第2話 任地への帰還 


あかあかばねの巣のたんさく、か」



 シースティカから下された命令を思い出しつつ、軽食を口に運ぶ。

 小麦とは別の穀物の粉で焼かれたトゥーンのパンは味がかなりうすい。

 そのままでは食べ応えがあまりないが、く味付けされたうすり肉をはさむとなかなか悪くない。とくに肉にからめられたソースのこっくり感がたまらない。


 これで肉がカツだったら言うことは無いのにな、とシズクはなつかしのカツサンドを思い出しながら2切れ目に手をばした。

 その瞬間を狙っていたかのように、シズクのとなりからひょいと皿に手がびる。

 あっと思うまもなく、セレスティーナはシズクがひそかにねらっていた得厚のサンドをがっつりとつかむとそのままハムっとほおった。


「ちょ、ねらってたのに」

「早い者勝ちだ。言っておくが、だんの食堂はどこも戦場だからな。ぼやぼやしてると食べたいものは根こそぎうばわれるぞ」



 あの後、シースティカとサクヤからさらにしょうさいな計画を告げられたシズクとセレスティーナはブリーフィングをねたおそめの昼食としゃれんでいた。


 シズクとしては食堂でがっつりと食事を楽しみたかったところだが、残念ながらそれはやんわりとシースティカにきょされた。

 女だらけのだんの中で、ほとんどゆいいつの男のシズクはとにかく目立つ。

 目立つだけならともかく、異世界人を正じょすることに関しては反対意見も少なくない。

 ノンビリと食堂で食事などしていてはさわぎになるのはけられないというわけだった。


 シズクの恨めしそうな視線を尻目にはむはむとサンドイッチをほおると、セレスティーナはトントンとテーブルに広げっぱなしの地図を軽くタップする。

 少しばかり茶目っ気は増えた気がするが、それでも任務のことが頭から少しも離れないのあたり、やはりセレスティーナはセレスティーナだった。


「問題はどこから手をつけるか、だな」

「だな。探すのはいいけど、とっかかりが欲しいよなあ」


 セレスティーナの言葉に諦めて手を引っ込めたシズクが相づちをうつ。


 今のところ、あかあかばねはわずか2例しかかくにんされていない。

 そのためかいまだにだんの上層部ではあかあかばねの存在そのものが半信半疑のままあつかわれているという噂も聞く。


 シズクとセレスティーナを呼び寄せたのはシースティカの完全な独断であり、それだけにこのたんさくの成否が今後に大きくえいきょうするのはけられない。


 今後のためにも何としてでも実績を上げたいところだが、いかんせん手がかりが少なすぎた。


 さて、どうするかと首を捻っているとそれまで2人をジットリとした目でながめていたサクヤがていっと地図の1点を指し示す。


「サクヤさんとしては、やっぱりもくげき現場を調べるのがいいと思うのですよ」

「幼樹の村、か。だが、それならば作戦で制圧した世界樹の方が良くは無いか?」


 現場という言葉にセレスティーナがサクヤに疑問を呈する。サクヤはそんなことはもちろん承知ですと言わんばかりに、幼樹の村を選んだ理由を説明する。


「残念ですが、もう一つのもくげき現場はとっくに制圧が終わっているのですよ。今さら調査に入っても手がかりなんか残ってないのです。消去法なのです」


 サクヤの言うように2度目にあかあかばねそうぐうした世界樹とその近辺は地球人とトゥーン人の連合軍がちゅうとんし、すでに周辺の制圧が進められている。


 当然、てっていてきにアピスの巣は除去されてしまっているので何も残っていないはずだ。


 それに比べると幼樹の村も復興は進んでいるだろうが、何しろ人手が足りていないのでそこまでてっていはされていない。何よりも、幼樹の村の方がアピスのせいりょくけんにより近い。



「それになんと言っても、そこはセレスティーナさんのご実家の領地なのでゆうずうが効くのです。まずはここで成果を上げておけばの領地の調査もスムーズに進むというものなのです」



