがそのまま、ロシーニアにのしかかっている。本来ならば小隊長6騎と同調するだけで良かったものが、今や十数騎の《竜骸ドラガクロム》と騎技ドラガグラスタせいぎょする必要があった。

 

 今、せいぎょを失えば小隊長を失った部隊のりつする。


 

『エマニア! 私たちで時間をかせごう!』


 

 同じくロシーニアのちょくえんにあたっていたふたの姉のさけびにエマニアは力強くうなずいた。

 世界樹のけいしょうしゃたるエクルース家の護衛。その実力はクリモアでもくっと言われている。

 今、戦わずしていつ戦うというのか。


 

「ロシーニア様! 私とアマーニアが出ます! その間に部隊の再編を!」


 

 ロシーニアの返事を待たず、エマニアはシズクの待つ雲海へと《竜骸ドラガクロム》を加速させた。

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