第6話 審判の意味


 姉と異世界人がたったの2でもって、〝はぐれ〟の群れの1つをげき退たいした。


 そのしらせを聞いたときから感じていたいやな予感が現実のものとなった。



「10家が態度をひるがえし、しんぱんから手を引く。ちがいはないのですね?」

「はい。それぞれの家長からは、異世界人の武勇は証明された。しんぱんにはおよばないと考えているとのことでございます」

「そうですか。残念です。自らめいを投げ捨てるとは」



平静さをよそおいながら、報告を終えた家令を下がらせる。周囲にだれも家の者がいなくなったのをかくにんしてから、ロシーニアは苦々しい思いをすように大きく息をついた。



「こうなっては、ただ勝つだけでは足りませんね」



 だれに言うともなくつぶやくと、じっと部屋の暗がりに目を向ける。のっそりと姿を見せたのはえだのような中年の男だった。


ノルデン・クリモア・ノルト。


 クリモア貴族ではあるが、もちろんではない。

 トゥーンには異世界人は不要と考えている、クリモアの内政を支える家臣の一人だった。


 クリモアにとっての主君筋であるジャーガ・フォライスに対しても、異世界人との連合だんを設立したという理由でもって批判的な態度をかくそうとはしていない。


 その意味ではロシーニアとは同志とも言える存在だった。



「ノルト卿、貴方あなたねんが的中してしまったようです」

「外れてくれればと思っていたのでございますが。残念です」



 ノルデンはいんぎんに自分の子供と同じとしごろの少女に頭を垂れてみせた。



「不敬を承知で申し上げれば、セレスティーナ様もけいそつとしか申せませぬ。わざわざ異世界人にがらを立てさせるなど。まるで」



 愛人のよう、とはさすがに言えなかったのだろう。だが、ロシーニアはノルデンをとがめる気にはなれなかった。



「ノルト卿。私も同じ気持ちです。これでは異世界人のしんぱんなのか、お姉様のしんぱんなのかわかりません」



じゅぜんしんぱんは味方をいかに集めるか、というところからすでに戦いは始まっている。しかし、このような形で足をすくわれるとは思ってもみなかった。



「どうせ、はぐれアピスげき退たいもお姉様の力でしょう。せめて」



 はんさえ無ければ、という言葉をロシーニアはぐっとんだ。

 はんさえ無ければ、ロシーニアの戦力は50を優にえていた。これならばいかにセレスティーナが強力なであろうが、異世界人をまもりきることは不可能だ。多勢でもってセレスティーナを足止めし、その間にシズクをとす。それがロシーニアの考えだった。


 セレスティーナがふんとうしている間に異世界人がしゅうたいをさらせば、その力の無さは衆目に明らかになる。少なくとも神がかったうわさは消える。


 しかし、半減とはいかぬまでも20以上のはんしたとあっては話は別だ。シズクにげにてっされてしまえば、思わぬ不覚を取りかねない。



「何とかして、あの異世界人だけをしんぱんに引きずり出せれば良いのですが」



 きょくたんな話、それさえ出来れば数十もの味方も不要だとロシーニアは考えていた。

 それだけの数の味方が必要なのは、ひとえに祖の魂をけいしょうしたセレスティーナをおさえる必要があるからだ。



「ロシーニア様はそれをお望みでございますか?」



 そんなロシーニアの様子をうっそりとながめていたノルデンはろうかいみをうかべてみせた。



「であれば、私めにお任せ下さいませ。造作もございません」

「ノルデン、出来るのですか?」

「いかようにも。我々の忠誠は世界樹の統治者とけいしょうしゃの上にございます。セレスティーナ様はけいしょうしゃではございませぬ。それどころか、もはやトゥーンのとさえ認めるのも困難かと。いずれ、異世界人に従いトゥーンに剣を向けぬとも限りませぬ。祖もきっとおなげきでしょう」



