第36話 夜の輪舞曲


「なに? ど、どうしてだ?」


思いがけない宣告に、ろうばいしながらセレスティーナがエイリンに詰め寄る。詰め寄られても困ると言いたげな顔つきでエイリンは理由をシズクにもわかるように説明してくれた。

  

「どうしてと言われましても。何度か踊ったことのある曲ならいざ知らず、初めての曲でペアが雑技イリハグラスタを使えないのであれば、さすがに樹寵クラングラールと言えどもうまくはいきませんよ」

 

 何を当たり前のことを、といった感じのエイリンの言葉にセレスティーナはぐっと言葉を詰まらせる。樹寵きちようあっての自信だっただけに、こうなってしまうと手も足も出ない。

 

「そ、それでは……仕方ないな。私たちはパスだ」

「残念ですが、それは無理だと思うのです!」

 

 エイリンと一緒に踊っていたキーヴァがてんしんらんまんな笑みで、ぐさりとセレスティーナにくぎを刺した。心なしか笑顔というよりはドヤ顔に近いなとシズクが思っていると、ろうばいしたままのセレスティーナが今度はキーヴァに詰め寄っていく。


「ど、どうしてだ? 別に構わないではないか。祭りの余興だろう?」

「みんなの顔を見ればわかるのです。ここで逃げたら……臆病者のらくいんは確定なのです」

 

 じっと期待に満ちた顔がセレスティーナとシズクの2人を取り囲んでいる。確かにキーヴァの言うとおりここで、出来ませんとはとても言えない雰囲気だった。

 

「そうだ。シズクはほら、まだ病み上がりだからな!」

「俺なら大丈夫だぞ?」

「シズク!?」

 

 軽く肩を回しながら、シズクはにんまりとセレスティーナに笑いかけた。

 ことダンスに関してはなかなかひどい目に遭っている。

 ここいらで、少しお返しをしておかないと気が済まない。

 なによりもスキルが万能では無いということをセレスティーナにはきっちりと理解してもらいたいという思いもあった。

 

 なんでもかんでもスキル任せというのは、やはり危うい。

 少しぐらいはスキル無しでも問題無いという意識は必要な気がする。

 

「それとも、やっぱりあれか? スキル無しだと無理か?」

「そ、それは……」

「まあ、樹下の民なら子供でも踊れる簡単な曲みたいだけどな。スキル無しでも」

「……ほう。そこまで言うか」

 

 少し強めにあおってやるとセレスティーナがあっさりと燃え上がった。

 いささかチョロすぎるのでは無いかと思いつつ、さらに燃え上がった炎にまきをくべてやる。

 

「まあ、俺がリードしてやるからさ。心配しなくても――」

「問題無い。エイリン、曲を始めるように言ってくれ」

 

 すっと挑戦的に差し出された手のひらをそっとつまむ。互いにぎこちない一礼を交わすと同時に曲が始まった。

 夜会の時と同じく、まずはシズクからのリードで一歩目を踏み出す。が、案の定というべきかセレスティーナが少し遅れた。

 ある程度のダンスの動きというか基本のようなものはスキルなしでも身体が覚えているようだが、そこから先がどうにもぎこちない。

 

「ほら、落ち着けって」

「落ちついている。

 

 ぎこちなく、足を踏み出しながらステップを刻む。

 夜会の時とは大違いだなと苦笑しつつも、シズクはそのぎこちなさに心地よさを感じていた。

 ふくれっ面のセレスティーナをなだめるようにリードしながら、半周ほど回ったところで少し余裕が出てきたのかセレスティーナが小声でシズクに話しかけてきた。

 

「ところでシズク」

「ん?」

「お前、さっき……カミラに妙なことを言われていた無かったか?」

 

 くるりとシズクの伸ばした腕を中心にしてセレスティーナが軽くターン。

 

「妙なこと?」

「そうだ。ここに残るとか何とか……」

「ああ、そのことか。聞いてたのか?」

「別に盗み聞き……というわけじゃないぞ。ちょっと耳に入っただけだ」

 

 気がつけば2週目も終わり、徐々に輪舞に加わるペアが増えてくる。他のペアとの距離を保って踊るセレスティーナの横顔を炎が照らし出す。

 今さらながらにれいな顔立ちだなとシズクは思った。

 

「それで、どうなんだ?」

「どうとは?」

「シズクは残る気がその……あるのか、ということだ」

 

 揺らめく炎と闇とが交互にセレスティーナの姿を彩っている。その光と影の合間にかいえる彼女からはその内心のおもいはまだくみ取ることが出来ない。

 

「セレスはどう思った?」

「私は……そうだな。お前次第だな」

 

 質問に質問で返すシズクもシズクだが、答えになっていない答えを返すセレスティーナもなかなかのものだった。

 少し憤慨しながら、シズクが付かず離れずの距離を繰り返すセレスティーナを軽くにらむ。

 

「ちょっとズルくないか、それ?」

「そうはいうがな。本心なのだから仕方ない。お前が残りたいと本当に思えなければ、残ってもお前が辛いだけだ……故郷に待っている人がいるのだろう?」

 

 待っている人はともかく、会いたい人……会わなければならない人はいる。

 シズクの名前の本当の持ち主、しずく

 

 彼女にだけは会わねばならない。

 

 だが、そこから先はというとあまり考えてはいなかった。

 そもそも、そんなことを考えなければならないほどのことが起こるなど、まったく考えたことも無かったという方が正しい。

 

「そうだな。待っているかどうかはわからないけど……会わなきゃいけないヤツはいるよ」

「そうか」

 

 それきり、しばらく無言で踊り続ける。

 

 炎に照らし出されたセレスティーナの髪の色は、いつもの濃緑色の暗い色合いでは無く、どこか非現実的な色合いに見えた。

 妖精のえる緑。若葉の色。


 それがセレスティーナの色だ。

 

 1周するごとに新しいペアが輪に加わる。

 

 一見するとシズクたちとあまり変わらない結晶人の男女。

 こちらは一目で違うとわかる樹下の民のペア。

 ペアと言っても男女と決まっているわけではなく、子供などは同性同士というのも珍しくは無い。

 

 その中にはあの2人、ニムとラルキンの姿もあった。

 

 ニムの悲鳴にも似た糾弾の声は今もシズクの中で響いている。

 ふと視線が絡まって、獣人の少女がじっとシズクを見つめている。まだ怒りが冷めないのか、一緒に踊っているラルキンがヒヤヒヤしながらニムの腕をつかんでいた。

 

 何もかもがうまくいったわけではないし、これからもそうだろう。

 それでも、無かったことにした方が良いかと問われれば、不思議と答えは否だった。

 

「……シズク?」

 

 じっと黙りこくっているシズクをセレスティーナが少し不安げに見上げている。

 

「なあ、セレス」

「ん?」

「ここに残るかどうかはともかくとしてさ。ここに来れて良かったんじゃないかとは思ってるよ」

「そうか」

 

 再び沈黙が降りる。

 

 だが、その沈黙はどこか心地よさを感じるものだった。

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