シーズン3 

異郷の騎士

第1話 騎士の理

 3・3の仲間たちに見送られてから、2週間。


 聖樹だんの本部に出頭したシズクとセレスティーナの2人を待っていたのは思いもかけないしょうしんしらせだった。


 何しろ、じょうしんという形式だけはじゅんしゅしているものの実質的には命令はん

 しかもきょうはく付きというだんとしてもぜんだいもんの横紙破りをやらかしてしまったのだ。


 形だけは成聖樹預かりの特別部隊などと言いつつ、3・3部隊よろしくちょうばつとして死地に追いやられることもありうるとさえかくしていた。


 それだけにそろいの正の正装に身を包んだシズクと共に並んでいても、なおに喜ぶことが出来ないでいる。



「思ったよりも似合うな。そうではないか、セレスティーナ正二位騎士ダーラハータ・ローデン?」



 しかし、シースティカ成聖樹騎士フェーバー・クラン・ローデンはそんなごこの悪そうなセレスティーナの気持ちを知ってか知らずか並ぶ2人を満足そうに見つめていた。


 仮(V)想(R)空間での会議で1度、言葉だけは交わしているものの実際にこうして出会うのは初めてのことだ。

 それはセレスティーナも同じで、自分よりも遙かに上位の存在に対して緊張を隠せないでいる。



「光栄に存じます。しかし、本当によろしいのでしょうか?」

「ん? 何がだ?」

位のはくだつかくしていたのですが」



 シズクと同じく正の正装をまとい、さらに正二位騎士ダーラハータ・ローデンとしてのあかしであるたんけんはいようしたセレスティーナをおうように見つめながらシースティカは軽く笑って見せた。



「何を馬鹿なことを。変異種の群れをわずかな手勢でもってげきめつし、樹下のたみあんせしめ、さらには世界樹のだっかん作戦の成功を導いたのだぞ? 位のはくだつなど、あるわけがなかろうが」

「結果だけを見れば、確かにそうかもしれませぬ。ですが、そこへ至るまでの方策は」

「ま、確かに品の良いやり方では無いな」



 だが、とシースティカは満足げなみにどうもうな色を乗せてセレスティーナをぐににらむ。



だんれいごとなどらぬ。むろん、結果さえ出せば手段は問わぬというわけではない。正式な手段だったと強弁するだけの筋は必要だ。あの筋の通し方はなかなか見事だったぞ?」

「ですが、あれは」

「筋が重要だと言ったではないか? セレスティーナ正二位騎士ダーラハータ・ローデン。そなたの名でもって筋を通した。つまり、そなたはすべきことをしたということだ」



 遠回しに、それこそが重要だったと言われてセレスティーナは不承不承うなずいた。


 だんを率いるとなれば、確かにれいごとだけでは回らない。

 それは理解出来るし許容もするが、自分自身がそれをなっとく出来るかと言えば話は別だ。


 そんなセレスティーナを横目でながめていたシズクはしょうしながら、2人の会話に割って入ることにした。



「ま、いいんじゃないか? それはそれ。これはこれってことで」

「シズク。そう簡単に言うがな」



 じっとりとシズクを見上げるセレスティーナの視線を受け止めながら、シズクはさらに言葉を重ねる。



「そういうなっとくいかないっていう気持ち悪さを、まあばつだと思えばちょうどいいんじゃないかって、俺は思うんだけど」



 理解は出来るがなっとくしがたい、あいまいここ悪さ。

 そういったもろもろのことをめるかどうか。それをセレスティーナはためされている。


 シズクがそれを理解出来たのは、あくまでもトゥーン世界のぼうかんしゃに過ぎないからだ。それがわかるだけに、シズクに出来ることはあまりない。

 あとはセレスティーナのを聞くなり、ストレス発散の訓練につきあうぐらいしかおもかばなかった。


 ただ、そういう外部からの視点はトゥーン人であるシースティカにとってはなかなかおもしろいものだったらしい。


 シズクの言葉を聞くとシースティカははじかれたように笑い出した。



「異世界人というのはおもしろい考え方をするな」

「そうですか?」

「ああ。だが、まあ当たらずとも遠からずというところだ。セレスティーナ正二位騎士ダーラハータ・ローデン。副官の助言に従い、おもなやむのはその辺にしておけ。なやむべきはおのれの心では無い」