その言葉はロシーニアが心のおくそこにしまいんでいた何かに深くさった。

 姉はトゥーンのためにけいしょうけんほうし祖の魂を代わりにけいしょうしたという。

 だが、それがトゥーンのためでなければ祖の魂をけいしょうする必要は無い。


 ロシーニアの思考はもはや、そのことだけを追いかけていた。


   †


 じゅぜんしんぱんそうほうの代表が領主とかいぞえにんの立ち会いの下で、たがいのじんようけっとうの条件を認め合うことで最終的にしょうにんされる。

 このしょうにん式が終われば、あとは実際にゆうを決するだけだ。


 それだけに何かが起こるとしたら、ここだろうなという予想はしていた。


 だが、さすがにしんかいまでも使ってこようとは。

 ロシーニアの様子をうかがいながら、セレスティーナは自分の名前が黒くりつぶされたせいに目を落とした。



「こんな馬鹿な話がありますか!? 貴方あなたたちはそれでも、かいえと言えるのですか!」

「お気持ちはお察しいたします。が、しんかいの裁定でございます」



 いきどおるカミラの声に初老の男がいんぎんに頭を下げる。



「ロシーニア様がエクルースの家長である以上、セレスティーナ様はロシーニア様と

シズク様のしんぱんにおいて中立を求められます。どちらにお味方することも認められません」

「しかし、当初よりセレスティーナおじょうさまかれの味方であると公言していたではありませんか! なぜ、今になって!」

しんに時間がかかったことはおび申し上げます」



 それでも意見をひるがえそうとはせずに男は再び頭を下げた。

 しんかいが問題としたのはセレスティーナがしんぱんの当事者であるシズクとロシーニアの両方に深く関わりすぎているということだった。


 じゅぜんしんぱんは個人の正義を問う場であると同時に、それぞれのじんけつけた一族のめいをかける戦いでもある。


 セレスティーナがロシーニアの実姉である以上、本来ならばロシーニアの味方となるのは常識でさえあった。


 しかしながら、セレスティーナは最初からシズクの味方であることを公言していた。これを認めてしまっては今後のしんぱんにおいて一族が割れることが常態化しかねない。


 かと言って、ロシーニアに味方しろと強制するわけにもいかない。

 結局、中立としてぼうかんすべしというのがしんかいの出した結論だった。



「しかし、セレスティーナは今は一族からはなれているのではないか? そもそも、このしんぱんは異世界人であるシズクと聖樹であるセレスティーナに対していどまれたものだと我らは理解していたのだが」



 まさかここまでこじれるとは思わなかったのだろう。見かねて口を出した領主である父の声はさすがに苦々しい。


 だが、その領主の言葉はあっさりときょぜつされた。



「クリモアの領主であられる、デュル・クリモアのご意見は尊重いたします。ですが、このしんぱんの当事者がセレスティーナ様とロシーニア様であると仮定すれば、同族のしんぱんとなります。であれば、そもそもしんぱんそのものが成立いたしませぬ」

「それはそうだが……」

「問われているのはシズク様がトゥーンのたり得るか、ということでございましょう。セレスティーナ様のお力ではございません」



 なおも言葉を探そうとする父にセレスティーナはそっと首をって見せた。これ以上、中立であるべき領主が異議をはさめば後のこんとなる。


 いずれにせよ、妹のしゅうねんを見誤ったのが原因なのだ。今は受け入れるしかないだろう。



「ローシャ、これで満足か?」

「いいえ、お姉様。もう一つ、わさねばならない約束事がございます。お姉様は私とけをなさるとおっしゃいました。その事について決めねばなりません」

「ロシーニア!」

「お父様はおひかえ下さい! これは私とお姉様の2人だけの決め事でございます!」



 たまりかねた父としての領主の声を、しかしロシーニアはせまる声でだまらせた。



「お忘れではございませんよね、お姉様」

「もちろん、忘れてなどいない。何が望みだ、ローシャ?」

「祖の魂のけいしょうけんを。お姉様がクリモアをかろんじるようになったのも、祖の魂を得たことが原因でしょう。であれば、そのこんを断ってさしあげます」



 ロシーニアの言葉にだれも反応出来なかった。ちんもくが支配する中、ロシーニアはうっそりとしたくらみを姉に向け、さらに言葉を続けた。



「それがおいやならば、クリモアにおもどりください。その異世界人がクリモアから立ち去れば、じゅぜんしんぱんの必要もございません。お姉様もその男もはじさらさずに丸く収まります。私はどちらでも構いません」

「それが望みか、ローシャ」

「はい、お姉様」

「わかった――シズク」

「ん」


 それまで成り行きをだまって見守っていたシズクにセレスティーナがちらりと目を向けた。短い言葉と同時にかたにシズクの手のひらを感じる。


 それをわかあいさつとみたのかロシーニアはさらにみを深くした。



「お姉様、おわかりいただけましたか」

「ああ。よくわかった、ロシーニア。受けて立ってやろう。シズクが負ければ祖の魂はお前にゆずってやろう!」



 高らかに宣言しながら、かたに乗せられたシズクの手を強くにぎり返す。その熱に背中をされるようにセレスティーナはどうもうみをかべて見せた。



「シズク、世間知らずの妹だが1つよろしくたのむ。あかあかはねがどれほどのものか、やはり口ではく伝わりそうにない。本当なら私自らロシーニアにたたきみたかったのだが」

「セレスほどやさしくする自信はちょっと無いけどな」



 シズクの言葉の意味が理解できない、というようにかいぞえにんの男はシズクの顔をまじまじとながめた。



「その、シズク様はじょうきょうをご理解出来ていないようにお見受けしますが。たしかにロシーニア様のじんえいは当初より減ってございます。が、それでも総数33。セレスティーナ様がいたとしても」

「いたら、30人ぐらいじゃ話にならないと思いますよ? セレス1人でその3倍ぐらいはいないと」

「ずいぶんとセレスティーナ様を評価されておられるますが……そのいっとうせんのセレスティーナ様はおられないのですぞ? 問われているのはシズク様のお力でございます」



 やはりこの異世界人は理解していない。そう言いたげなかいぞえにんの男にシズクは軽くかたをすくめてみせた。



「いやまあ、確かにセレスにはかなわないんですけどね。そうだな、セレスの半分ぐらいかな」



 シズクの言わんとすることをようやく理解したのか、ロシーニアのひとみが青白くらめいた。



「そのたいげんそう、忘れたとは言わせませんよ」

「そっちこそ、ちゃんと負けた時のことを考えておいた方がいいんじゃないか? 何をけてるか知らないけど――何をけたんだ?」

「そういえば、そうだな。まあ、シズクが勝つまでには考えておくから心配するな」

 

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