 いきなり見知らぬ領地に異世界人のシズクとだんの中ではまだまだじゃくはいのセレスティーナがしかけても、十分な協力を得られるかはかなりあやしい。


 そう言われれば確かにその通りという気がする。


 だが、そんなサクヤのアイデアにいつもならば真っ先に食いつくはずのセレスティーナはというと、あまり気乗りしない様子だった。



「ん? セレスは反対?」



 シズクの言葉に少し困ったような顔つきで、コリコリとほおく。



「いや。そういうわけではないのだが、な。ただ、まあ、なんというか――」

だんでやらかしてしまったので、実家のしきが高いというのはわかるのです」

「あ、そういうことか」



 あまりに身近なのでシズク自身はほとんど意識していないが、確かにセレスティーナをふくというのは貴族ばかりだ。

 その中でもセレスティーナはフォライスの領主のしんせきすじとも言える、かなり高位の貴族階級に属している。


 それだけにさぞかし厳格な実家だろうな、というのは何となくシズクにも想像がついた。もっともその想像の源泉はサブカル系のかたよったイメージがほとんどなわけだが。



「いや、別にづいたわけではないぞ?」

「なら、それでいいのです。ちなみに、地球では今のような態度をけつるというのです」



 しれっとした顔でサクヤがつっこみ、むうとセレスティーナが不服そうに口をとがらせる。

 めずらしく防戦一方のセレスティーナがシズクに助けを求めるような視線を向けてくる。

 なんとなくおかしみを感じながら、シズクは助け船代わりに少し気になっていることをサクヤに尋ねることにした。



「まあ、その辺はおいておくとして。俺たちが幼樹の村を調査するのは良いとして、基地とかはどうなるんですか? だんの基地が復旧してても、《アジュールダイバー》の整備なんかは無理でしょう?」



 トゥーン人がだんから活用している《竜骸ドラガクロム》はともかく、《アジュールダイバー》のほとんどは地球の技術と発想によって組み上げられている。

 確かに基幹技術はトゥーンの技術だが、そもそもトゥーンには航空機のようにようりょくを利用して空を飛ぶというがいねんが存在しない。

 ようやく、一部のだんで実験的な導入が始められたばかりのまだまだ導入じょうの技術だ。


 それだけにとてもではないが、つうのトゥーン人にメンテナンス出来るとは思えない。


 そんなシズクのねんはもちろん、とっくに想定されていたらしい。


 サクヤはあっさりとうなずくと、もちろん考えてありますと答えた。



「当面はシズクくんとセレスティーナさんの2人だけですから。地球から整備士を出向させて、現地の技術者に指導をねて整備や補給などは行う予定なのです。もうこっちに来ているので、あとでごしょうかいするのです」

「なら、安心だな」

「その辺りはサクヤさんが仕切っているので、かりはないのです」



 ほっとあんするセレスティーナにサクヤが胸を張ってみせる。



「ただ、再生システムはさすがに簡単には持ち歩けないのでシズクくんの再生システムはだんの本部に設置させてもらうことになるのです。ですので、簡単に死んだりしないでしいのです。まあ、今のところ死亡回数一番少ないのでそんなに心配はしてないのですが」

「もちろん、それはじゅんしゅさせるつもりだ。シズク、そういうことだからな?」



 セレスティーナに念をされるまでもなく、シズクにしても別に死にもどりが好きなわけではない。

 それはシズクに限ったことではないはずだ。

 ゲーマー部隊のだれもが好き好んで死にもどっているわけではない。


 そこまで考えたシズクはふと、トールと最後に会った時のことを思い出した。


 もし、あれからさらに死にもどりを経験しているとするならば、果たして次に会ったときにトールだとすぐにわかるだろうか。

 わかる、と断言する自信はシズクにはなかった。



「サクヤさん。俺が一番死にもどり回数が少ないって言いましたよね」

「です。今のところシズクくんが一番少なくて、次点がレッドくんとアンさんのお2人という感じです」

「その、トールはどうでしょうか?」

「あー。トール君は、その、ワーストなのです。とりあえず、そんなわけで第3小隊は改編になったのです。これ以上はちょっとサクヤさんからは言えないのです」



 言葉をにごすサクヤをみて、シズクはトールがさらに変容を経験しているとさとらざるを得なかった。

 シズクはおくを失うことになったが、トールはどうなのだろうか。外見だけであれば良いのだが。そう思わずにはいられない。



「シズク。あまり考えこむな」

「わかってる」

「まあ、いざとなったら特別に地球にもどすというのも検討されているのです。とりあえず、あちらはあちらでみんながんっていますので、シズクくんも死なない程度にがんるのですよ!」



 少しばかりごういんに話題をえるとサクヤはよっと勢いよく立ち上がった。



「それでは方針も決まったので、サクヤさんは移動の準備だとか報告だとかに行ってくるのです! シズクくんもセレスティーナさんも、移動の準備をお願いするのですよ。今回は樹門を使うので《アジュールダイバー》ではなく《竜骸ドラガクロム》での移動になるのです。アジュールアタッチメントはまとめて別便で移送させるので、よろしくなのです」

りょうかいした。よろしくたのむ」



 うなずくセレスティーナににっこりとほほむとサクヤは思い出したように一言、付け加える。



「ところで、やらかしたむすめさんが男を連れ帰ってもだいじょうなのでしょうか? サクヤさんとしてはちょーっと気になるのですよ」

「……は?」



 思わぬ一言にシズクとセレスティーナの動きが静止する。



「おさん、みたいな? シズクくん、ファイトなのですよ」


 言い返そうにもとっのことなので、何も言葉が出てこない。

 チェシャねこのような人の悪いがおを残し、サクヤは楽しそうに会議室を後にした。 

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