「心得ました」



 ようやく気持ちをえることに成功したセレスティーナをながめ、満足したようにうなずくとシースティカはここからが本題だと自身も表情を改めた。



「そなたたちしょうしんさせたのはくんこうもあるが、今後のこともあってのことだ――」



 シースティカはそう告げるとしつしつのデスクに置かれていたベルを軽く鳴らす。

 ガラス細工のようなすずやかな音と共にりんしつとびらが開くと、すっかりごが続いていたサクヤ・モンゴメリ女史が待ってましたとばかりに飛び出してきた。



「お久しぶりなのですよ!」

「サクヤ先生!?」



 てっきり別のトゥーン人が現れると思っていたシズクは虚を突かれた気分で、思いもかけず再開した童顔の女医をマジマジと見つめた。


 チュートリアル講義の他にもあれやこれやと世話になってはいたものの、こうしてじっくりと顔を合わせるのはずいぶんと久し振りだ。



「どうして、こんなところに。基地はいいんですか?」

「人事異動で出向なのですよ! シズクくんがお留守の間に色々と変わってきてるのです」



 どうやら、世界樹奪還に合わせて実験騎士団も基地を移動させることになったらしい。トールやハルクといったかつてのゲーマー仲間たちもトゥーンに馴(な)染(じ)み、サクヤの仕事も一段落というわけのようだった。



「それにしても――」



 相変わらずのなぞのテンションで正装に身を包んだシズクをつまさきから頭のてっぺんまでじっくりとぎんすると、ビシッと親指を立てて満面のがおかべて見せた。



にもしょうとはよく言ったものです。シズクくん、これなら女の子の1人や2人チョロいですよ。女の子のサクヤ先生が言うのだから、ちがいありません!」

「だそうだ。少しかざりすぎたか、セレスティーナ正二位騎士ダーラハータ・ローデン?」

かざりすぎというよりも、不相応というべきでしょう」



どこからかうようなシースティカの声に、セレスティーナは少しムッとした声で答えた。



「ですので、この服がシズクに似合うように私自身で指導するつもりです。サクヤ殿どのもシズクが調子に乗るようなことを言わないでいただけると助かります」

「似合ってないのは認めるけど、別に調子に乗ったりしないって」



 調子に乗ろうにも、そもそもというものがどういうものかさえもわかっていない。むしろ〝どうしてこうなった〟という気分の方が強い。


 だが、セレスティーナとしてはそういうシズクの態度がすきだらけに見えているようだった。



「だから、簡単に似合ってないなどと認めるな。そういうことを軽々しく言うから心構えがなっていないというのだ。正ともなれば取り入ろうとする者も出てくる。油断してからられでもしたら、私が困る」

