第5話 その騎士の価値
「たしかにお嬢様からは、シズク殿の技量は以前とは比べものにならぬと聞いていましたが」
カミラは次々と灰色の光点に変化する部下たちの《
「よもや、これほど圧倒的とは」
〝決闘の作法を知らないシズクに胸を貸してやってくれ〟と頼まれての模擬戦ではあったが、胸を貸したのは果たしてどちらか。
少なくとも自分たちではないな、と認めざるを得ない。
戦力差は実に1対17。
もちろん、シズクが1だ。
赤目赤翅の襲来によって危機感を感じたセレスティーナの両親は、クリモアとアピスの領域が接する境界線上の世界樹の子樹や幼樹の防衛戦力の増強を決意していた。
今回、シズクとの模擬戦に投入したのはそうした再編中の部隊の1つだ。それに今や見習いを卒業し、カミラ直属の部下となっているキーヴァとエイリンの2名を加えた17騎。
それをそのまま、シズクにぶつけていた。
いかに再編のために訓練中の部隊とは言え、その練度は決して低いわけではない。
見習いから正式な従騎士に昇格したばかりのキーヴァやエイリンはいざ知らず、他の騎士たちはカミラが目をつけて集めてきた相応の騎士たちだ。
にも関わらず、まるで勝負になっていない。
たしかに共に
しかし、それはあくまでも1対1での戦いにおいての話だ。多対一でここまで遊ばれるとは思いもしなかった。
『ま、また消えた!?』
『消えてないのです! 下なのです、違う上なのです!』
晴れて見習いから無事に従騎士となり、カミラの配下に再配属されたキーヴァが必死に自分の隊の小隊長の援護に回る。
が、あっさりと小隊長を示すマークが灰色へと転じた。
判定は撃墜。生死不明。
『小隊長さん!? もー怒っ――』
キーヴァの声が不自然に途切れる。そして、そのまま同じくグレイアウト。
これで残数は2。
もはやこれ以上の交戦は無意味だろう。訓練にも何もなりはしない。
カミラは動揺を押し殺しながら、なるたけ冷静な声で模擬戦の終了を決意した。
「こちらカミラ。模擬戦を終了します。各小隊は合流して待機。追って指示を伝えます」
『カミラ隊長! まだ、私は!』
「悔しい気持ちはわかります。が、もはや集団戦という状況ではありません。わかりますね?」
『……了解いたしました』
辛うじて生き残っていたエイリンが無念の声をあげるも、カミラの声であっさりと引き下がる。
このまま続けても、シズクにとても
灰色になった光点が色を取り戻して、集結を開始する。
次の模擬戦はカミラ自身も参加するべきだろう。
そんなことを考えながら次の作戦を練っていると、真白な《
トゥーンの一般的な《
シズクと同郷の異世界人達の技術で新しく開発されたばかりの外部強化システム、《アジュールフレーム》だ。
無数のパーツ1つ1つに斥力場を発生させるためのフレームが組み込まれており、必要に応じて盾にも剣にも、そして翼にもなるのだという。
異世界人たちが愛用している《アジュールダイバー》とも、カミラたちトゥーン人がずっと親しんできた《
まだまだ試験的なシステムのため、実際に搭載されているのはシズクとセレスティーナの2人の《
やがてはカミラたちトゥーンの騎士も
『カミラ、助かった。私1人ではさすがに数との戦いだけは鍛えようがなくてな。シズクもいい勉強になっただろう。礼を言う』
「何をおっしゃいます。こちらこそ完全に遊ばれてしまいました。それにしても、これほどシズク殿が腕を上げていようとは正直、驚きました」
セレスティーナから決闘相手のロシーニアの陣営は最低でも20騎を越えてくるだろう。そう聞かされた時はさすがに真っ青になったものだが、その心配は杞憂に終わりそうだった。
何しろ、たった一騎で17名の騎士を手玉に取って見せたのだ。
見た目は確かに《
シズクの強さはトゥーンの騎士の物差しで計ることは出来ないだろう。
アピスという圧倒的な数に対して、それよりは少ないもののやはり数で立ち向かい不足を陣で補う。それがトゥーンの騎士の尺度だ。
だが、シズクの強さはその枠に収まらない。
審判ではシズクの陣営として、もちろんセレスティーナも加わることになっている。
祖の
祖の
樹前審判では強さと数を揃える人望が問われる、などと言っても今回ばかりは話が別だ。問われているのはシズクの価値であり、異世界人そのものの存在意義なのだ。
最初から最後まで、シズクにとっては不利な要素しか無い。
審判など言っているが、ここはシズクにとってある種の敵地とさえ言える。
