エピローグ RTB

エピローグ RTB


 出立の朝がやってきた。

 すでに避難所から村への移動は始まっており、もはや森の避難所に残っているのは騎士であるカミラと2人の見習い騎士、そして村長と2人の少女だけだった。


「それでは後を頼むぞ、カミラ。樹門じゆもんもあとすうげつで回復するだろう。これからしばらくは大変だろうが……」

「お任せ下さい。お嬢様」

 

 カミラが力強くうなずき、傍らの2人も勇ましげに同意してみせる。

 

帰還に樹門じゆもんが使えれば良かったのだが、予想以上に世界樹の侵食のダメージは深かった。樹門じゆもんが再び使えるようになるまで、短く見積もっても1げつ。おそらくはすうげつを要するとあってはさすがにここでじっと待っているわけにもいかない。

 

 シズクとセレスティーナの《竜骸ドラガクロム》はもはや使えないほどに深いダメージを受けていたが、幸いなことに留守を預かっていたキーヴァとエイリンの2人の《竜骸ドラガクロム》は無傷のままだった。

 

「お嬢様の《竜骸ドラガクロム》は責任を持って、本家に送り届けます」

「ああ。それも頼んだ」

 

 傷だらけの《竜骸ドラガクロム》をいとおしそうに見つめながら、セレスティーナは新たな愛機となった《竜骸ドラガクロム》を身にまとった。

 

 地球仕様の《竜骸ドラガクロム》はまだ少し違和感を感じるが、それも時間の問題だろう。

 

 すでにシズクも《竜骸ドラガクロム》をまとい、旅に必要な物資を詰めたコンテナを背負っている。ここまで運んでくれた《アズールキャリアー》も赤目赤翅あかめあかばねとの戦いの際に分離していたために、ここにほとんどのパーツを置いていくことになる。

 

 再合体は残念ながら、工場でしか行えない。

 

「キーヴァ、エイリン」

 

 もう見習いとは言いがたい2人を見下ろしながら、さらにセレスティーナが続ける。

 

「お前たちもカミラを頼む。キーヴァは樹下の民をエイリンは幼樹の村の皆をしっかりと見てやってくれ。もう大丈夫とは思うが、アピスがまだ残っていないとは断言出来ないからな」

「承知しております。戦士殿が残してくれた武装もまだ残っております。まもってみせます」

「大丈夫なのです!」

 

 2人の声を少し離れたところで聞きながら、シズクはもう大丈夫だろうという確信を感じていた。

 その後、村長と話を始めたセレスティーナを意識の外に追い出して、シズクはシズクで2人の小さな見送りに改めて顔を向けた。

 

「ほら、ニム」

 

 そうやって傍らの樹下の民の少女をせっついたのは、もちろんラルキンだ。

 

「あの……ありがとう、ございました」

 

 絞り出すような声でニムがシズクに礼を述べる。

 

「うん」

「それから……これを……」

 

 小さな手がシズクの《竜骸ドラガクロム》に小さな石ころを差し出す。受け取って目の前に持ってくると、それは石などでは無く《竜骸ドラガクロム》の装甲の一部だった。

 言うまでも無く、ニムを助けた騎士のまとっていた《竜骸ドラガクロム》の一部だろう。

 きっと、彼女は戦いの後でそれを必死にかき集めたに違いなかった。

 

 その1つがシズクの《竜骸ドラガクロム》の手に収まっている。

 

「ちょっと、ニム。それ……」

「うん」

 

 見ようによっては不吉な贈り物にラルキンの顔色が青ざめた。

 だが、ニムはそんなことはまったく気にしないまま、強い意志を込めた瞳でシズクを見上げている。

 

「あの騎士様のよろいの破片です。その……ほかの破片はお墓に収めるつもりなんですけど、これは騎士様に持っていて欲しくて」

 

 ニムはシズクがあの騎士と記憶を同調させたことは知らないはずだが、幼い心特有の直感で亡くなった騎士とシズクにつながりがあると確信しているようだった。

 

「ありがとう。大事にするよ」

 

 イヤミでも謙遜でもなく、シズクは少女に告げた。

 

「それから、その……忘れないでください。みんなこと……」

 

 みんなという言葉の意味にシズクは静かにうなずく。

 ニムの別れの挨拶はそれだけだった。つづけてラルキンがペコペコと感謝を告げて、パタパタと村長の元へと走っていく。

 

 村長とセレスティーナの話も終わったのだろう。

 

 《竜骸ドラガクロム》の回線を通じて、セレスティーナの声が聞こえてきた。

 

『シズク。そちらはすんだか?』

「ああ。終わった」

『そうか……なら、私たちも行くとしようか』

 

 ふわりと斥力場の青い光をまとって、セレスティーナの《竜骸ドラガクロム》が宙に浮き上がる。ゆっくりと森のこずえの高さを越えたところで、一気に加速。あっという間に雲の向こうへと青い光を引きながら消えていく。

 

 シズクもその後を追うように浮上を開始。

 

 眼下で2人を見送る少女の姿が小さくなり、森に紛れてしまったところで同じく大加速を開始。雲のを上に出る。

 

 そこは最初の戦いでみたのと同じ、白と青の世界だった。

 

 視界の先には巨大なトゥーンの大地の一部が、まるで空を割る巨大な塔のようにきつりつしているのが見える。

 

『このまま飛んで、夜の前に野営だ。遅れるなよ』

「了解」

 

 背後の幼樹とは言えシズクの感覚では十分に巨大な世界樹が小さくなる。

 シズクは大きく息を吐いた。

 

 ミッションコンプリート。RTB。

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