からられるって、そんな大げさな」

「大げさでは無いから心配しているのではないか」



やれやれと大げさにため息をつきつつも、どこか楽しげなセレスティーナの横顔にイヤなおくが頭をもたげてくる。



「まさかまた特訓?」

「また、ではない。常に、だ。がおだぞがお



 やっぱりかとシズクがゲンナリしていると、みょうに生暖かい感じで2人をながめていたサクヤがわざとらしくせきばらいでんできた。


 すかさずシースティカが話題を転じる。



「まあ、その辺りについては任せる。あとでゆっくりと2人で話し合うがよかろ」

「これは予想以上なのです。サクヤ先生もさすがにちょっとずかしいのです。というわけで、さっさと本題に入るのです。やってられないのです」



 何がどうずかしいのかはともかく、本題に入ることに異存は無い。



「というわけで、こちらをどうぞ」



 そう言ってサクヤが差し出したのは〝世界樹だっかんにおけるもと本方針の提案〟と題したレポートだった。

 いつものようにS・A・Sスキル・アシスト・システムかいした視覚共有を行わないのはシースティカにはいりょしてのことらしい。


 パラパラと中身をななめ読む。


 内容は少し前にじっされた地球とトゥーンによる共同作戦によって得られた知見をもとにした新たな世界樹のだっかんについてだった。



「変異種アピスによって発生した空白地帯を積極的に制圧、ですか?」

「はい。つうしょうあかあかばね〟と呼ばれる変異種が率いる、アピスの変異種の群れを積極的にねらうというのが骨子ですね」

あかあかばねを積極的にたたく、ですか」



 セレスティーナはかえすようにつぶやくと、さっそく疑問を提示した。



「それに異論はありませんが、それがなぜ世界樹だっかんの骨子となるのでしょうか」

「そこが、セレスティーナさんたちの大手がらなのですよ!」



 ばさりと大きな地図を広げるとサクヤは世界樹を中心にえがかれた円を指し示した。世界樹は先の作戦でだっかんされたものらしく、えがかれている地形には見覚えがある。



「当初の想定では中心となる世界樹をだっかんし制圧してから、次の世界樹のだっかんまで半年から1年かかるみでした。ですが! なんと、すでに3本も新たな世界樹の制圧がかんりょうしているのです!」

「理由はわかるか?」

「空巣、ですか?」



 サクヤの言葉を引きとったシースティカにシズクが答える。

 そういえば、確かに周辺の世界樹には居るべきはずのアピスの姿がまったく見当たらなかった。

 おそらくは変異種アピスによって共食いのじきになったのだろうという想像はしていたが、どうやらビンゴだったらしい。



「です。あの変異種アピスは動物のみならずお肉ならばなんでも来いなのです。結果的に周辺のアピスはみんな食べられちゃうんですね。えれば、こっちの仕事を変異種がやってくれているわけです。確かに変異種は危険ですが、全体的ながいを考えれば無数の通常アピスを相手にするよりもむしろ少なくなると考えられます。何よりも時間がおおはばに短縮出来るのです。これは変異種に対して積極的にデータを取得したセレスティーナさんとその部下の方がいなければ出てこなかった答えなのです」



 サクヤはそうめくくると、今度はさらに別の地図を重ねて広げた。



「というわけで、通常の制圧とは別に変異種アピスを探してそこをたたくというのはかなり効果的なのです。ですが……問題はどこに変異種がいるかわかんないってことなんですよね。とりあえず、ねらとしてはトゥーン社会の辺境区域です」



 点在する世界樹をあみの目のようにめぐらせたものがトゥーン社会の全体像となる。

 かつてはそのあみは今よりもずっと大きかったのだが、たびかさなるアピスのしゅうらいによりずいぶんと縮んでしまっていた。


 シズクとセレスティーナが出会った、あの地もそのがいえん部に位置している。地をふくんだがいえん部を守護するジャーガ・フォライスは地球で言うところの辺境へんきょうはくというイメージに近い。


「つまり、そこをていさつしてあかあかばねきょてんを探すと?」



 ようやく得心したセレスティーナにシースティカが重々しくうなずく。



「そういうことだ。ただ、それだけではない。へいこうして、もう一つの任務もすいこうしてもらうことになる」

「と言われますと?」

「変異種アピスは通常のアピスとの戦いとちがい、個と個のぶつかり合いとなることが予測される。つまり、今までのだんのやり方では分が悪い。少数せいえいだんを編成してたいこうしなければがいが増えるだけだ」



 シースティカのねんはもっとだった。


 実際、あかあかばねただ1ぴきにあの幼樹をまもっていただんはほぼぜんめつさせられているのだ。最低でもカルディナぐらいのうでが無いとエサにしかならない。



「辺境はアピスとのせんとうが最も多い激戦区域だ。当然、うでの立つも多い。多少、ごういんでも構わん。使えそうなを見つけてこい。前歴経歴不問だ。人格も問わん」



 一息に言い切るとシースティカはセレスティーナとシズクを見て、人の悪そうなみをかべて見せた。



「そういうゴロつき共を束ねるには前科持ちぐらいのはくがあったほうがいいだろう?」



 シースティカの言葉にようやくセレスティーナもシズクも、なぜ自分たちがめんざいどころかしょうしんまでさせられることになったのか、その本当の理由を理解した。



「き、きったねえ……」



 思わずポロリとシズクからこぼれるが、さすがのセレスティーナも今度ばかりはシズクをたしなめようとはしない。



「言っただろう? だんれいごとはいらん。筋が通っていれば良いと」


 どこか自慢げなシースティカに思わず、シズクとセレスティーナは顔を見合わせたのだった。

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