だが、この強さを見せつければ話は別だ。
祖の
だが、セレスティーナはというと、そんなカミラから見て非の打ち所の無いシズクの戦いぶりにまだ満足いかないようだった。
『まだまだ、だな。何度かヒヤリとした場面があった。ずっと私と一緒だったからだろう。集団を相手にした時の優先順位のつけかたがどうにも
たしかにシズクには確実に撃破出来る目標ほど後に回すという癖がある。
それは観戦に徹していたカミラも気がついていた。
騎士団とは真逆の戦い方だ。
騎士団は真っ先に弱い個体を駆逐する。そうして数を減らして、優位に立ってから強力な個体を数ですり
だが、それは決して悪いことでは無い。
常に一定以上の数を確保してから戦う騎士団と少数精鋭で難敵と戦ってきたシズクとの違いが戦い方として顕れているだけだ。
カミラにしても、もし
赤目赤翅に破れたかつての部下がそうだった。
「私からみれば十分だと思うのですが」
『樹前審判はともかく、その後のことを考えるとな。通常のアピスならいざ知らず、
てっきり審判のための訓練だと思っていたカミラは、セレスティーナの言葉に軽く息をのんだ。
セレスティーナの心は常にアピスとの戦いに向けられている。圧倒的な不利な条件で名誉を賭けねばならない樹前審判とはいえ、セレスティーナにとっては内輪もめでしかないらしい。
この2人はいったい、どこまで行こうというのか。
憧憬よりも戦慄に近いものを感じていると、不意にカミラの《
すぐに気持ちを切り替えて、何が起こったのか
『カミラ』
「はい。どうやらかなり大きいアピスの群れが子樹に接近しているようでございます」
単一の群れ、というよりも複数の群れが合流してアピスの領域に近い子樹へと近づいているらしい。詳細は不明だが、数は通常の来襲よりもかなり多い。
ただし、統率はまるで取れていないところから判断するに数だけの烏合の衆なのは確かだ。
「おそらくは〝はぐれ〟でございましょう。ここのところ、何度か似たようなことがございました」
カミラの傷が癒える頃にクリモアの
そのためだろう。
群れの競争に敗北した〝はぐれアピス〟の集団が数カ所で同時に発生し、クリモアへと雪崩れ込んでくるということが何度も起こっていた。
今回、狙われている子樹の守備隊はまだ増強されていないため従来の定数である3個小隊のみ。敗残兵にも等しい〝はぐれ〟に遅れをとるような惰弱な騎士ではないが、〝はぐれ〟の数が数だけに取りこぼすことは十分に考えられた。
苦戦はないだろうが、撃ち漏らしが街に侵入する可能性は無視出来ない。
増援に向かうべきだろう。
幸いにというべきか、訓練のための3個小隊が完全武装で待機状態にある。
そうと決めればカミラの行動は早かった。
すぐに待機している部下達に連絡を飛ばし、セレスティーナに声をかける。
「私たちはただ今より、援護に参ります。お嬢様はシズク殿とお戻り下さいませ」
『カミラさん、それはちょっと水くさいんじゃないかな、と』
2人の話を聞いていたのか、シズクが会話に割り込んできた。
共に難敵に立ち向かった仲だ。知り合ってまだ日も浅いが、何を言いたいかぐらは理解できる。助力を申し出るつもりだろう。
「シズク殿、お気持ちは
だが、すでに連戦かつ多対一の後だ。疲労もあるだろうし、何よりもシズクはクリモアの騎士では無い。正直、2人の力は欲しいが筋が違う。
『カミラ。まあ、そういうな。他ならぬクリモアの子樹とくれば私にとっても他人事ではない』
『それに少しぐらいは俺も良いところ見せておきたいんで。これ以上、決闘の相手が増えられたらさすがに
セレスティーナの言葉に続けて、珍しくシズクが
ここまで気遣われてしまえば、さすがにその好意を無下にするのも気が引ける。
カミラは苦笑しつつ、それでも感謝しながらうなずいてみせた。
「わかりました。それではご助力をお願い致します。が、無理はなさいませぬように。シズク殿も朝からの訓練で疲れも
『了解だ。心配しなくとも手柄を横取りするつもりはない。シズク。時間が惜しい。ダイバーモードで行くぞ』
『了解』
セレスティーナの《
新たに姿となった《
青白い斥力の輝きが放たれてると同時に弾かれたようにセレスティーナの《
上空で同じく姿を変じたシズクの《
カミラが我に返ったのは、いい加減に焦れたキーヴァの声にせっつかれた後のことだった。
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